東日本大震災から10年、長周期地震動で大きく揺れた高層ビル、その後の対策は
巨大地震による長時間長周期地震動
大きな地震では、広い震源域が長い時間をかけて破壊し、大きく断層がずれます。このため、長い周期の揺れが長時間にわたって放出されます。これが長時間長周期地震動です。東北地方太平洋沖地震では、震源域が500キロにも及んだため、揺れは数分間続きました。
長い周期の揺れは、波長が長く、揺れが減衰しにくいので、短い周期の揺れに比べて遠くまで伝わります。このため、東日本大震災のときには、震源から離れた場所で、長い時間、船酔いのような周期の長いゆったりした揺れを感じることになりました。
長周期の揺れを増幅しやすい大規模堆積平野
我が国の大都市は、大河川の河口部に広がる堆積平野に立地しています。こういった場所では、柔らかい地盤が数百~数千メートルの厚さで堆積しています。表層の地盤が柔らかく厚いほど、長周期で揺れやすくなります。東京は8秒前後、大阪は5~6秒、名古屋は3秒前後で揺れやすく、この周期の揺れを大きく増幅します。お皿のうえにプリンを乗せて皿を左右に揺すると、特定の周期で揺すると大きく揺れること、プリンが柔らかく厚いほど長周期で揺れやすいことが分かります。
多くの堆積平野は周りが山に囲われた盆地状の形をしています。このため、一度、地震波が堆積盆地に入ると、盆地の中で波が反射屈折するために揺れが長く続きます。たらいの中の水が揺れ続けるのに似ています。
青山で経験した揺れ
東北地方太平洋沖地震が起きた日、私は朝から東京・青山にある23階建ての高層ビルの15階で、長周期地震動による高層ビルの揺れについて建築構造技術者向けに講義をしていました。受講者から「揺れてる」と指摘されてはじめて揺れに気づきました。最初はその程度の小さな揺れでした。それが徐々に大きくなり、ブラインドが大きく揺れ、ホワイトボードが左右に動くようになり、恐怖を感じました。揺れはなかなか収まらず何分も続きました。周辺の高層ビルも大きく揺れているのが見えました。まさに講義で話した通りの揺れだったのです。
私が最初に長周期の揺れを経験したのは1983年日本海中部地震の時でした。東京・内幸町に建つ28階建ての高層ビルの27階で勤務をしていて、大きな揺れを経験しました。あとで秋田沖の地震と知り、長周期地震動が遠く離れた東京のビルを大きく揺することに驚きました。それ以来、長周期地震動に懸念を持つようになり、「高層ビルは柳に風とふるまうので安全」と言われることに疑問を持つようになりました。
大都市に立地する高層ビルや石油タンク
大都市には、高層ビルが林立し、沿岸部に多くの石油タンクがあります。建物はそれぞれ揺れやすい周期をもっています。これを固有周期と言います。長い振子ほど長周期で揺れるのと同様に、高層の建物ほど長い周期で揺れます。コップを揺すると中の水が揺れます。これをスロッシングと言います。小さなコップの中の水とお風呂の中の水の揺れやすい周期は異なります。これと同様に、石油タンクの中の液体もタンクが大きいほど長い周期で揺れます。長周期で揺れやすい堆積平野の上に、長周期で揺れやすい高層ビルや石油タンクがあるのが大都市です。
大阪の高層ビルで起きた地盤と建物の共振
東日本大震災のとき、震源から700キロ以上も離れた大阪湾岸にあった大阪府咲洲庁舎が、片振幅1.3mも大揺れしました。1か月前に建築研究所が設置した地震計がその揺れを記録していました。高さ256mの高層ビルで、地盤の揺れやすい周期と建物の揺れやすい周期が何れも約6秒だったため、共振してしまいました。天井や壁が脱落したり、エレベータが緊急停止して閉じ込めが発生したり、スプリンクラーが損壊して水浸しになったりしました。地面の震度は3だったのに、建物頂部では震度6もの揺れになりました。大阪で最も高いこのビルだけが大きく揺れ、共振の怖さを思い知らされました。その後、このビルには建物を揺れにくくする制振装置が取り付けられました。東京の高層ビルも大きく揺れましたが、大阪府咲洲庁舎ほどの揺れではなかったようです。
過去にもあった長周期地震動による被害
長周期地震動の問題は古くは1964年新潟地震での石油タンクのスロッシングによる火災や、1985年メキシコ地震のときのメキシコシティの高層ビルの倒壊などの事例があり、一部の専門家の中では指摘もされていました。ですが、大きな社会問題にはなっていませんでした。そんな中、2003年十勝沖地震のときに長周期地震動によって苫小牧のタンクがスロッシングにより炎上し、2004年新潟県中越地震で六本木ヒルズのエレベータのロープが損傷するなどしました。このため、長周期長時間地震動の問題が注目され、新築の高層ビルに制振装置を設置する対策が取られるようになりました。さらに、東日本大震災を受けて、既存の高層ビルの制振改修も行われるようになってきました。
熊本地震で観測された長周期パルス
2016年熊本地震では、活断層が大きくずれ、地表にも断層ずれが生じました。西原村役場にあった地震計には、2mにも及ぶパルス状の長周期の揺れが記録されていました。地盤が2秒くらいかけて2m程度、水平方向と上下方向に動きました。柔道の足払いを受けるような大きな揺れです。これは、国内で初めて観測された長周期パルス地震動でした。実は、この揺れがとても苦手なのが地震に安全だと言われる免震建物です。免震建物は、積層ゴムなどの柔らかい免震装置の上に建物を載せ、地盤が揺れても建物が揺れないようにしたものです。ですが、免震ゴムの変形能力は60cm程度で、2mもの揺れを受けると擁壁などに衝突してしまいます。長周期パルスを受けることは滅多にありませんが、活断層直近の免震建物では、揺れを抑制する解決策を見出しておく必要があります。
大阪府北部の地震に学ぶエレベータ対策
2018年大阪府北部の地震では6万基を超えるエレベータが緊急停止し、300人を超える人が閉じ込めになりました。大阪府と兵庫県のエレベータの約半数が止まるという前代未聞のできごとでした。M6.1と余り大きな地震ではなかったので長周期の揺れは少なかったのですが、直下の地震だったため、P波とS波の時間差が少なく、地震時管制運転装置が付いたエレベータを中心に緊急停止し、閉じ込めが発生してしまいました。海溝型地震のように震源が離れていれば、緊急地震速報が間に合い、P波到達後の余裕もあるので最寄りの階に自動停止が可能なのですが、直下の地震では閉じ込めの危険があります。そういう意味では、首都直下地震でのエレベータ閉じ込めが心配です。東京だけでも16万台ものエレベータがあり、とくに高層エレベータは途中階を飛ばすので、気がかりです。
東日本台風で見られた高層ビルの脆弱性
2019年東日本台風では、多摩川近くの高層マンションの地下階が浸水し、停電によってエレベータやライフラインが使えなくなりました。東京や大阪では、海抜ゼロメートル地帯に高層マンションが多く建設されています。万一、地震によって堤防が破堤したり、高潮や豪雨で浸水したりすると、ライフラインが途絶し、高層マンションに孤立する人が大量発生することが心配されます。備蓄など、十分な準備をすることが高層マンションに住む作法だと心得ておく必要があります。
南海トラフ地震に対する長周期地震動対策
東日本大震災での長周期地震動の問題を受けて、内閣府防災担当は2015年に南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動に関する報告をまとめ、長周期地震動の予測結果を公表しました。これに呼応して、国土交通省も2016年に超高層建築物等における南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動への対策についてとりまとめました。そして、2017年4月以降に性能評価を申請する超高層建築物等に対して、長周期地震動対策を強化することになりました。場所によっては、それまでの倍程度の揺れを考慮することになりました。ただし、既存の高層ビルにはこの対策は適用されませんので、心配は残ります。
また、気象庁では、2019年より長周期地震動階級の発表の本運用を始めています。先月発生した福島県沖の地震では、福島市で長周期地震動階級4が観測され、各地の高層ビルが大きく揺れたことが報告されています。
このように長周期地震動対策が徐々に進められるようになってきました。近い将来には、相模トラフ地震に対する長周期地震動の予測結果が公表され、首都圏の高層ビルに対しても一石が投じられることになると思います。東日本大震災での教訓を忘れることなく、今後の地震対策に生かしていきたいと思います。