Yahoo!ニュース

そのときイスラム教徒たちはユダヤ教の礼拝所で祈った 美談を美談で終わらせないために

南龍太記者
(写真:ロイター/アフロ)

イスラエル軍によるガザへの地上侵攻の懸念が高まり、中東情勢は緊迫の度を増している。

「なぜこのタイミングなのか」「ハマスとは何者か」。基礎的な情報も、深い考察も、さまざまな記事やレポートで伝えられているが、不安や対立の感情をかき立てるものがほとんどだ。和平の糸口は今は見えない。

時計の針は戻らない。しかし、過去にあったはずの平時の日常に、この憎しみの連鎖を断ち切るカギが実はあったのではないか。

かつてニューヨークでは礼拝施設を通じたユダヤ教徒とイスラム教徒の睦まじい交流があった。日本でも今後、異なる信条や宗教の、さまざまなバックグラウンドの外国人が移り住んでいくことが見込まれる。宗教とそれにまつわる礼拝といった機微な事柄についての対応はまだ不十分で、今後の課題だ。

一大ユダヤコミュニティのNYC

2019年、米ニューヨークに暮らしていたころ、ユダヤ人の多さ、コミュニティの大きさには舌を巻いた。聞いてはいたものの、その存在感、影響力はすさまじいものがあった。日本では決して味わえないそれである。

米国、特にニューヨーク市にはイスラエル国以外で最も大きいユダヤ人コミュニティがある。実に100万人を超すユダヤ人が暮らし、勢い600以上のシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝所)が密集する。ユダヤの宗教的に食べてもよいとされる「コーシャ」料理やベーグルの店があちこちにある。

日本にあるシナゴーグは神戸市や横浜市、東京・広尾など数えるほどしかない。いかにニューヨークに多くの信者がいるかがわかるだろう。

イマームに手を差し伸べたラビ

2019年3月22日、米国のニューヨーク市マンハッタン区にある「ミッド・マンハッタン・イスラム協会」のモスク(イスラム教の礼拝所)には、定例の金曜礼拝のために数百人のイスラム教徒が集まっていた。しかし礼拝が始まる前、市の当局者が訪れ、モスクの入る建物は使えないと告げてきた。

実は、その2日前の3月20日、モスク階下のレストランで火災があり、安全性の観点から利用が制限されたのだ。

途方に暮れた教徒たちに手を差し伸べたのは、近くのユダヤ教の礼拝所「セントラルシナゴーグ」だった。

シナゴーグの指導者「ラビ」が、モスクの導師「イマーム」に、シナゴーグの建物で礼拝することを歓迎した。イマームは謝意を伝えてラビの申し出を受け、教徒らを率いて1ブロックほど離れたシナゴーグへと向かった。

マンハッタンにあるセントラルシナゴーグ(2019年12月、筆者撮影)
マンハッタンにあるセントラルシナゴーグ(2019年12月、筆者撮影)

最高の祝福

この融和的な交流は当時、米メディアのハフィントンポストや地元紙のニューヨーク・ポストなどが心温まるエピソードとして報じた。記事では、両宗教のリーダーに当たるラビとイマームが仲良く写真に納まっている様子も記録されていた。イマームはユダヤ教徒らの好意を、ニューヨークの生活における「最高に祝福された瞬間」と語ったという。

あのとき、他のイスラム教徒らはシナゴーグで何を祈ったろうか。

日本の実情

翻って日本はどうだろうか。

日本は、禅寺の中にアッラーに祈る場を作る」(2015年7月9日、東洋経済オンライン)の記事にあるような、お寺の一室をイスラムの礼拝のために提供するといった殊勝な心掛けが見受けられることに、日本の懐はなお深いと、一応の安心感を覚える。

一方、NHKで先月放送された香川県坂出市が舞台の「ある地方のモスクから」は、船の溶接の現場で働くインドネシア出身の男性が、仕事の休憩時間に人目を忍んで礼拝する様子が映し出されていた。彼が中心となり仲間のインドネシア人らと資金を集めてモスクを建てるとともに、地域に溶け込むべく努力している様子も伝えられた。

国益や異なる宗教観で争いが続く世界情勢において、草の根レベルで進む地道な交流はわずかでも確かな平和の萌芽だ。

◇ ◇ ◇ ◇

筆者は前述した米ニューヨークの火災に伴う両宗教の融和の一幕を実際に見たわけではない。しかしそのような友好的態度が普通に、自然と起こったであろうことは容易に想像できた。それほどニューヨークはユダヤ人コミュニティが隣人のようにありふれたものであったし、一方でまたイスラム教徒も多く、概して「程よい距離感」を互いに保っていた。そして、時に宗教や信条を超え、助け合って生きていた。そういう街だったとそのときは感じていた。

しかし昨今の当地の様子はと言えば、イスラエル支持派とパレスチナ支持派とが道路を挟んでいがみ合い、一触即発の状況だという。

写真:ロイター/アフロ

双方の歴史的背景、置かれてきた境遇を考えれば、察するに余りある。ただ、不寛容は不寛容を生み、その負の連鎖が行き着く先は暴力のエスカレーションでしかない。

「寛容であってほしい」と言いたいのとも違う。上記のエピソードは言ってしまえば単なる美談だ。ただ、不安や恐怖や憎悪が渦巻く今、平時にはそのような美しい関係があったことを今一度、思い出すきっかけがあってもいいのではないか。

美談と言ってしまえばそれまでの話だが、今こそ読むべき、宗教をも超えた何かが秘められている。人間は過去に学ぶことができるはずだ。

(このセントラルシナゴーグは今、他のシナゴーグと同様、「イスラエルとの固い結束」を新たにしている)

記者

執筆テーマはAI・ICT、5G-6G(7G & beyond)、移民・外国人、エネルギー。 未来を探究する学問"未来学"(Futures Studies)の国際NGO世界未来学連盟(WFSF)日本支部創設、現在電気通信大学大学院情報理工学研究科で2050年以降の世界について研究。東京外国語大学ペルシア語学科卒、元共同通信記者。 主著『エネルギー業界大研究』、『電子部品業界大研究』、『AI・5G・IC業界大研究』(産学社)、訳書『Futures Thinking Playbook』。新潟出身。ryuta373rm[at]yahoo.co.jp

南龍太の最近の記事