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社会に政治を理解し、判断するための総合的な「道具立て」を提供せよ――文部省『民主主義』を読んで

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

18歳への選挙年齢引き下げや昨今の投票率の低下にちなんで、主権者教育や市民性教育が急がれるという。それは一体どのようなものになるのだろうか。

首相「主権者教育を進める」 選挙権年齢引き下げで 衆参代表質問- 産経ニュース

http://www.sankei.com/politics/news/150217/plt1502170028-n1.html

最近の定番は、模擬選挙である。

模擬選挙:選管、出前授業に力 18歳引き下げ見据え- 毎日新聞

http://mainichi.jp/select/news/20150317k0000e040186000c.html

模擬選挙とは、上記の記事にもその様子が具体的に描かれているが、昨今の人口動態などの幾つかのデータを見ながら、投票を体験する企画である。実物の投票箱を使ってみたり、選挙という行為を模倣することで、選挙に対する敷居を下げようということが企図されているのだろう。筆者もこうした企画のコメンテータを務めたことがある。

2014年12月の衆院選の投票率が、52.66%と過去最低を記録し、投票率向上を企図するなかで、頻繁に行われるようになっている。総務省や、「明るい選挙」を推進する明るい選挙推進協会も積極的に推奨しているように見える。

選挙の普及啓発事業は、マンネリ化しているということは、総務省の報告書も指摘している(総務省『「常時啓発事業のあり方等研究会」最終報告書』(リンク先PDF))。また教育における公民教育と、政治的中立という相反する課題の超克の困難についても言及されている。

最近では、2012年の衆院選を告知するポスターに、AKB48のメンバーが起用されたり、各地でゆかりのタレントを起用したりといった悪戦苦闘の様子も伺える。こうした効果測定がまったく困難な事業と比較すると、模擬投票はなんとなく良さそうに見える。

だが、本当にそうだろうか。

模擬投票は実際の政治的選択の泥臭さから離れた上澄みに終始する。そして政治的中立を維持するため、個別の、そして実際の政治状況と政局を再現しない。ということは、模擬投票で行っている意思決定は、定義上、実際の選挙と異なったものにならざるをえない。選挙を理解することには役立つかもしれないが、実際の選挙における選択のためのトレーニングになるかといえば、期待薄といわざるをえない。

本来、選挙で選択するにあたって、政策と実現可能性、展望、争点、候補者と政党の過去の履歴等々を考慮したい。もちろん、完璧な知識などというものは存在しないし、考慮の範囲は人によって異なるし、そもそも政治は理性ではなく、感情のゲームであるという議論もある。

だが、せめて、政治を理解し、判断するための総合的な「道具立て」が機会として提供されたうえで、という話になるのではないか。今のところ、日本ではこのような「道具立て」を修得する機会は一般化していない。政治経済は原理原則が中心、現代社会は人権問題や環境問題といったイシュー別に構成されている。中等教育は言うに及ばず、大学でも法学部や政治学部でもない限り、政治や民主主義について考える機会は多くはない。

ということは、投票年齢を引き下げるにしても、こうした「道具立て」なしに投票を迫ろうとしていることになる。意味はあるのだろうか。

ところで、最近当時の文部省が1948年から1953年まで用いていた『民主主義』(上下)を読む機会があった。このテキストは、GHQの指示で作成が指示され、法哲学者の尾高朝雄が編纂したことが知られているが、大変充実した内容で、いまなら、大学で使うにしても難しく感じてしまうような守備範囲の広いものである。「民主主義とはなにか」からはじまり、留意点、ファシズムや独裁との差異、資本主義と社会主義の対立、日本の民主主義定着の歴史、民主主義を維持する方法論等々、どうやって、そしてどのような教師が、この教科書を用いて、またどのような授業を行っていたのか大変に興味が湧く内容であった。

現代において主権者教育や市民制教育といったときには、なぜ、こうした内容を取り扱うという話にならないのだろうか。もちろん、時代錯誤的であるという批判はあるだろう。事実、上記のテキストに対しても、多くの批判が投げかけられたようだ。だが、このテキストが示すのは、かつて、第2次世界大戦の敗戦後に、恐らくはもっとも真剣に、日本に民主主義を定着させようとした時期に、これだけの内容を扱う必要があると考えられたという事実は重たい。

むろん、教育コストの課題はある。だが、日本の政治と民主主義は、未だにどこか「由らしむべし、知らしむべからず」といった雰囲気がある。これを、いかにして支えるのか、そのための教育とはどのようなものであるべきなのか。政治を理解し、判断するための総合的な「道具立て」を、いかにして社会に提供するのか、昨今の投票率低下や、選挙の普及啓発に関連して、今一度考えてみたい論点である。

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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