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変化する人事管理の「いま」(転勤編)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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今回は、日本の人事管理の「いま」を最新のデータやグラフでビジュアルに概観できる『新・マテリアル人事労務管理』の編著を担当した中央大学助教の西村純さん、著者の法政大学大学院政策創造研究科兼任講師の岸田 泰則さん、(株)グロービス 研究員・東京経済大非常勤講師の小山はるかさん、東京大学社会科学研究所特任助教の園田薫さんの4人にゲストにお越しいただきました。時代の流れと共に変化を続けている日本の人事労務管理をめぐるトピックに関して解説していただきます。

<ポイント>

・転居を伴う転勤のあり方が昭和の時代と変わってきている

・転勤を命じられた配偶者が、会社を辞めずに済む制度設計とは?

・「人材育成には配置転換が必要」という当たり前から疑ってみる

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■4人がアカデミックな世界に飛び込んだきっかけ

倉重:今回は、これからの働く環境が昭和の時代と比べてどう変わっているのか、データも含めてお話しいただければと思います。皆さん研究者の方なので、アカデミックな視点から「働く」ということを解きほぐしていきたいと思います。

最初に、簡単に皆さんの自己紹介を頂きたいと思います。西村先生からお願いしてもいいでしょうか?

西村:西村純と申します。主な専攻としましては、労使関係や人事管理といったところになります。特に日本とスウェーデンの2カ国間比較を中心に研究させていただいています。所属は中央大学です。本日はよろしくお願いいたします。

倉重:西村先生は、アカデミック歴は何年になるのですか。

西村:大学院の博士課程を修了したのが2010年になるので、14年ぐらいです。

倉重:普通の就職は考えなかったのですか。

西村:部活に没頭していた日々だったので「卒業してすぐ就職はせず2年ぐらい勉強したい」と思いました。部活で組織のマネジメントのようなことにも携わらせていただいていたので、きちんと理論などを自分の中で整理した上で社会に出たいと思い、大学院に進んだのです。

 勉強している間にどんどん興味が出てきまして、修士から博士過程にも行かせていただき、途中で「これはとんでもないキャリアを歩んでしまった」とやや後悔はしたときもあったのですが、何とかご飯は食べていけるという状況で現在に至っています。

 小・中学生のときに歴史小説が好きで、城山三郎や吉村昭を読んでいるうちに、物を書く仕事にあこがれていた時期があったので、小さい頃の憧れをちょっとだけ実現できている部分もあるかもしれません。

倉重:お仕事が性に合っているから続いているのでしょうね。次は岸田さんお願いいたします。

岸田:私は今、重工業のメーカーで働きながら非常勤講師もしていて、二足のわらじを履いています。

倉重:メーカーでは人事担当ですか?

岸田:今はメンテナンス部門という機械の整備や設計、生産、品質管理、工事部門の長をしながら、4つの大学で非常勤講師をやっています。

倉重:アカデミックの世界に飛び込むきっかけは何だったのですか。

岸田:偶然です。会社で東レ経営研究所の「次世代経営者育成塾」の募集があり、1カ月に一度集まって勉強会をしてその後飲みに行くというのがすごく楽しくて。

 毎年違う大学の先生が来るのですが、その中でも山田久先生がすごく面白くて、当時主催していた法政大学の先生に頼んで修士に入りました。

 そこから2年目に石山恒貴先生に巡り会い、研究室に移って博士課程まで行ってしまったのです。

倉重:行ってしまったらもう抜け出せなくなったということですか。

岸田:本当に「沼」でした(笑)。

 修士の研究生の時は楽しいばかりでしたが、そのうち石山先生が勧めてくれたのでその後、博士号を取ったのですが、とても苦しかったんです。取れた後も大変です。というのは、自分の知らないことや皆のすごさがだんだん分かってきます。

倉重:キャリアをクラフティングしているわけですね。続いて、小山先生にお願いします。

小山:小山はるかと申します。よろしくお願いします。私は今、岸田さんと同じで二足のわらじです。基本的に本業はグロービスという会社で、社会人向けの教育の教材開発や、人・組織領域の研究、講師をしています。今年から東京経済大の非常勤講師でキャリアデザインの授業を持つことになったところです。そのような仕事の傍ら、私は皆さんとは違ってまだ博士後期課程に所属していて、修行中の身です。

倉重:アカデミックの世界に行こうと思ったきっかけは何ですか?

小山:もともと会社が修士取得や何かしらの専門性を持つことを推奨していて、そこで何を学ぼうかと考えた時に、「人・組織」に関することを深めたいと思いました。

 もう一つは、私は20代でパートナーの転勤で仕事を辞めた経験があり、結構キャリアが紆余(うよ)曲折したのです。

 それから10年以上たって共働きの人も増えている中で、転勤制度が何も変わっていないことに気づきました。働く女性も増え、自分の周りでも悩んでいる人が多かったので「これが変わらないのはなぜだろう」と疑問を持ち、これをテーマに研究するため、修士に入りました。

倉重:ご自身もご家族の転勤等で会社をいったん辞め、キャリアが変わる経験をしたからこそ興味があるということですね。

 一度家庭の仕事がメインになった後に、また研究の世界に行くのは大きなキャリアチェンジですね。

小山:修士より先に行くつもりは正直なかったのです。先ほど岸田さんが「沼」と言っていましたが、私もせっかく形にしたものが世に出ないまま終わってしまうのはもったいないと思い、その先をやってみたくなってしまって今に至るという感じです。

倉重:最後になりますけれども園田先生、お願いします。

園田:園田薫と申します。よろしくお願いします。私は現在、東京大学の社会科学研究所で特任助教をしています。

 社会科学研究所は労働調査のメッカのような所ですので、そこに身を置けるのは非常にありがたいことだと思っています。

 今は、新しい社会学の調査の手伝いなど、いろいろな業務を担当しています。非常勤等もあったのですが、社会科学研究所では学期ごとに1コマだけということで、いろいろと手放し、今は二松学舎大学で人的資源管理のゼミを始めたところです。

倉重:同じくアカデミックの世界に入ろうと思ったきっかけは何でしょうか。

園田:皆さんとだいぶ違って特殊な事例だと思います。私の場合、父親がアカデミズムにどっぷりの人だったのです。

 父親と母親が出会ったのが東京大学の社会学研究室でした。父親が助手で、母が学部生だった時に出会って結婚しています。

 両親の仲人が富永健一先生だったということもあり、小さい頃から研究者に触れる機会が多くありました。自分の父親を見て「仕事というのは、これが当たり前なのか」と錯覚してしまいました。

倉重:研究職が身近だったのですね。

園田:学部で東京大学に入った時にアメリカンフットボール部に入り、そこで全然違う世界を見ました。こういう世界に行くと、バリバリ働いて企業に同化していく感じのスタイルになるのかと思いながら、どこか自分はその方向にはなじめないのではないかという気もしていたんです。どちらの道がいいかと思った時に、研究をしたいと思ったので、学部の時から一般企業で働く選択肢を全部切り、研究者になろうと思いました。

倉重:サラブレッドですね。確かに珍しいです。

園田:先人の道が何となくこういうものだと分かっていた中で、そこにうまく付いていくように準備してきた感じです。

倉重:両親を見て、自分で自分の道を切り開いてきた感じですね。東大の社会科学研究所に入るのが、またいいですね。

園田:それもいろいろな縁がありました。今回やるのはSSMという調査データの収集なのですが、実は父親が1995年に関わっているのです。仲人だと言った富永先生は75年に代表をやっています。

 僕が研究している産業社会学という連字符社会学をつくったのが尾高邦雄なのですが、彼は1955年にSSM調査を始めた人なのです。10年単位でしか行われない調査のタイミングで、そこに自分が関わることになったので、何かの縁だと思っています。

■企業は「配置転換」についてどう考えるべきか?

倉重:いよいよここからは、働く環境や雇用社会の変化というテーマで伺っていきたいと思います。

まず小山先生にお聞きしたいのは、配置転換の話です。

職種無限定の日本型雇用において配置転換は当たり前のように行われてきました。配置転換のメリットとデメリットという基礎的なところから伺っていきましょう。

小山:日本の雇用は、会社側にとっては事業の変化に合わせて柔軟に人を配置できるというメリットがあります。

小山:長期雇用が大前提の時代には、社員にいろいろな経験をさせて多能工的な人材を育成・確保できるというメリットもありました。

 長期雇用が前提であれば、人材側も社内で成長をする機会が与えられ、うまくいけば昇進できるというメリットがあったのです。

 一方デメリットとしては、専門的な人材が育ちにくいことや、時代の流れによって人材の流動性が高まってきた時に、育成した人材の流出や適材適所の難しさが発生するようになりました。

 会社側としては思うように人材育成ができないし、労働者の側も共働きが増えたり、少子高齢化で介護の負担が増したり、プライベートな事情で会社主導の転勤をするのが難しくなってきたのです。

 家庭の負担はもちろんのこと、会社側も社員側から要望があった時の調整をしなくてはならなくなり、双方の負担が増えてくる時代になってきています。

倉重:まさに共働き家庭がデータ上でも増えているのではないかと思います。

 特に転居を伴う転勤のあり方が昭和の時代と変わってきている企業は多いのでしょうか。

小山:共働きが少ない時代であれば、配偶者が家庭のことを担って皆で転居することができました。共働きが増えてくるとそこが難しくなるので、今は配偶者に転勤が発生した社員のための「配偶者転勤休職制度」や配偶者の転勤に合わせて勤務地を変更できる「勤務地変更制度」といった制を設ける会社が増えました。

倉重:配偶者の転勤によって、これまで育ててきた自社の社員が退職してしまうのはもったいないですよね。

小山:コロナ禍でリモートワークやテレワークが進んだので、そこを活用し、配偶者が転勤の期間は一時的にオンラインでの仕事を認め、配偶者側も仕事を辞めずに済むというケースも聞きます。

■「配置転換」の制度は今後どうあるべきか?

倉重:テレワークの普及によってそういった負担が無理なく両立できるケースもあると思います。

 そもそも配置転換という、紙切れ一つで全国に移転を命じられることが日本の労働法的にも特徴的なところです。

 この在り方は今後どのように考えていけばいいと思いますか。やはり変わっていったほうが良いと思いますか。

小山:そうですね。いくら配偶者側を配慮する制度ができてきたとはいえ、個別調整がどんどん増えていく一方だと、管理はより複雑になっていきます。

 配偶者の仕事だけではなく、子どもの教育をどうするのか、独身や子どもがいらっしゃらない方であれば、ライフイベントをいつどのタイミングで設計していくのかといった負担もすごく増えていきます。インタビュー調査でも、単身赴任で子どもを持つタイミングを逃したという話やなかなか家族全員で暮らせないといった話が複数ありました。

 ウェルビーイングのことも言われている中で、社員が生産性の高い状態を保つことは、企業の経営にも直結してくると思います。そう考えた時に、やはり片働き前提で設計された転勤制度は、そろそろ限界を迎えているところです。

倉重:法曹業界でも裁判官や検察官は定期的な転勤があるのですが、それによる離職は結構問題になっています。

 今まさにおっしゃったように、子育ての時期などは転居しなくていい範囲での転勤を中心にするなど、いろいろな工夫をしているようです。

 検察官や裁判官のような堅い職業ですらそういったことを考えているので、民間企業ではなおさら転居を伴う転勤について考え直さなくてはならないところですね。

 西村先生、今後、企業はどうあるべきでしょうか?

西村:どうしても必要な転居を伴う転勤もあることは確かだと思います。例えば金融業等の特定の業種では、1つの地域に留まってしまうと地元の特定の企業と癒着が生じるリスクが高まるなど、コンプライアンスの関係で問題になることがあります。

 一方で、転居を伴う転勤がその人のスキルアップに繋がると思われているかもしれませんが、実際にはどうなのでしょうか?

 ある大手の人事担当者さんの話では、例えばマーケティングなどであれば、東京本社にずっと勤めていても個人のスキルは高まっていきますが、一方で人事労務は、人事企画や労務担当など、人事労務に必要なスキルを身につけるためには、転居を伴う転勤が必要になってくる面があるようです。工場の労務担当は工場に行かなくては経験できませんから。

 先ほど小山先生がおっしゃられた供給側の配慮から転居に伴う転勤をどうするかを考えていくことは重要なことです。それと同時に、労働需要側の企業経営の立場から、「転居を伴う転勤が自社にとってなぜ必要なのか」を考えていくことも大切なことだと思います。

倉重:本当にその転勤は必要か、各企業がきちんと見直さなくてはならないですね。小山先生何か補足はありますか?

小山:経営上必要な転居を伴う配置転換は必ず残ると思います。ただ、日本以外の諸外国では一般的に「職務内容と勤務地」をセットにした上で合意し雇用契約します。それに対して、日本は包括的な契約で「勤務地は未定」という場合もあります。

 そこを諸外国で行われているのに近い形で、急に辞令を発するのではなく、事前に条件を合意した上で配置転換する、またはジョブポスティングなど希望者を募るといったことが、今後企業と働く側、両方の負担が減っていく方法になっていくかと思います。

倉重:最近は新卒時点からある程度勤務地を限定する就職活動の在り方や、転勤の打診に対して拒否する権利を何回まで与えてみるなど、いろいろな施策を行っている企業があります。「当たり前」を疑うところから始めてみるということですね。

小山:金融業界なども今まさに当たり前を崩して、地域限定にしたり、数年ごとにエリアを選択したりできるような配置転換制度を設ける企業が出てきています。転勤が当たり前だった金融業界が率先してそこを変えていっている感じもあります。

西村:やはり海外の状況をきちんと把握していくことが大事だと思います。スウェーデンでは先ほど言われた職務などを特定した契約になりますので、その仕事がなくなると職を失います。そうなったことを家族に言いだせず、つらい思いをする人も中にはいるらしいです。

倉重:日本でも似たような状況ですね。

西村:そのようになってしまうのと、転居を伴ったとしても遠方で雇用が維持されるのと、どちらが働く側にとって望ましいと言えるのか。先の例は半分冗談のような話ですが、海外の状況をきちんと見た上で日本を相対化して考えていくことも、先ほど小山先生がおっしゃったように、すごく大事なことだと思います。

(つづく)

対談協力

1 西村 純

 中央大学 商学部 助教

 同志社大学社会学部産業関係学専攻博士課程後期課程修了(博士:産業関係学)。主な研究分野は、労使関係、人事・労務管理、雇用政策など。(独)労働政策研究・研修機構研究員を経て、現職。

 主な業績には『スウェーデンの賃金決定システム:賃金交渉の実態と労使関係の特徴』(単著)(ミネルヴァ書房、第29回冲永賞)、「ホワイトカラー従業員に対する企業の中途採用行動:雇用論議における類型化の再定義」(共著)(『社会政策』第16巻1号)など。

2 岸田 泰則

 釧路公立大学 非常勤講師
 略歴 法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了。博士(政策学)。専門社会調査士。『全能連マネジメント・アワード』アカデミック・フェロー・オブ・ザ・イヤー受賞。人材育成学会奨励賞(研究部門)受賞。法政大学、千葉経済大学、東京経済大学の非常勤講師も兼任。M-GTA研究会 世話人としても活動中。

主な業績

・『シニアと職場をつなぐ―ジョブ・クラフティングの実践』,学文社,2022年

3 小山 はるか

 上智大学比較文化学部卒業/法政大学大学院政策創造研究科修士課程修了、同博士後期課程在学。

 大学卒業後、自動車関連メーカーにて商品事業開発に従事。家族の転勤に伴い退職後、様々な契約形態での業務を経て人材業界にて採用・育成業務等に携わる。現在は社会人向け教育・組織人事コンサルティング会社勤務し、東京経済大学非常勤講師を兼任。主な研究領域は人的資源管理・組織行動・キャリア開発領域。

4 園田 薫 

 東京大学 社会科学研究所 特任助教 

略歴:東京大学人文社会系研究科 社会文化研究専攻博士課程修了。博士(社会学)を取得。日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、現職。主な研究領域は、産業社会学・組織社会学・人的資源管理論など。主要な業績には、『外国人雇用の産業社会学』(有斐閣、単著)、『21世紀の産業・労働社会学』(ナカニシヤ出版、松永伸太朗・中川宗人との共編著)などがある。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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