なぜ女性ばかり無理を強いられる?エッグドナー(卵子提供者)に志願した独身女性の胸の内からわかること
川崎僚監督が作り上げた「Eggs 選ばれたい私たち」は、まるで「今公開されることを待っていたのではないだろうか?」とさえ思える、現在の時代の気運とぴたりと合った問題提起をしている1作だ。
まだ日本ではあまりなじみのない、子どものいない夫婦に卵子を提供するエッグドナー(卵子提供者)に志願した独身主義の純子を通して、現代を生きる女性の心模様を映し出した物語は、とりわけ女性に対して不寛容さがはびこる日本社会に一石を投じるといっていい。そして、先日起きた東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の騒動にもつながっている。
子ども時代、性差はあるけれども、男女平等ということを散々言われてきたのに、現状はまったく違うことへの憤り
こうした女性の物語を作り上げるに至った経緯を、川崎監督に2回に渡って訊く。
はじめに、川崎監督は本作についてステートメントで「私や周りの友達の、ありのままの本音を全て曝け出した作品です」と明言。
本作は明確に現在の社会においての女性の生きづらさに対して声を上げている。川崎監督自身はこれまで社会に対してどんなことを感じてきたのだろうか?
「学生時代は、女性だからどうこうとか、女性だから不平や不満を抱いた経験はほとんどありませんでした。女性であるがゆえの劣等感や後悔を抱いたこともほぼない。
一変したのは社会に出てから。子ども時代、性差はあるけれども、男女平等ということを散々言われてきたのに、現状はまったく違う。
学生時代は男と女の位置がフラットだったのに、社会に出た途端、世の中が男性中心に動いていて『なんで?』と。
大学をちゃんとストレートで出て、社会人になってキャリアを数年積んで、これからってときに女性だけが『さあ結婚しろ』『早く子ども産め』と言われ、子どもを産んだら『子どものめんどうをしっかりみろ』、そして現代の厳しい生活環境だと『女性も働け』と急き立てられる。
『なんで女性だけ、こんなにいろいろと求められるのか?』と思わざるえないといいますか。少なくとも男性は社会人になってすぐに『結婚しろ』とか、『子ども作れ』とかいわれないですよね。なぜ女性だけが無理を求められるのか、さまざまな局面で釈然としない気持ちに駆られました」
エッグドナー(卵子提供者)に興味をもったある新聞記事
そうした思いが積み重なり、「Eggs 選ばれたい私たち」へとつながっていった。その中で、エッグドナー(卵子提供者)という日本ではあまりなじみのない題材に着目したきっかけをこう明かす。
「ある記事をみたことがきっかけでした。
卵子提供を受けてのお子さんを実際に育てられている夫婦の記事で、とても幸せそうなこと感じられる内容で、私自身は、『こういう形の家族もあっていい』と好意的に受け止めました。
でも、私の受け止め方とは正反対で、ネット上ではバッシングの言葉が躍っていました。とりわけ『血がつながっていないのに親子はおかしい』『ほんとうの親子じゃないだろ』といった論調が多く見受けられました。
このことに私はとても違和感を抱きました。『何で赤の他人が、他人の幸せを否定するんだろう』と。
誰も不幸になってない。なのに全否定されていることがすごく不思議だったんです。
同時に、気になったことがありました。それは、卵子を提供している側の女性は一体、どういう人なのだろうか?ということです。
血が少しでもつながっているご姉妹のか、それとも親族なのか、はたまた旧知の知人なのか?いずれにしても不思議で、頭が疑問だらけになって(笑)。
調べてみると、エッグドナーというドナー登録制度があることを知りました」
実際にエッグドナーの説明会に参加して
そこで川崎監督自身、エッグドナーの説明会に参加してみたという。
「いまはちょっと違うのですが、当時、自分が女性に生まれてきた意味を見出せないでいたといいますか。いろいろあって、自分は結婚もしない、子どもも生まないと思っていたときでした。
つまり、子どもを産めるのに産まない選択をして生きていこうとしていた。
そのとき、子どもを産むという女性としての役割を果たせない、後ろめたさみたいな気持ちが心の中に生じました。
出生率が毎年のように下がって、『産め産め』と社会から無言のプレッシャーがかかっているような中、このドナー制度が自分の中に生じている後ろめたさをもしかしたら解消とまではいかないまでも、和らげてくれるのではないかと思って説明会に参加することにしました」
当時の私は卵子提供に関して、すごく希望を見い出した
そこでの体験は、そのまま作品へと反映されている。実際に体験してどのようなことを考えただろうか?
「いくつか会社があるのですが、私が行ったところは一対一での面談形式でした。普通にアポイントをとって、スケジュール調整をしてお伺いしました。
マンションの一室で、エッグドナーの流れなどを映像をみながら説明されて、不安なことはないですかと、こちらの質問にも答えていただくような形でした。
説明を受けて、私自身は卵子提供に関して、すごく希望を見い出しました。これで『自分が子どもを産む役割を果たせる。すがすがしく独身で生きれられるような気がする』と
自分でもそんな気持ちになるのがすごく意外でした。
そもそも奉仕精神とか私はほとんどない。でも、その説明を聞いたとき、『誰かのために私が役に立つかもしれない』と思うと、自分を肯定できるように思えました。
当時、20代後半で、今と同じく映像の仕事をしていましたけど成功しているとは言えない。社会的立場もない。今は映画監督として作品が公開されてますけど、そのときはほぼ何者でもなかった。
そのとき、エッグドナーというのは私にとっては、誰かのために役立てたような、社会のためになったような気持ちにもなる。10年後、20年後に、『やっぱり産んでおけばよかった』と思う後悔も和らぐ。そういう希望を感じました」
と同時に、このことを映画にしてみたい気持ちも心の片隅に生まれたと明かす。
「先にお話しした通り、きわめてプライベートなことで、エッグドナー制度のお話をききにいったのは確か。
でも、クリエイターなので、知らない世界を知ると、どこかその世界をもっと知りたい、もっと見てみたい。
正直、実際に描いてみたい気持ちが出てきます。
ですから、説明会を聞きながら、『これ映画の企画のアイデアになるかも』という気持ちがまったくなかったというのは嘘になると思います。
そのとき、心のどこかに描いてみたいと思った気持ちが、3割ぐらいあった気がします」
あまり知られていないからこそ知ってもらいたい
とはいえ、卵子提供の認知度はまだまだ低い。また、第三者からの精子や卵子の提供を受けて不妊治療により生まれた子の親子関係を定める民法特例法案が昨年ようやく成立したばかり。まだ、いろいろと法整備がなされていないところもある。こうした難題のある題材に挑んだ理由を川崎監督はこう語る。
「あまり知られていないからこそ知ってもらいたいと思いました。
私は映画の役割に、情報発信があると思っています。私自身、映画に教わったことは数えきれない。
だから、難しい題材かもしれないけど、挑んでみたいと思いました。
あと、このエッグドナーをピックアップすることで、20代後半の、30歳を迎える女性の気持ちや心境を描けると思いました」
(※後編に続く)
「Eggs 選ばれたい私たち」
監督・脚本:川崎僚
出演:寺坂光恵 川合空 三坂知絵子ほか
テアトル新宿にて公開中。
テアトル梅田、アップリンク京都にて4月9日(金)より公開
詳しくは、こちら
場面写真はすべて(C)「Eggs 選ばれたい私たち」製作委員会