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新体制で2冠に挑む日体大FIELDS横浜。わずかな準備期間でなでしこリーグ2部開幕ダッシュを目指す

松原渓スポーツジャーナリスト
(写真提供:日体大FIELDS横浜)

【3カ月ぶりに練習再開】

 7月18日のなでしこリーグ開幕まで、残すところ約1週間となった。

 コロナ禍で当初よりも約4カ月遅れの開幕となったが、各チームがそれぞれに開幕に向けて準備を進めてきたことは、これまでの記事でも伝えてきた通りだ。

 

 昨年、1部で無念の最下位となり、今季3年ぶりに2部で戦うこととなった日体大FIELDS横浜は、今季、新指揮官として同校男子サッカー部OBの萩原直斗監督を迎えた。

 なでしこリーグによる活動自粛措置が解除された5月末から6月初旬に活動を再開しているチームが多い中、日体大は4月以降、キャンパスへの入構禁止に伴ってグラウンドも使用禁止になっていたため、練習を再開したのは6月30日。10チームで最も遅いスタートとなった。なでしこリーグの開幕日が刻々と迫る中、焦りもあったのではないだろうか。

 

「正直、コンディションにばらつきはありますが、この自粛期間中にやるべきことをやってきた選手もいて、その差は仕方がないと思います。ケガのリスクを排除しながらコンディションを合わせてチームとして上げていきたいですね」

 萩原監督は冷静な口調で語った。約3カ月間に及んだこの期間中は、毎週初めにボールを使わないトレーニングを中心としたメニューを配っていたという。

萩原直斗監督(写真提供:日体大FIELDS横浜)
萩原直斗監督(写真提供:日体大FIELDS横浜)

 今年32歳の萩原監督は日本体育大学学友会サッカー部に所属。大学を卒業後、SC相模原やグルージャ盛岡、FC刈谷などの社会人チームでプレーした後、指導者の道に進んで今年で4年目。今季なでしこリーグ2部の監督としては最年少となる。

「選手とは年も近いですし、話しやすいかなとは思います。なるべく、いろんな選手とコミュニケーションを取るようにしています」

 

 日体大は同校の学生選手と社会人選手から構成されており、入学・卒業のサイクルで選手が入れ替わることや、学生リーグとの両立など、他のチームとは異なる難しさがあるが、大学に通いながら最高峰の舞台でプレーできるメリットは大きい。そうしたハイレベルな環境で個を磨き、大学サッカー日本一を決める全日本大学女子サッカー選手権大会(インカレ)では現在2連覇中だ。

 昨季まで主力としてプレーしていたDF瀬野有希、MF奥津礼菜、FW児野楓香、MF今井裕里奈、MF住永楽夢らがチームを離れた。その影響は小さくはなさそうだが、今季は特別指定選手だったMF富岡千宙(とみおか・ちひろ)と森田美紗希のU-20代表候補2名が加入した。また、守備の要として、前回のインカレでは無失点優勝に貢献したDF橋谷優里(はしたに・すぐり)が社会人選手として残ったのは大きい。今季、社会人選手はMF嶋田千秋とFW江崎杏那(「崎」は立つ崎)、そして橋谷の3名。各ポジションに経験のある選手がいるのは心強い。

 萩原監督は、なでしこリーグ1部で選手たちが培ってきたことをベースに、新たな取り組みも考えているという。

「昨年までの1部では守備的にならざるを得ず、しんどいゲームが続いていたと思います。ただ、客観的に見ると彼女たちは技術も高いし、戦える力を持っているなと感じるので、『自信を持って、攻守に主導権を持ってサッカーをしよう』と今季(2月)のチーム立ち上げから要求しています。また、守備でも自分たちから仕掛けてボールを奪えるように、映像を見せたり、ミーティングを重ねています。準備期間が短いことを言い訳にせずにしっかり落とし込んでいくつもりです」

 日体大は例年、なでしこリーグと並行してインカレの予選にあたる関東大学女子サッカーリーグ(URL/通称:関カレ)を戦ってきた。萩原監督はなでしこリーグを戦いながら、関カレを戦う学生中心のチームを同時並行で指揮することになるが、今季はコロナ禍で、2つのリーグが佳境を迎える時期が重なる可能性が高い。だが、そうしたことも想定して準備を進めている。

日体大で指導者の道を歩み始めた萩原監督の下で2つのタイトル獲得を目指す(左から4番目が萩原監督/写真提供:日体大FIELDS横浜)
日体大で指導者の道を歩み始めた萩原監督の下で2つのタイトル獲得を目指す(左から4番目が萩原監督/写真提供:日体大FIELDS横浜)

「『オール日体』じゃないですが、なでしこリーグと関カレに出る選手を区別せず、全員が関わって戦わないとインカレ3連覇は達成できないよ、と選手たちには声をかけています。試合に出る選手も出ない選手も含めて、全員でその目標を目指したいですね。やるからには勝負にはこだわりたいし、選手も、見てくださる方々も楽しいサッカーを追求します。若くて伸びしろのある選手が多く、5人交代できる中でそういう選手たちをポジティブに実戦の場に送り出せますし、戦術に変化もつけやすくなると思います。今までチームを築き上げてくれた監督やOGの方から(インカレ)3連覇がかかる状況でバトンを受け継いだので、プレッシャーも感じますが、不可能な目標ではないと感じています」

 そう話す萩原監督の口調は優しいが、目の奥の光は鋭い。1部で培った経験と、5人まで許される交代枠をフルに活用してチームの幅を広げつつ、日体大はなでしこリーグ2部優勝とインカレ3連覇を目指す。

【5年目の変化】

 2016年からこのチームのキャプテンを務めてきた嶋田千秋は、なでしこリーグ2部と1部での戦いを支えてきた大黒柱だ。

 嶋田は日テレ・東京ヴェルディベレーザの下部組織メニーナの出身で、高校卒業後に日本体育大学に進学し、卒業後にベレーザに復帰したが、16年に再び母校に復帰した。

 10代から20代前半の若い選手が多い中、冷静な判断でゲームをコントロールする嶋田の視野の広さと技術は際立つ。1部で戦った18年と19年は守備にまわる時間が長かったが、ボランチや前線のポジションで、巧みなボールキープやパスから貴重なチャンスを演出した。

 昨年5月、日体大はリーグ女王のベレーザに0-11で大敗を喫した。その試合で、何点取られても挑むように顔を上げていた嶋田が、打ちのめされたチームの戦意を繋ぎ止めているように見えた。その試合後の言葉が印象に残っている。

嶋田千秋(写真:keimatsubara)
嶋田千秋(写真:keimatsubara)

「自分の取り組む姿勢とか、そういうところはブレてはいけないなと思いながら、一人で(気持ちが)落ちていることもありますよ。でも、孤独感は感じつつも、みんなが頼ってくれるその期待に応えたいですから」

 毎年チーム状況が変化するサイクルの中で、嶋田にとって年齢や境遇が近い選手が少なくなってしまったことも、その孤独感に拍車をかけたのかもしれない。だが、そうした現実も受け入れてきた。そして、キャプテンとして5年目を迎える今季の心境は、これまでとは違っていた。

「今年は例年に比べて声を張り上げることもあまりなくて、自分自身が静かだな、と思います。2、3年目に比べると力が抜けてきているんでしょうね。背負わなきゃ、とか、こうしなきゃと気負うことはあまりないです。チームメートのみんなは自分の姿を見てキャプテンのイメージを持つかもしれませんが、自分のようなキャプテンが普通だと思って欲しくないですね(笑)」

 試合で見せる闘志や迫力は影をひそめ、嶋田は自分のペースでざっくばらんに話す。温かくて深みのある声は、様々な葛藤を乗り越えてきたのだろうと感じさせた。なでしこリーグではここ2年、苦しいシーズンが続いたが、毎年、どのようなモチベーションでシーズンを迎えているのかを聞いてみたかった。

「今は、『絶対に代表に入りたい』とか、そういう欲よりも『チームに何かしたい』という気持ちが強く、そのために自分が成長しなければならない部分があると思っています。個人の目標というよりは、チームがどうなってほしいかを考えています。戦術面などで監督の狙いを理解してみんなに伝える役割もありますが、良くも悪くもコーチのような感覚になる時があって、メンタル面からアプローチすることが多いです。何のためにサッカーをやっているのか、誰のためにやっているのか、というような話をすることもありますね」

 嶋田が育ったメニーナ、ベレーザは、代表選手を数多く輩出してきた日本女子サッカー界でもトップクラスのエリート集団だ。その厳しい環境で揉まれ、日体大では、まったく異なる環境や立場で様々な修羅場をくぐり抜けてきた。嶋田が、「何(誰)のためにサッカーをやっているのか」という問いを日体大の選手たちに投げかけ、どんな言葉を引き出し、あるいは自分の経験を伝えているのか、興味深い。

 萩原監督は、そんな嶋田について「厳しい世界を知っていて、学生が気づきにくいところは声をかけてくれたり、プレーで示してくれる欠かせない存在です」と、その経験や人間性に信頼を寄せた。

 プライベートでは欅坂46の大ファンであることを公言している嶋田だが、同じように”日体大愛”も年々、増しているように感じられる。

 最後にプレー面での目標を聞くと、「今年はいっぱい点を取りたいです」と、迷わず答えた。

 日体大ではパスの出し手という印象も強かったが、元々は生粋のフォワード。チームに勝利をもたらすゴールに期待している。

 日体大は7月18日の開幕戦で、ホームの神奈川県立保土ケ谷公園サッカー場に大和シルフィードを迎える。

(※)インタビューは、7月初めにオンライン会議ツール「Zoom」で行いました。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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