働く人の意識と行動をサステナブルに。「富士見 森のオフィス」が実践する地球に優しいワークスペース
CMや広告で、SDGsへの取り組みや「サステナブル」な商品をアピールする企業が増えています。しかし、それらの会社で働く人たちはサステナブルな日常を送っているのでしょうか?
通勤時間や業務時間の中で環境のためにできることはたくさんあります。しかし、オフィス環境や経済的な問題もあり、個人の意思だけで行動を変えるのは難しい面も。
逆に、会社からのサポートがあれば、組織全体で「サステナブルな働き方」に転換できる可能性があります。そのヒントになるのが、長野県富士見町にあるコワーキングスペース「富士見 森のオフィス」(以下「森のオフィス」)です。
都市部からの移住者が集うオフィス
ここは長野県富士見町。富士山や八ヶ岳など雄大な山々に囲まれた自然豊かな場所です。大学の保養所だった建物をリノベーションした「森のオフィス」は、2015年12月に町の移住促進施策の一環でオープン。東京など都市部からの移住者が多く利用しています。
2021年6月、「森のオフィス」は「GREEN COMMUNITY」というプロジェクトを立ち上げ、地域や地球環境のサステナビリティに貢献するコワーキングスペースのあり方を追求し始めました。
取り組みを始めた経緯と、スタッフや利用者を巻き込んでの実施の工夫などについて、プロジェクトを主導する「森のオフィス」クリエイティブディレクターの松田裕多さん、運営代表の津田賀央さんに伺いました。
この地域の自然が好き、という共通の思いをベースに
「『森のオフィス』のスタッフは、アウトドアでの活動が好きだったりして、この地域の自然に惹かれて移住してきたという人が多いんです。だから、コワーキングスペースも環境に優しい方法で運営したいね、という話を以前からしていました」(松田さん)
恩恵を受けている自然環境を大切にしたいーーそんな思いをもつ人が集まる「森のオフィス」が具体的に動き出すきっかけになったのは、松田さんのオーストラリア旅行でした。
「オーストラリアはサステナブルを目指した取り組みがすごいっていう話を聞いて気になっていたんです。それで、2019年の6月にメルボルンに行ってきました。現地ではオフィスやカフェにいる人たちが当たり前にマイバッグやマイボトルを持っているし、お店では量り売りが盛んに行われていて、やっぱりすごいな、と」(松田さん)
環境に優しい行動が浸透しているメルボルンの人たちの日常を目の当たりにした松田さんは、「できることからやってみよう」と行動を開始。最初は、オフィスで提供していた個包装のスナック類を量り売りのナッツなどに、ペットボトル飲料を瓶飲料に変え、ペットボトル用のゴミ箱を撤去するなど、「容器包装プラを、とにかくなくす」というところから始めました。
「以前は、Amazonで格安のペットボトル飲料を仕入れて売っていたんです。それを近所の酒屋さんが販売してくれる瓶飲料に変えて、飲み終わった瓶は酒屋さんに回収してもらうようにしました。そうするとペットボトルを使わないだけでなく、配送の際に排出されるCO2の削減にもつながるんですよね。他のものも、可能な限り地域の中で必要なものを調達するようになりました」(松田さん)
飲料に関しては、水は水道水を濾過するタイプのウォーターサーバーで提供するようになり、利用者が自分でドリップできるコーヒー豆は町内の自家焙煎珈琲豆のお店から購入するようになりました。容器を持参して買いに行くので、配送のダンボールはもちろん、コーヒー豆の袋のゴミも削減されました。
スタッフみんなで話し合い、目線を合わせた
2020年6月には「GREEN COMMUNITY」というプロジェクトを立ち上げ、環境に優しいコワーキングスペースのあり方をさらに追求していくことに。その際、元スタッフの縁でつながった一般社団法人Earth Company(アースカンパニー)とパートナーシップを組みました。当時、アースカンパニーは学校や企業が環境負荷の低い運営方法にシフトしていくことを支援する事業を立ち上げたところで、「森のオフィス」がそのテストケースになったのです。
「アースカンパニーには、『森のオフィス』で何ができるかということを、スタッフと一緒に考える場をつくってもらいました。それは、スタッフがこの取り組みを自分ごとだと感じるのに重要なステップでした」(松田さん)
環境のためにできることは多岐にわたり、何から手をつけたら良いのかわからないということになりがちです。また、取り組みを続けていくためには、運営スタッフたちが「何のためにこれをやるのか」についての共通認識を持っていることが重要です。そこでアースカンパニーの助言を受けながら、まずはみんなで「自分たちが守りたいものって何だろう?」ということを考えるところから始めたそうです。
「僕らはこの地域の環境が好きで生活しているので、『ここの魅力ってなんだろう?』ということから話し始めました。
山の美しさだったり、この地域特有の文化だったり、町の中に2つもスキーリゾートがあることだったり……。みんなが感じる魅力を洗い出して、それを守るためにはどんなアクションが必要か、ということを考えていきました。
その過程で、この地域の農業や周辺に生きる動物の生態系などにも気候変動の影響が及んでいることを知り、周りの農家の方や町役場の環境課の方にお話を聞きにいったりもしました」(松田さん)
話し合ったことは、コワーキングスペースの運営とは直接関係がないことも含まれます。しかし「自分たちが守りたいもの」について深く考え、その方法について学んだことで、「こんなことができるんじゃないか」というアイデアもどんどん出てくるようになったそうです。
利用者の協力を得たりコストを賄うためにしたこと
コワーキングスペースでは、運営スタッフのモチベーションがいくら高くても、利用者の協力なしに取り組みを進めることはできません。「森のオフィス」の場合、利用者もスタッフと同様に地域に愛着を持つ人が多く、大きな摩擦は起きなかったとのこと。利用者自身の行動を変えてもらう必要があることは、早い段階から丁寧に説明して協力を求めていったそうです。
例えば飲料をペットボトルから瓶に変更する際には、その数ヶ月前に「◯月◯日からペットボトル飲料の販売を廃止します。ペットボトルのゴミ箱も撤去します」ということを、取り組みの趣旨も含めて告知しました。ペットボトルの販売を止めた後にも、外から持ち込んだペットボトルを捨てようとしている利用者にはスタッフが個別に説明をするなど、地道に理解を広げていきました。
その他に苦労した点としては、この取り組みをきっかけに徹底するようになったゴミの分別方法を、いかに分かりやすく伝えるかという点。利用者の反応を見ながら、ゴミ捨て場の案内表示などを地道に改善していきました。
コワーキングスペースで使うものを環境負荷の低いものに変えていくとなると、コストやスタッフの手間も気になるところです。
コストについては、「GREEN COMMUNITY」プロジェクト開始以来、その資金として、コワーキングスペースの会員登録・更新料、宿泊施設の利用料に“エコチャージ”という名目で500円ずつプラスしています。しかし津田さんによれば、「運営方法を変えるための初期費用はかかっても、長い目で見れば運用の効率も上がり、大きなコスト増にはならないのではないか」とのこと。
すでに、ペットボトルのゴミがゼロになったこと、スナック菓子の袋などのプラスチックゴミが削減されたことで、「夕方にオフィスをクローズする毎日の作業が、圧倒的に楽になった」との実感が得られています。
「都心のコワーキングスペースでは難しい」と言われるのはなぜか
「GREEN COMMUNITY」プロジェクトを始めて、津田さんや松田さんのもとには他のコワーキングスペースやオフィスビルのデベロッパーなどからの相談も舞い込むようになりました。
相談者には「森のオフィス」でやっていることを見た上で、自社でできることを考えてもらいます。その際、特に都心のコワーキングスペースの運営者などからは、「同じようにはできない」という声があがることが多いそう。
「例えば、生ごみはコンポストに入れて自然に還すということをしているのですが、東京のオフィスビルだとそもそも土がなく、そういうことはやりにくいですよね。使い捨ての容器をやめてコップやお皿は洗って使いましょう、と言っても、コワーキングスペース内に洗い場がないとか、ハード面で難しいことも多いようです」(松田さん)
とはいえ、制約があるなかでも何かしら見直せるところはあるはずで、それを阻む壁になるのはスタッフや利用者の意識です。
例えば、マイカップを洗う場所はあったとしても、それによってスタッフの掃除の手間が増えるから難しい、という話になることがよくあるそう。「手間が増えてもやるべきだ」「そのためにスタッフと対話をしたり、共感してくれるスタッフを集めよう」といった姿勢をとれるかどうか、施設の運営者や企業の本気度が問われるところです。
また、スタッフの行動はトップダウンで変えられたとしても、利用者の意識を変えることがさらなるハードルになります。
「都内では、コワーキングスペースといっても単なるレンタルスペースとして使われているところが多いのだと思います。そうなると、支払う料金に対してどれだけ利便性が高いかという点を重視する利用者が多くなりますから、サステナビリティのためのサービス変更を受け入れてもらうことが難しいでしょう」(津田さん)
実践内容を見て、考え、具体的な行動を起こしてほしい
コワーキングスペースにしろ、企業のオフィスにしろ、サステナビリティに対する取り組みを進めていくなら、運営者や経営者がその必要性を心から信じていることが重要だと、津田さんは指摘します。
「最近は、企業からサステナビリティを意識した商品やサービスの開発について相談を受けることもあります。でも、その人たちに『サステナビリティを意識した生活をしてますか?』と聞くと、全然そうじゃなかったりする。彼らに当事者意識がなく、ブランディングや事業性の観点でサステナビリティに注目しているだけだと感じることが多いです。
今の時代、企業が環境に対して負荷をかけない事業活動をしていくことの意味は、そういうことではないはずです。やらないと地球環境が崩れてしまい、ビジネスが成り立たなくなってしまう。だから『やった方がいい』ではなく『やらなきゃいけない』ことなんです。それをトップが信じているかどうかで、オフィスのあり方も大きく違ってくるはずです。
なぜなら、社員一人ひとりの価値観が変わらなければ、事業活動をサステナブルなものに変えていくのは無理でしょう。社員が多くの時間を過ごすのがオフィスですから、オフィス環境を変えていくことが社員の意識に影響を与え、事業活動の変化につながっていくはずです」(津田さん)
「森のオフィス」では、一般社団法人ゼロ・ウェイスト・ジャパンと共同でコワーキングスペースやシェアオフィス向けの「ゼロ・ウェイスト認証」を開始し、サステナブルなオフィスづくりを目指す企業やオフィス運営者向けに『GREEN COMMUNITY 研修プログラム』の提供もはじめました。
「森のオフィス」で実際にやっていることを目で見てもらい、進める上での課題なども説明した上で、自社のオフィス環境を改善するためにできることをワークショップ形式で考える、1泊2日のプログラムです。
松田さんはこの研修を、「実際のアクションにつながるものにしたい」と意気込んでいます。
「SDGsが注目されるようになり、すでに自社でやっていたことをそれに当てはめて『やってます』とアピールするような企業も増えていると感じます。そうではなく、何ができるか考え、実際に行動を起こしてもらうということを大事にしてやっていきたいです」(松田さん)
「森のオフィス」自体の取り組みにも、終わりはありません。
「オフィスを運営する上で排出しているCO2の量が可視化されるシステムを導入したのですが、それを見ると一番の割合を占めているのが電力なんです。今後は、エネルギーの問題に優先的に取り組んでいきたいと考えています」(松田さん)
現在は地域の電力会社から電力を購入していますが、ソーラーパネルを導入して自家発電することなども検討中です。
世界中で異常気象が発生し、より多くの人が気候危機を実感するようになるであろう今後、企業のオフィスのあり方、社員の働き方にも環境に対する配慮が求められていくはずです。「森のオフィス」のような実践の場が増え、そのノウハウが他の場所でも生かされていくことが期待されます。