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ジャニーズ性加害の補償 何が問題か。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
10月2日に行われたジャニーズ事務所の会見(写真:ロイター/アフロ)

■ 被害者救済に関する深刻な懸念

 ジャニー喜多川氏による性加害を認めた後のジャニーズ事務所(スマイルアップ)の対応を巡っては、社名変更を含む新体制の記者会見後も、記者会見の在り方、ガバナンスの在り方など、憂慮すべき事態が続いています。

 しかし、人権問題としてこの問題を考えるにあたり、最も重視すべきは、①被害者への補償など被害者救済と、②子どもの性加害をどう防ぐかという再発防止でしょう。

 この点での事務所の対応には透明性が明らかに欠如しています。とりわけ、被害者救済に関しては、様々な批判があるにもかかわらず、事務所がこれを受け止めている気配は見受けられず、11月には補償を開始すると報じられています。

 しかし、現在の被害者救済スキームは一見しただけで由々しき問題があり、改善が必要と考えます。以下、具体的に何が問題か見ていきたいと思います。

■ 被害救済のために提言されたこと

 ジャニーズ性加害問題に関する「再発防止特別チーム」は、調査報告書の中で、国連「ビジネスと人権」に関する指導原則22(後述)を援用し、以下のように求めています。

「人権を侵害した企業は、その被害者に対して誠実に対応し、被害回復のための措置を講じるべきことは当然である。今回、多数のジャニーズ Jr.がジャニー氏から性加害を受けており、ジャニーズ事務所は、直ちに、ジャニー氏の性加害の被害者に対し、被害回復のための適切な補償をする被害者救済措置制度を構築して、性加害の被害を受けた被害者との対話をすみやかに開始する必要がある。」

 「被害者救済措置制度を構築するに当たっては、被害者救済の公正、中立を図るため、補償について知見と経験を有する外部専門家からなる「被害者救済委員会」(仮称)を設置し、同委員会が被害者の申告を検討して補償の要否、金額等を判断し、不服申立てを処理できるようにすべきである。補償金額等を判断するに当たっては、被害者が受けた性加害の態様など客観的事情を考慮して判断すべきであり、公正かつ中立的な判断を行うことができるようにするため、この種の補償に関して知見と経験を有する外部専門家(民法学者等)からあらかじめ意見を聴取した上で「判断基準」を策定しておくべきである。

 「本件性加害が密室で行われており客観的証拠が残りにくい性質のものである上、加害者のジャニー氏が亡くなっていることを考えると、被害者の側に性加害の事実認定について法律上の厳格な証明を求めるべきではない。また、ジャニー氏の性加害は、かなり以前から行われており、消滅時効が成立していることも考えられるが、被害者の真の救済を図るために、時効が成立している者についても救済措置の対象とすべきである。」

 これらはいずれも重要で適切な提言であり、厳格な証明を求めない、時効が成立している者でも救済の対象とする、との点は画期的と言えます。

 東山社長も会見で、「法を超えた補償」をすると説明していました。

 しかし、事務所が現在進めている被害者救済スキームは、提言に即した適切なものとはいい難く、極めて憂慮されます。

 国連「ビジネスと人権」に関する指導原則が被害救済スキームの適切さとして求める各種要件(指導原則31:後述)に照らして、問題を整理してみたいと思います。

■ あるべき救済と現実のギャップー①信頼性の欠如

 事務所は、9月13日に被害者救済委員会を設置したことをアナウンスし、

被害者救済委員会は受付窓口にて受け付けた申告内容や資料を検討するほか、被害を申告された方から直接お話を伺って補償金額を判断します。

 としています。

 就任したのは、3人の高齢な裁判官経験者で、経歴を見る限り、性暴力被害を専門としている人はいません。人選そのものに問題があり、もっと性暴力被害に精通した専門家や臨床心理の専門家等を含めるべきです。

 被害者救済委員会そのもののウェブサイトは設置されていないようで、十分な説明責任が果たされていません。被害者救済委員会の目的や理念も掲げられておらず、3人の顔写真もなければ、それぞれからのあいさつもありません。これでどうやって被害者が委員会を信用できるのか疑問です。

 また、職業裁判官経験者であれば、賠償は裁判所の水準を参照する可能性が高く、東山社長が標榜する「法を超えた賠償」を実現するのか、極めて疑問で、信頼性を疑わせます。

 ■ あるべき救済と現実のギャップー②アクセス可能性の欠如

  そして、9月15日にジャニーズ事務所は、「被害者救済委員会による補償受付窓口につき、被害者救済委員会より、設定が完了した旨の連絡を受領しました」とアナウンスしていますが、その申告フォームを見ると、とても被害者心理に配慮したとは思えません。

 この点は、甲南大学の園田壽名誉教授が「ジャニーズ事務所の被害補償受付窓口を見て本当に驚いた」

 と指摘されている通り、氏名・住所などの個人情報を詳細に尋ねるとともに、 「被害の内容、時期、場所、期間・回数等(可能な限り具体的にご入力ください。)」とし、この記入を必須としています。当初のフォームにはなんと、露骨に性行為の対応が番号を振って書かれていました。

 これには私も心底呆れましたが、被害者のPTSDや、フラッシュバックと言った心理を十分に理解しているとは到底思えません。

 園田教授は、「性被害者の救済にあたっては、何よりもこのような点(PTSDなどの被害心理)を踏まえたうえで、被害者の意思、人権を尊重し、一緒に考えて支援を行うという姿勢がもっとも重要なのではないか」「事務所としては、被害者にいきなり被害申告を求めて、それを条件に金銭賠償を行なうのではなく、まずは被害者が事務所とつながりやすい状況を作り、精神科医やカウンセラーなどの専門家が個別に被害者とコンタクトを取り、被害申告がしやすい状況を作ったうえで、金銭賠償に移っていくといったことが必要ではないでしょうか。」と提言されています。被害救済に当たって非常に重要な指摘ですが、その後もこうした善意の提言が顧みられた形跡は見受けられません。

 誰が個人情報を流用するかもわからないようなフォームに記入させて、被害者心理に精通しない高齢の裁判官経験者といきなり面談せよ、というやり方は、あまりに被害者心情に反するものです。

 仮にウェブフォームに必要最低限な事項を申し込む方法を採用するとしても、詳細な事実を最初から記入させたり、すぐに被害者救済委員会の三人から聞き取りを受けるのは心理的な負担が極めて大きいと思われるので、申請後はまず、精神科医、臨床心理士などのサポートを受けるなどして、丁寧な記憶喚起のプロセスを経たうえで、事実を丁寧にききとるべきです。

 この点、ジャニーズ事務所は心のケア相談窓口を設置したと言っていたわけですから、この窓口と連携し、必要に応じて、こちらで専門的なケアを受ける必要があるはずですが、そのような連携の有無も不明です。

 さらに、被害者の方の中には、深刻なPTSDがあるのに、診断を受けたり、専門的なケアを受けていない人もいるはずです。PTSDが深刻な場合、補償には当然、通常の慰謝料に加え、後遺症に基づく逸失利益と後遺症に伴う慰謝料を含んで算定すべきであり、その意味でも精神科医等との連携は不可欠です。

 ところが、被害者救済委員会の設置したフォームには「診断書等の資料をお持ちの場合には、資料名と内容の要旨もお書きください」とあるだけで、申告があった人を被害者救済委員会として治療につなぐ等の対応は少なくとも表向きはありません。

 事務所によると、9月末時点で325人が被害を申告したうえで補償を求めている。社長の東山紀之氏は2日の記者会見で「これほどだったのかという思い」

 とのことですが、むしろ、このような被害者心理を無視した救済窓口にこれだけの被害者が申告したとすると、実際の被害はどれほど広範なのか、想像を絶するものがある、とみるべきでしょう。

 再発防止特別チームの調査報告書によれば、聞き取りに応じた被害当事者は、以下の希望を述べたと言います。

 「被害者にとっては相談そのものが難しい。相談を促したいのであれば、相談相手は、専門家と言われる人ではなく、同じような性被害に遭ったことがあり、被害者の痛みが分かる人でないとダメだと思う。被害者は、『この人も同じ仲間なんだ。』『この話を感覚で分かってくれる。』という気持ちになれないと相談できない。また、相談することによって、その人の未来が閉ざされることがないという保証が必要である。加害者が守られる世の中はおかしいので、被害者を社会的に守って、加害者に厳罰を科す仕組みがないといけない。」

 このような切実な声は果たして被害救済の制度設計に当たって真摯に顧みられたのでしょうか。100%答えられないとしても、今も相談できないであろう被害者の思いを十分に考慮して、アクセスしやすい、利用しやすい被害者救済スキームを作ることが必要です。

■ あるべき救済と現実のギャップー③予測可能性・透明性の欠如

 被害者救済委員会からは、被害申告後にどのようなプロセスが予定されているのか、どれくらい期間がかかるのか、そして補償額がどの程度なのか、判断が不服な場合はどのような不服申し立て手続があるのか、と言ったことに関する情報開示が一切ありません。

 このような予測可能性・透明性が欠如した被害救済システムは、被害者を不安にさせるもので、正当とは言えません。

 例えば、直近の報道でも、申請しても『在籍確認をしてから連絡します』という返信があって以降しばらく「音沙汰がない」ため被害者が不安を抱えているとの声もあります。

 また、補償水準についても全く示されていません。被害者は、見知らぬ3人の専門家に補償額を白紙委任するしかないのです。

 私は、再発防止特別チームが「公正かつ中立的な判断を行うことができるようにするため、この種の補償に関して知見と経験を有する外部専門家(民法学者等)からあらかじめ意見を聴取した上で「判断基準」を策定しておくべきである」と提言していたことを受け、あらかじめ補償基準を策定して、これを被害当事者等ステークホルダーにも示したうえで、十分な討議を経て確定し、公表し、その基準に基づいて補償を進めるものと考えていたので、非常に驚きました。

 例えば、(決して十分でないため訴訟が多数起きているので、模範例とは到底言えませんが)原発賠償スキームについては、文部科学省に設けられた原子力損害賠償紛争審査会が原子力損害の範囲判定等に関する指針を策定し、これに基づいて東京電力が賠償金額や申請方法について随時情報公開をしています

 審査会には有識者が選任され、指針策定に先立つ会議も公開されていました

 ジャニーズの件ではこうしたプロセスが一切なく、賠償基準の有無も不明であり、被害者救済委員会の判断がブラックボックス化する危険性が極めて高いといえます。

 また、補償基準も知らされることなく手続に立ち向かう被害者は疑心暗鬼になるでしょうし、判断に不公正な点があっても基準がわからなければ不服申立てのしようがありません。

せめて過去に発生した大規模被害救済と類似したプロセスを踏み、賠償基準を明らかにして公明正大に補償を進めるべきではないでしょうか。

 事務所は、

 補償に関しては、被害者救済委員会からの報告を山田CCOが受けて、弊社として、被害救済委員会が提示した金額について承諾を頂いた被害者の方に対し、お支払いを進めてまいります。

としていますが、3名の裁判官経験者に算定を丸投げして、透明性の欠如した決定過程で3名が決めた金額を事務所が単に支払うというだけで、問題は解決するのでしょうか。逆に無責任ではないでしょうか。

 事務所側は、早期に補償を終了して収束させたいのかもしれませんが、それは適正な被害救済の在り方とは考え難いでしょう。

■ あるべき救済と現実のギャップー④公平性の欠如

 被害者救済委員会への申請後のプロセスとしては、3人の裁判官経験者と被害者が直接対峙し、糾問的な事情聴取を受けるスタイルのようであり、被害者を助ける専門家の助言を受けることが想定されるように見られません。

 再発防止特別チームは、今後の被害のために、アドボケイト(権利表明が困難な人に代わり、その権利を代弁・擁護する者)の制度導入を提案しましたが、この被害者救済スキームでこそ導入されるべきではないでしょうか。

 少なくとも、専門的知見を有する弁護士のヒアリングへの立ち合いを認めたり、弁護士の助言を受ける権利を保障したり、さらに最低限の弁護士費用について事務所が負担する等の仕組みを導入し、告知するべきではないでしょうか。

■ あるべき救済と現実のギャップー⑤被害者等のステークホルダーとの協議

会見する被害当事者
会見する被害当事者写真:ロイター/アフロ

 被害救済のスキームについては、最も影響のある被害者、当事者との定期的な協議に基づき、より被害救済に資するものにしていくことが求められます。被害当事者の会は提言などをしていますが、双方向の対話が継続的に行われているとはいい難い状況です。

 被害当事者の会が一度東山社長らと面談をしたとのことですが、社長らは、被害救済は被害者救済委員会に一任したと言っており、そうであれば、被害者救済委員会こそが当事者と対話の機会を設定すべきなのに、非常にちぐはぐといえるでしょう。

 なお、当事者の会を離れる当事者や参加していない当事者もいることを考えると、対話は会のメンバーに限定されるべきではなく、多様な当事者全てに開かれるべきでしょう。

■ あるべき救済と現実のギャップー⑥事務所による被害の否定

 被害者救済委員会の問題に加え、事務所側自体の対応も極めて問題をはらんでいます。被害者救済委員会に事実認定を委ねているはずであるのに、被害を否定するような言動を繰り返し、被害申告した方の心情を傷つけ、被害申告をためらわせている事象が相次いでいます。

 例えばNHKは、「20年ほど前に東京 渋谷のNHKで、音楽番組への出演を希望してダンスの練習に参加した男性が、ジャニー喜多川氏から局内のトイレで複数回、性被害に遭ったと証言しました」と報道し、非常に重く事態を受け止める報道をしていますが、事務所側の対応は、「性加害に関する事実認定は、独立した第三者である再発防止特別チーム及び被害者救済委員会に委ねることとしており、弊社が認識している限り、そうした事実はございません。」というものでした。

 また、事務所は10月9日にはプレスリリースを出し、「弊社は現在、被害者でない可能性が高い方々が、本当の被害者の方々の証言を使って虚偽の話をされているケースが複数あるという情報にも接しており、これから被害者救済のために使用しようと考えている資金が、そうでない人たちに渡りかねないと非常に苦慮しております。」等と訴えています。

 しかし、事実を認定するのは、被害者救済委員会に委ねたはずなのに、なぜ介入し、被害を否定するのでしょうか。これは、再発防止特別チームが提言した、被害者救済の公正、中立の確保の理念に反するものです。

 そもそも、性被害の多くが、密室で起きた被害であることに鑑みれば、自社が把握していないとしても被害者は長年苦しみ続けてきた可能性が高いことをまず大前提として、被害申告について公正に対処することが必要です。決して虚偽の申告であると決めつけたり、二次加害を起こさないようにすべきです。

 事務所は、性加害の被害者救済を全く理解しない言動を繰り返しているとしか言いようがありません。こうした言動は直ちにやめるべきです。

国連ビジネスと人権作業部会の会見
国連ビジネスと人権作業部会の会見写真:つのだよしお/アフロ

■ 指導原則に即した被害救済に抜本的に改めるべき。

 国連「ビジネスと人権」に関する指導原則22は、「企業は、負の影響を引き起こしたこと、または負の影響を助長したことが明らかになる場合、正当なプロセスを通じてその是正の途を備えるか、それに協力すべきである。」としており、どのような救済システムであるべきかは、下記の指導原則31に詳しく記載されています。

 下記の要請を見れば、上述したジャニーズ事務所の被害者救済スキームがいかに国際的なスタンダードから乖離し、性暴力被害者にとって過酷なプロセスとなっているかが理解いただけるのではないでしょうか。

 これではせっかくなされた再発防止特別チームの提言も生かされません。

補償をスタートすると公言している11月に先立って、様々な課題を検証し、指導原則に即した被害救済に抜本的に改めることが強く求められています。

 ジャニーズ事務所とエンゲージメントを続けている各企業には、「補償を早急に進めてほしい」「鋭意進めています」といった表面的なやり取りを超えて、被害者救済の深刻な問題を一つ一つ是正する働きかけを進めてほしいと願います。(了)

(指導原則31)

非司法的グリーバンス・メカニズムは、国家基盤型及び非国家基盤型を問わず、次の要件を充たすべきである。

a 正当性がある:利用者であるステークホルダー・グループから信頼され、苦情プロセスの公正な遂行に対して責任を負う。

b アクセスすることができる:利用者であるステークホルダー・グループすべてに認知されており、アクセスする際に特別の障壁に直面する人々に対し適切な支援を提供する。

c 予測可能である:各段階に目安となる所要期間を示した、明確で周知の手続が設けられ、利用可能なプロセス及び結果のタイプについて明確に説明され、履行を監視する手段がある。

d 公平である:被害を受けた当事者が、公平で、情報に通じ、互いに相手に対する敬意を保持できる条件のもとで苦情処理プロセスに参加するために必要な情報源、助言及び専門知識への正当なアクセスができるようにする。

e 透明性がある:苦情当事者にその進捗情報を継続的に知らせ、またその実効性について信頼を築き、危機にさらされている公共の利益をまもるために、メカニズムのパフォーマンスについて十分な情報を提供する。

f 権利に矛盾しない:結果及び救済が、国際的に認められた人権に適合していることを確保する。

g 継続的学習の源となる:メカニズムを改善し、今後の苦情や被害を防止するための教訓を明確にするために使える手段を活用す

h エンゲージメント及び対話に基づく:利用者となるステークホルダー・グループとメカニズムの設計やパフォーマンスについて協議し、苦情に対処し解決する手段として対話に焦点をあてる。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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