金正恩委員長の「ノーサンキュー」の一言で吹っ飛んだ文大統領の「淡い期待」
今夏の北朝鮮の水害被害は深刻のようだ。
北朝鮮は毎年集中豪雨による水害に見舞われている。最も記憶に新しいのは2015年のロシア国境に近い、羅先市の水害被害で、この時は死者40人、被災者1万1000人を出し、公共施設99棟、鉄橋51か所が倒壊する被害を被った。
しかし、今回の被害状況はこれを上回るものとみられている。一都市に限ったことでなく、黄海北道や江原道など幾つかの道(県)で洪水被害が発生しているからだ。中でも黄海北道は慢性的な食糧不足に苦しんでいる北朝鮮にとっては数少ない穀倉地帯である。
北朝鮮が今、危機状況であることはめったなことでは被災地を訪問することのない金正恩委員長が被災地の黄海北道・銀波郡大青里を視察(8月7日)し、自分用に備蓄しておいた穀物や物資を被災者に支援するよう指示したことからも窺い知ることができる。
さらに昨日(13日)は党政治局会議まで開いて、水害地への対策を協議していた。年に1回から2回しか開くことのない政治局会議を今年はすでに6回も開いている。今月6日に開かれた党政務局会議を含めれば、4月から8月までほぼ毎月幹部会議を招集していることになる。「致命的で破壊的な災難を招きかねない」(金正恩委員長)新型コロナウイルスの感染に加えて農業に深刻な打撃を与えかねない緊急事態が発生したわけだから当然と言えば、当然のことである。
現在のところ、被害状況については死者22人、行方不明者4人にとどまっているが、390平方キロメートルの農耕地が被害を受けたほか、1万6680棟の家屋と630棟の公共施設が破壊もしくは浸水し、道路、橋、鉄橋、それに発電所の堤も崩壊している。
国際赤十字連盟(IFRC)はすでに水害被害が甚大だった黄海北道と江原道を中心に支援に乗り出し、2800の世帯にテントや衛生キット、厨房セット、浄水剤、防犯用器具など援助物資を提供している。毎年北朝鮮に人道支援を行っているEUも国連も北朝鮮当局から要請があれば、支援の用意があることを表明しているが、驚いたことに金委員長は昨日の政治局会議で「外部からの支援は受けない」と表明していた。
その理由について金委員長は「世界的な悪性ウイルス感染状況が悪化している現実は豪雨被害と関連したいかなる外部的支援も許可せず、国境を一層鉄桶のように閉めて、防疫事業を厳格に行うことを求めている」と説明していたが、どうやら水害被害よりも外部からの新型コロナウイルスの流入「被害」のほうが心配のようだ。
その一方で、政治局会議で金委員長は新型コロナウイルス感染疑いの事例が発生したとして7月24日から開城市に発令していた完全封鎖の解除を決定していた。
北朝鮮は公式的には依然として新型コロナウイルス感染患者は一人も出ていないと世界保健機関(WHO)に報告している。開城市の件も、感染確定ではなく、疑いの段階だった。まして収束したことで封鎖を解除したならば、外部から救援物資を受け入れても何の問題もないはず。それでも、国際社会からの支援を拒むのはよほど余力があるのか、それとも面子の問題なのか、あるいは新型コロナウイルス感染封じ込めに自信がないのかどちらかだろう。
金委員長が外部からの支援受け入れを拒否したことで最も落胆しているのはおそらく韓国の文在寅大統領かもしれない。というのも、密かに13年前の再現を画策していたふしがあるからだ。
支持率が急落している文大統領にとってはなんといっても膠着した南北関係の打開こそが政権浮揚の秘策である。
実は、文大統領が秘書室長として仕えていた盧武鉉政権は13年前の2007年に北朝鮮で発生した大規模水害への支援をテコにこの年の10月に南北首脳会談を実現させている。
北朝鮮が前年7月の人工衛星と称する大陸間弾道ミサイル「テポドン」発射に続いて10月に初の核実験を行い、国連安保理が制裁決議を採択したことで南北関係は悪化していたが、北朝鮮の大規模水害発生を機に盧武鉉大統領は反転攻勢をかけ、首脳会談に続いて11月には15年ぶりに総理会談まで実現させたことで翌12月の大統領選挙で新大統領が選出されるまでの間、レイムダック化を防ぐことができた。
南北関係を担当する新任の李仁栄統一部長官は新型コロナウイルス関連の医療支援に続き、水害支援を表明していたが、金委員長の「ノーサンキュー」の一言で、文大統領の目算が狂ってしまったようだ。