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英国トラックの39遺体、犠牲者に複数のベトナム人か:元日本就労経験者も?・国際移動とその課題

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
犠牲者39人のためにミサで祈るベトナム人(写真:ロイター/アフロ)

 英エセックス州で10月23日、トラックのコンテナから39人の遺体が見つかった事件で、犠牲者の中に複数のベトナム人がいる可能性が出ている。さらに犠牲者には、日本で働いた経験のあるベトナム人女性が含まれるとの情報もある。

 10月26日付英紙ガーディアン電子版同日付ロイター通信によると、英国警察は当初、犠牲者はすべて中国人だとみていたが、その後、この見方を訂正した。犠牲者の中に、中国のパスポートを所持していたベトナム人がいるとみられる。中国政府とベトナム政府の職員は現在、英国警察と連携し、犠牲者の身元の特定に当たっているという。

◆ベトナム・ハティン省出身の女性が残した両親への言葉

 「お父さん、お母さん、ごめんなさい。海外行きは成功しませんでした。お母さん、愛しています。お母さん、息ができないので、死にそうです。お母さん、ごめんなさい」

 このメッセージは、犠牲者の1人がトラックの中で家族に送ったとみられているメッセージだ。

 

 ベトナム紙コンアン電子版などが10月26日報じたところによると、このメッセージを書いたというのが、ベトナム北中部ハティン省カンロック郡出身の女性、ファム・ティ・チャー・ミーさん(26)だ。

 ミーさんの父、ファム・バン・ティンさんは10月25日、ハティン省の地元政府に対し、ミーさんが犠牲者の1人だとみられることを報告した。

 ミーさんのこの悲痛なメッセージは様々な国のメディアに取り上げられている。他方、10月26日付の英ガーディアン電子版によると、英国の警察は犠牲者の中にミーさんがいるかどうかをまだ確認できていないという。

◆両親を助けるため英国へ

 ただし、ミーさんが家族に英国に向かうと話していたことは確かなようだ。

 ベトナムのメディア、VTCニュースは10月26日、ミーさんの母のグエン・ヒュー・フォンさんが「娘は『うちはとても貧しいから、お父さんとお母さんの生活を助けるためにも、お金を稼ぐためにネイルの勉強に行かせてほしい』と言いました」と述べたと伝えている。

 ミーさんは家族を助けるため、ネイルの技術をみにつけて働こうと、英国に行こうとしたとみられている。

 そして、海外に働きに行くほかのベトナム人同様、ミーさんも多額の費用を支払ったということのようだ。

 VTCニュースによると、ミーさんの父、ファム・バン・ティンさんは「娘を英国に送るのに4万米ドル(約435万円)を支払いました」と述べている。母のフォンさんも「私たちは9億ドン(約420万円)を借りて、娘が(海外に)行けるようにしました」と話す。父親のティンさんと母親のフォンさんが示した数字は日本円で約420万~435万円。これだけの金額をミーさんの家族は借金により工面して、支払ったようだ。

 その後、ミーさんは、中国からフランスに入り、その後、英国入りしたという。

 母のフォンさんは「娘がどんな会社を使ったのかは分かりません。私が知っているのは、娘が中国まで車で行き、それから中国からフランスに渡ったということです」(10月26日付VTCニュース)と語っている。

 

◆日本から帰国した後に英国に向かったか

 ミーさんをめぐっては日本で働いた経験があるとの報道もある。

 10月25日付VNエクスプレス同日付ベトナム紙トゥオイチェー電子版は、ミーさんは日本で3年就労したと伝えている。

 ベトナム人が日本に行くルートとしては、技能実習、日本語学校や専門学校、大学などへの留学、エンジニア、経済連携協定(EPA)の看護師・介護福祉士の候補者、新聞奨学生などのルートがある。報道の通りだとすれば、ミーさんは日本で何らかの形で就労した後、一度、ベトナムに戻り、その後、英国へと向けて出発したということだろう。

 そのほか、10月26日付の英ガーディアン電子版などはこれまでに、ミーさんと同じくハティン省出身の男性、グエン・ディン・ルオンさん(20)も、犠牲者の1人だとみられると報じている。

 

◆ゲアン省出身者も犠牲か

 10月26日付ロイター通信によると、犠牲者の中にはベトナム北中部ゲアン省出身者がいるもよう。ゲアン省もまた、ベトナム中部に位置し、ハティン省同様に経済的な遅れが指摘されてきた。

 「私は返さなければならない大きな借金を抱え、希望がなく、もうなにをするエネルギーもありません」(10月26日付ロイター通信)

 こう話すのは、犠牲者の1人とみられるゲアン省出身の男性、グエン・ディン・トゥさんの妻、ホアン・ティ・トゥオンさんだ。

 トゥさんは以前には、滞在資格を持たない形で、ルーマニアとドイツで働いていたとされる。ただし、その後、現地で仕事を失ったという。

 そしてトゥさんは数カ月前、妻のトゥオンさんに、ドイツから英国に行くための費用として1万1000ポンド(約1万4000米ドル)を用意してほしいと頼んだ。トゥさんとトゥオンさん夫婦は借金をしてこの費用を工面したようだ。その後、トゥオンさんは10月21日を最後に、トゥさんと連絡が取れなくなった。

 さらに同じく犠牲者とみられている19歳の女性、ブイ・ティ・ニュンさんもゲアン省の出身だ。ニュンさんのいとこ、ホアン・ティ・リンさんによると、ニュンさんは以前フランスにいたが、友人や親族のいる英国に向かう途中で今回の事件に遭遇したとみられている。

◆広がる国境を越える人の移動

 ベトナムは近年、労働者を海外に送り出す「労働力輸出」政策を掲げ、自国民を海外に労働者として送り出している。

 しかし、政府が統計を取っている正規のルートでの移住労働者送り出しだけではなく、非正規のルートでの移住労働があるほか、中には人身取引の被害に遭うケースも存在する。

 他方、ベトナムの農村や経済開発が十分ではない地域では、農業の近代化の遅れや地元で待遇の良い仕事に就くことが難しいことなどから、十分な収入を得ることは容易ではない。またコネやわいろが横行するベトナム社会において、お金も人脈もない地方出身者が社会階層の階段を上がることは簡単ではないだろう。そのため、ベトナムよりも収入が高いとみられる海外へ働きに出ることが農村や地方出身者の<希望>となっている現実がある。

 中には、海外に移住労働に行くにあたり、仲介会社に手数料を払ったにもかかわらず、お金だけとられてしまったり、あるいは海外の就労先で搾取や差別に直面したりすることもある。ブローカーに騙され人身取引の被害に遭うケースも存在する。特に女性が「良い仕事がある」とだまされ、海外で売春や結婚を強いられるケースがあるのだ。

 しかし、国内での暮らしが厳しい中、ほかに自分たちの生活を改善する手段を持たない人たちにとっては、たとえリスクがあったとしても海外へ行くことは人生を変え、暮らしを改善するための残された選択として浮上する現実がある。

◆移住労働を繰り返す

 また、今回、犠牲者とみられるベトナム出身の人たちの中には、日本で就労した経験があるとみられるミーさんのように、複数の国の渡航経験を持つ人もいる。筆者はこうしたあり方について、ベトナム人の間で海外へ渡る動きが広がる中、移動を繰り返す人が出ていることの表れだとみている。

 なぜ移住労働を繰り返すのか。

 理由は様々あると考えられるため、それぞれの人の事例をみていく必要がある。

 ただし、筆者が聞き取りをした海外就労経験を持つベトナム人の中には、一度の移住労働だけでは十分な稼ぎを得られなかった上、ベトナムでの収入が低いことから、何度も移住労働を繰り返す人が一定数存在した。特に契約を更新することにより通算10年以上就労できる台湾で働いたベトナム人の中には、契約を何度も更新し、長期間台湾で働く人が少なくなかった。台湾の賃金水準がさほど高くなく、一度だけの移住労働では思うようにお金を稼げないため、移住労働を繰り返すことが求められるからだ。

 さらに日本での技能実習の経験者の中には、縫製会社で過労死ラインの長時間労働を強いられた上、残業代未払いだったというベトナム人女性がいた。このベトナム人女性の場合、技能実習の途中で体調が悪化し、帰国せざるを得なかった。ただし、女性は来日前にベトナム側の送り出し機関(仲介会社)に多額の渡航前費用を借金により支払っていた。途中で帰国したため、借金だけが残ることになる。そのため、やむを得ず、再度借金をして渡航前費用を工面し、今後は台湾に移住労働に出るに至った。

 同時に海外就労で収入を手にできたからこそ、より高い収入と、より良い生活を求め、「次」の移住労働先に行くための費用を捻出することができるというケースもある。

 現時点では、事件の詳細が明らかになっていない。しかし、こうした犠牲者を出さないために、国境を越える人の移動において何が起きているのかを明らかにすることが求められるだろう。(了)

研究者、ジャーナリスト

岐阜大学教員。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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