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安倍元首相襲撃事件当日の安倍昭恵夫人「山口4区支部長」就任は何が問題か

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
一時期は安倍昭恵夫人の去就にも注目が集まった(写真:つのだよしお/アフロ)

 しんぶん赤旗は6月28日、「安倍元首相の政治団体 妻昭恵氏が継承 残された政治資金どこへ 私人が非課税で引き継ぎ可能」という記事を配信しました。安倍元首相の政治団体の代表者が、安倍昭恵氏元首相が亡くなった22年7月8日付で安倍昭恵氏に変更されていたという内容です。この報道に関して、SNS上では陰謀論めいた主張も出回るなど混乱が見られました。報道の内容を深掘りしていきます。

7月8日銃撃事件当日の代表者異動は問題か

 政治家のほとんどは、「後援会」や「政党支部」などの政治団体を持っており、これらは区域に応じて総務省や都道府県選挙管理委員会に届けられています(会社でいう登記に近いものと考えてください)。政治団体には選挙管理委員会に届けなくてはならない役員として「代表者」「会計責任者」「会計責任者に事故があった時の職務代行者」があります。このほかに幹事や顧問といった役員を置くこともできますが、あくまで選挙管理委員会に届けなくてはならないのは、上記の役職です。なお、その趣旨から「代表者」と「会計責任者」、「代表者」と「会計責任者に事故があった時の職務代行者」はそれぞれ兼任可能ですが、「会計責任者」と「会計責任者に事故があった時の職務代行者」は兼任不可能ですので、事実上2名の役員がいれば届出は可能です。そして、届出をしている役員が変更となった場合には、7日以内に選挙管理委員会に届出をしなければならないと定められています(政治資金規正法第7条)。

政治資金規正法第7条

政治団体は、第六条第一項(同条第五項において準用する場合及び前条の規定によりその例によることとされる場合を含む。次条及び第七条の三において同じ。)の規定により届け出た事項に異動があつたときは、第六条第五項に規定する場合に該当する場合を除き、その異動の日(第十九条の七第一項第二号に係る国会議員関係政治団体に該当したとき又は当該国会議員関係政治団体に該当しなくなつたときにあつては、第十九条の八第一項又は第二項の規定による通知を受けた日)から七日以内に、その異動に係る事項を第六条第一項の規定の例により届け出なければならない。同条第二項(同条第五項において準用する場合及び前条の規定によりその例によることとされる場合を含む。)の規定により政治団体が提出した綱領等の内容に異動があつたときも、同様とする。

 また、届出をされた変更内容は、県報やインターネットなどで公表されることとなっています(政治資金規正法第7条の2)。次の画像は、同条に基づき、公開された内容(「山口県報「定期第339号(令和4年9月16日)」」から引用)です。

山口県報「定期第339号(令和4年9月16日)」のPDFを、左に90度に回転したもの
山口県報「定期第339号(令和4年9月16日)」のPDFを、左に90度に回転したもの

 これを見ると、異動年月日が令和4、7、8と記載されており、安倍晋三元首相が銃撃された日に異動されたこととなっています。このことから、一部SNSなどでは「安倍晋三元首相が死亡確認されたのは午後5時を過ぎており、事前に銃撃事件がわかっていないと当日の代表者変更はできないはずだ」などといった陰謀論めいた主張が出回っています。

 一方、前述した通り、あくまで異動年月日は異動の事由が発生した日であり、届出日とは異なります。安倍晋三元首相が亡くなったのが7月8日だったことから、代表者異動の届出は7月15日までに行われれば良いということになります。県報だけでは届出日まではわかりませんから、必ずしも7月8日当日に代表者異動の届出がなされたかどうかはわかりません(情報公開請求を行えば、届出日も明らかになると思われます)。また、法律上は7日以内に届け出なければならないとされていますが、会社法人でいう登記事項の変更のように「7日以内」という期限を守らなかったとしても、届出自体は受理されます。

 従って、公開されている山口県報(や、同様の公表があった「官報」)だけで、銃撃事件当日である7月8日に代表者異動の届出があった、銃撃事件は事前にわかっていたとは、言い切れません。

公職の候補者ではない安倍昭恵氏の代表者就任は異例

 ところで本件を報じた「しんぶん赤旗」では、4区支部や安倍晋三元首相の資金管理団体であった「晋和会」について「元首相の政治活動のために集めた資金を、候補者とならなかった昭恵氏が引き継いだ形」と指摘し、「現行法では、後継者が議員にならなくても、代表交代という形で政治団体の資金を非課税で継承できます。政治資金の私物化にもつながりかねないことから、法の不備や道義的問題が指摘されてきました。」と報じています。

 一般的にどの政党においても衆議院選挙区支部長は、現職議員か次期衆院選の公認候補予定者が支部長に就任することとなっています。また、落選が続くなどして支部長不在の支部については、都道府県議会議員などの都道府県連幹事長などが暫定的に支部長に就くなどするケースもあります。その点から、次期衆院選の公認候補予定者として発表されていない安倍昭恵氏が山口4区支部長に就任することは「道義的問題」がある、としんぶん赤旗では捉えているのでしょう。政党支部や資金管理団体であった晋和会には2億円を超す政治資金が残されていたことから、これを代表者を交代することで相続税がかからずに実質的に支配下におけることが、しんぶん赤旗の指摘する「法の不備や道義的問題」とみられます。

 一方、安倍昭恵氏には安倍晋三元首相の後継として一時期とはいえ政治家擁立論があったことは否めないこと、(一票の格差訴訟の提起によって、補欠選挙は翌2023年4月に持ち越されたものの)銃撃事件によって安倍晋三元首相が死亡したことで早ければ10月には補欠選挙が想定されたこと、また銃撃事件直後の様々な整理において、政党支部などの政治団体に代表者を一時的にでも置かなければならないなかで、喪主でもあり、また首相夫人として公的立場での活動もあった安倍昭恵氏が暫定的に代表者に就任したという見方もできます。現職衆議院議員、しかも元首相の銃撃殺害事件という特殊な事例から考えても、対外的な連絡や政治団体構成員への説明など様々な支出を伴う会合・行事等も行われたとみられ、このようなことから代表者を暫定的に安倍昭恵氏に替えたことは致し方ないとの考えもできるでしょう。

政治資金規正法の不備とは

 しんぶん赤旗では、政治団体を用いた資産承継について、「代表交代という形で政治団体の資金を非課税で継承できます」という問題を指摘しています。例えば株式会社であれば、株式の持分に応じた相続税が課税されますが、政治団体にはそれがないことになります。

「特定の一般社団法人等に対する相続税の課税の概要(国税庁)」(令和2年7月)より引用
「特定の一般社団法人等に対する相続税の課税の概要(国税庁)」(令和2年7月)より引用

 過去、「持分」という概念がない一般社団法人などでも同様のスキーム(代表者を親から子に変更する)で相続税の課税対象から外すことができましたが、平成30年の税制改正によって、一定の条件をもとに課税対象とすることで、相続税対策を断ち切りました。

 また、政治団体は会社法人やNPO法人などと異なり、登記などに手数料がかかるものではなく、比較的簡単に設立することができます。そのため、政治家の特権と同時に、「地盤」「看板」「鞄」といういわゆる3バンの承継という意味で、政治資金規正法の不備の一つとも言える「相続税のかからないスキーム」が政治家の特権として批判されることは、これまでもありました。

 また、政党支部の場合には原資が税金(政党交付金)であることもあり、特に使途などを含め厳しく管理すべきであり、残額や余剰金が出た場合には返納することができるとされています。しんぶん赤旗を発行する日本共産党は政党交付金を受領していないことも踏まえ、今回の安倍昭恵夫人による代表者承継問題においても、第四選挙区支部の政党交付金の問題を追及するとみられます。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。日本選挙学会会員。

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