クリス・アーチャーが受けた今季絶望の手術に隠された深謀遠慮
【まったく溝が埋まらないMLBと選手会】
MLBと選手会の交渉は、完全に袋小路に入り込んでしまったようだ。
週末に選手会がMLBの実施案を拒絶する声明を発表した後、米メディアが報じたところでは、MLBは新たにシーズン76試合、同意していたサラリーの75%の支払いという代替案を提示したようだが、こちらも選手会から拒絶されてしまったようだ。
結局のところ、シーズンを無観客試合で実施することで更なる収入源を強いられ、何とか選手のサラリー支払いを削減したいMLBと、すでにサラリー削減に同意しており、これ以上の削減は受け入れられない選手会が、両者ともにそこから一歩も譲ろうとしないのが現状だ。
いうまでもなく、このままの状況では両者の溝が埋まることは不可能で、どちらかが歩み寄りをしない限り、シーズン中止という最悪のシナリオに一歩ずつ向かっているようにしか見えない。
【クリス・アーチャーの手術発表】
シーズン開幕が完全に混迷を極める中、パイレーツは現地時間の6月3日、クリス・アーチャー投手が胸郭出口症候群の修復出術を受けたと発表した。チームによれば、復帰見込みは2021年シーズンになりそうで、今シーズン中の登板は不可能となった。すでに日本のメディアも報じているので、ご存知の読者も多いことだろう。
米メディアによれば、アーチャー投手に関しては、年俸1100万ドル(約12億円)を保証する2021年シーズンの契約オプション権をパイレーツが保持しており、オプション権を行使しなければ25万ドル(約2700万円)の支払いで契約解除できるという。
そうした状況から、アーチャー投手にとって今シーズンは、チームに来年の契約オプション権を行使してもらえるよう、彼らを納得させるパフォーマンスを披露する場になるはずだった。
手術を実施する場合、医師の診断だけではなく本人の同意が必要になってくる。つまりアーチャー投手は今シーズンを棒に振ってでも、来シーズンに復帰する道を選んだというわけだ。
【メディアから手術選択を賞賛する声が】
これらの情報だけで判断すれば、アーチャー投手は自らの意思で、茨の道を選んだように見えるかもしれない。ところがMLBの現状を考えると、米メディアの中では彼の選択を「brilliant move(素晴らしい選択)」と賞賛する人たちがいるのだ。
それは何故か。
繰り返しになるが、MLBと選手会は一歩も譲らず、シーズン開幕の目処が立っていない。仮に両者がどこかで合意点を見出すことができたとしても、選手たちは短縮シーズンながら通常シーズン以上の過密日程を戦わなければならない。
さらに開幕前に実施されるキャンプも短期間になることが濃厚で、すでにスポーツ医学の権威として知られるジェームス・アンドリュース医師を筆頭に、多くの専門家が選手たちの負傷のリスク増を危惧し、警鐘を鳴らしている。
しかも現在の協議されている実施案は、中立地開催ではなく本拠地球場を使用した通常のホーム&アウェイ方式で公式戦を行うことを目指しており、遠征を繰り返す選手やチームスタッフは常に新型コロナウイルスの感染リスクに晒されることにもなる。
アーチャー投手はこうしたリスクを回避し、来シーズンに向けてしっかりリハビリに集中できるのだ。
【MLB在籍日数もしっかり確保】
恩恵はそれだけに留まらない。
すでにMLBと選手会の間で、今シーズンがどんなかたちで実施されたとしても、出場ロースターに入り全日程を終了すれば、すべての選手が通常の1シーズン分のサービスタイム(いわゆるMLBの在籍日数)を得られることで合意している。
これについてもアーチャー投手は、必然的に故障者リスト(IL)に入りシーズンを過ごすことになる。ILも出場ロースターと同じ扱いになるため、彼は今シーズン1試合も出場せずに、サービスインを獲得することができるのだ。
しかも仮にパイレーツから契約解除され、来シーズンは他のチームと低年俸で1年契約を結んだとしても、彼はシーズン終了後にFA権の資格を得る予定だ。また2022年シーズンからMLBと選手会が新しい統一労使協定(いわゆるCBA)に合意しなければならず、来シーズンの活躍次第では新CBAの下で大型契約を得られるチャンスもあるのだ。
【現状の中では最良の選択だった?】
如何だろう。アーチャー投手は手術を受けたことで、今シーズンのリスクをすべて回避した上で、サービスタイムを得られ、今から来シーズンの準備を進めることができるのだ。現状を考えれば、これ以上に最良の選択はないのではないだろうか。
このままMLBと選手会が睨み合いを続けるようなことになれば、現状を悲観し、第2、第3のアーチャー投手が現れたとしても何ら不思議ではない。
現在のMLBには、ネガティブな要素ばかりが満ちあふれているようだ。それを注視し続ける側も、確実に嫌悪感を抱き始めている。