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バルサ、マドリーを喰らった男の「復活」。野獣のルーツとは?

小宮良之スポーツライター・小説家
ボールに食らいつくジエゴ・コスタ(写真:ロイター/アフロ)

 2018年1月3日、スペイン国王杯。アトレティコ・マドリーのFWジエゴ・コスタは7ヶ月ぶりの公式戦のピッチに立っている。今シーズン、チェルシーからアトレティコに移籍してきたが、あいにくクラブは2017年中の移籍禁止処分。2018年1月になって、晴れて実戦に復帰することになった。

「試合勘が鈍っているのでは?」

 再起に向けては懐疑的な声が多かった。

 しかしジエゴ・コスタは後半に入った65分にピッチに立つと、点取り屋の鋭気を見せる。69分に自らのポストワークからボールを展開すると、右サイドからのクロスをニアに呼び込み、ディフェンダーともつれながらファーポストに流し込んだ。まったくブランクを感じさせていない。

 かつてバルサ、マドリーをも喰らった男が鮮やかに「復活」した。

 過去13シーズン、世界最高峰ラ・リーガはFCバルセロナ、レアル・マドリーが代わる代わる優勝。付け加えれば、過去4シーズン、いずれかが欧州の頂点にも立っている。リオネル・メッシ、クリスティアーノ・ロナウドを擁した両者が無敵に近い戦いを続けているのだ。

 ただ一度、2013-14シーズンのラ・リーガでバルサ、マドリーの前に立ちはだかったのが、ディエゴ・シメオネ率いるアトレティコ・マドリーだった。アトレティコはこのシーズン、チャンピオンズリーグでも決勝に進出。闘志をむき出しにしたスタイルは、鮮烈だった。

 その旗頭になったのが、ジエゴ・コスタである。バルサを、マドリーを沈めるゴールを連発。終盤、ケガに苦しむことがなかったら、ラ・リーガだけでなく、チャンピオンズリーグも手にしていたとも言われるが――。

ジエゴ・コスタの肖像とは

「Pesado」

 ジエゴ・コスタはスペイン語でそう形容されるタイプだ。重い、というのが直訳だろうが、口語ではしつこい、くどい、野暮ったい、うざい、のようになる。敵にしたらうんざりするような相手というわけだ。

 ジエゴ・コスタは目の前の敵と戦う、という衝動を抑えきれない。それはリングに立つボクサーに似ているだろうか。猛々しい気迫を放ちながら、敵を後ずさりさせる。その視線は野獣の光を帯びる。その場の戦いを制するため、敵をねじ伏せるため、単純に全身の血を滾らせる。特筆すべきは、悪意が微塵もないことだ。

「敵に勝つ」

 ジエゴ・コスタはいざ勝負になったとき、その目的のために純粋に立ち向かえる。

野獣のルーツ

 1988年10月7日、ジエゴ・コスタはブラジル、セルジッペ州のラゴルトという町に生まれている。14,15歳までの彼は、仲間とだらだらと過ごしている時間が長かった。カフェやバーにたむろし、そこでドリンクとつまみを頼める小銭がポケットにあれば十分。無欲でゆとりある性格、と言えば聞こえがいいが、昼行灯で向上心は欠けているようにも見えた。

 サンパウロなどで電気店を経営している叔父、エドソンの手伝いをしてアルバイト料を稼ぐ、そんな日々だった。パラグアイの免税地区まで電気製品を買い付けに行き、戻ってくる。退屈だが、気楽だった。

 実はフットボールに対しても大した関心を示していない。それどころか、チームに所属することも避けていた。

 しかし叔父が頑固だった。

「おまえは必ずプロ選手になれる」

 そう言ってセレクションに参加させた。

 ジエゴ・コスタは嫌がったが、"バイト料を払うから"という条件に折れたという。しかし普段はだらけたところのある少年は、実際にピッチに入ると周りの選手を圧倒するような覇気を見せた。クラブ下部組織でボールを蹴ってきたわけではないだけに器用さはなかったものの、接触プレーではほとんど負けなかったのだ。

重馬場でもなんのその

 ジエゴ・コスタの戦闘力の高さは際立っていた。それはほとんど生来的だったのだろう。17歳でポルトガル2部のクラブでプレーするようになったが、一人抜きん出いていた。

「視察は半信半疑だった」と当時のアトレティコのスカウトが洩らしている。

「その日は、あいにくの雨だった。ピッチはどろどろ。代理人の売り込みだったから足を運んだんだけど、寒さの方が気になるほどで・・・実はあまり期待はしていなかった。ところが、一目見て釘付けにされた。

 ジエゴ・コスタは雨の中、一人だけまったく動じないプレーをしていた。少し体重オーバーに見えたけど、Impetu(激しさ、勢い)というのかな。ボールを競い合う気迫が伝わってくるほどで、対戦相手と向き合ったときの戦闘力が高くてね。ベテラン選手が凄んできても、まるで物怖じしない。いったいどんな選手になるんだ、とのびしろを感じた。『本当に17歳か?』と疑って関係者に確認したよ」

ポーカーはプロ並みの腕

 ジエゴ・コスタはアトレティコと2007年1月に契約後、下部リーグで下積みをしている。イエローカードが多く、対戦相手との軋轢は絶えなかった。アトレティコで監督をしていたハビエル・アギーレ監督は「精神的に幼い」と起用をためらったほどだ。

 しかし、ポテンシャルは飛び抜けていた。重戦車のように、一人で相手をなぎ倒し、ゴールまで持ち込める。圧倒的なパワーだった。

 そして、純粋さを知る味方選手からは好かれた。ポーカーが得意でチームメイトと大会に出場し、プロ並みの腕で賞金を稼ぐこともあった。博打に勝てるのは、勝負の集中力が高いからだろうか。普段はだらしないように見えるのに、勝負になると誰よりもふてぶてしく、したたかだ。

「誰であろうと、殴る必要があるときは殴る。それはピッチに立てば、相手も同じことだろう。もちろん、ルールぎりぎりでだが」

 ジエゴ・コスタはそううそぶくが、彼には彼の正義がある。

 復帰戦となった国王杯、ゴールシーンで相手に膝の内側を踏みつけられる。膝はスパイクで抉られ、流血。それでも構わず、ゴールに放り込んでいた。

 野性の虎は手負いであっても、狩りをするときに「ケガをしているから」とは言い訳しない。

 ラ・リーガ、2位アトレティコは首位バルサと勝ち点差9。絶望的なポイント差と言えるだろう。しかし、不可能ではなくなった。

 バルサ、マドリーを喰らった男が「復活」したのだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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