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年間最多勝男ルメールの武豊に対する想いと、日本競馬の歴史を変える事になった愛妻の言葉とは……

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
2018年の213勝目を飾り、JRA年間最多勝新記録を達成したC・ルメール

2018年の競馬にこの人あり!!

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 アーモンドアイの牝馬3冠とジャパンCでの驚異のレコード勝ち、障害界の絶対王者オジュウチョウサンの有馬記念挑戦、武豊騎手の通算4000勝達成に福永祐一騎手悲願の日本ダービー制覇などなど。2018年の競馬界は沢山の話題で盛り上がったが、1年を通して外す事の出来ない存在だったのが騎手のクリストフ・ルメールだ。

 2015年に通年免許を取得してJRAの所属となったフランス人ジョッキーは17年に外国人として初めてJRAリーディング騎手となると、18年には武豊に次ぐ史上2人目(4回目)の年間200勝を達成。最終的にはその勝ち鞍を新記録となる215まで伸ばした。

 昨年の彼を語る時、まず忘れられないのはアーモンドアイとの活躍だ。

 牝馬クラシック1冠目となる桜花賞では豪快に追い込み、無敗で1番人気に推されていたラッキーライラックを差し切った。

 続くオークスでは一転して先行策。早目に抜け出すと後続の追撃を許さずゆうゆうと2冠を達成した。

 ひと夏を越し、休み明けで臨んだ秋華賞は直線入口でまだ後方という位置にいながら強烈な末脚を披露。終わってみれば楽に史上5頭目の牝馬3冠馬となった。

 更に続くジャパンCはまたも先行策。外国からの遠征馬を含む古馬の一流牡馬勢らも相手にせず、2分20秒6という驚異的なレコードで快勝した。

ジャパンCを優勝した直後、アーモンドアイの馬上からカメラに向かって笑顔を見せるルメール
ジャパンCを優勝した直後、アーモンドアイの馬上からカメラに向かって笑顔を見せるルメール

 4連勝となったG1のいずれもで手綱をとったルメールは言う。

 「秋華賞よりもジャパンCの方が大きなプレッシャーを感じました」

 秋華賞は牝馬3冠の懸かったレース。一方、ジャパンCは初めての古馬相手でもあり通常なら負けても何ら不思議ではない一戦。その立ち位置の差を考えると、前者の方が重圧がかかりそうだが、ルメールはかぶりを振る。

 「秋華賞はアーモンドアイにとって勝ちたいレースでした。でもジャパンCは僕にとって勝たなければいけないレースだと感じました。アーモンドアイは勝てる力を持っていたし、枠(1番)も絶好。彼女を勝たせてあげなくてはいけないと考えるとプレッシャーを感じました」

 それだけに昨年の215勝の中で「最も印象深いレースになった」と言う。

違う形でのプレッシャー

 ジャパンCで大きなプレッシャーを感じたというルメールだが、果たして年間新記録となる213勝が迫った時はどうだったのか……。

 「レースとはまた違うプレッシャーを感じました。残り3週くらいは勝つたびにカウントダウンをしました。毎日、考える時間も長いし、少し違うプレッシャーがありました」

 朝日杯フューチュリティSの行われた12月16日。この日の最終レースをルメールはイシュトヴァーンで制した。すでに年間200勝は突破。これが205個目の勝ち鞍で、武豊の持ち212勝に“あと7つ”に迫る勝利だった。そのレース後、顔を洗っていると武豊に声をかけられた。

12月16日の競馬を終えた直後、武豊と言葉をかわすルメール。この時のやり取りとは……
12月16日の競馬を終えた直後、武豊と言葉をかわすルメール。この時のやり取りとは……

 「『あといくつ?』と聞かれました」

 それに対するルメールの答えが秀逸だった。

 「あと7つ。あと3日だから1日2勝ずつでだいたいタイ記録。今年はそこまでかな……」

 しかし1日2勝という約束(?)を彼は破る。開催も残り2日となった有馬記念当日。第1レースが始まる前に顔を合わせると、彼は言った。

 「今日は身体が絶好調です」

 そしてその言葉に嘘がないことを競馬で示す。レイデオロで臨んだ有馬記念こそ2着に敗れたものの、この日、騎乗した9レースで5勝。211勝とし、タイ記録に王手をかけて最終日を迎える事になった。

サンタクロースからの少し遅いプレゼント

 1年前は年間200勝に王手をかけて迎えた最終日。あと1つを勝てずに肩を落とした。しかし、この日は違った。まずはこの日、2鞍目となった第4レースを優勝。あっさりとタイ記録を達成した。

 余談だが前日、札幌で仕事をしていた私は、この日の朝の飛行機で帰京し、そのまま中山に駆け付けた。その際、新千歳を発つ飛行機が整備不良で欠航となり、遅い便に振り替えられたため、競馬場に到着したのはタイ記録を達成した直後。ゴールの瞬間にはギリギリ間に合わなかった。ルメールの顔を見て、すぐにその事を伝えると、彼はニコリとして答えた。

 「大丈夫。まだ新記録があります」

 そして、その口約をいとも簡単に果たす。

 第6レースの新馬戦。マイヨブランで勝利し、新記録となるこの年213勝目を挙げてみせたのだ。

年間最多勝記録を達成し、親しいジョッキー仲間に祝福されるルメール
年間最多勝記録を達成し、親しいジョッキー仲間に祝福されるルメール

 「少し遅いサンタクロースからのプレゼントです!!」

 白い馬体に赤いメンコをしたパートナーの上で、ルメールは満面の笑みでそう言った。

 そんな彼に日本のナンバー1ジョッキーの記録を抜いた気持ちを伺うと、真顔で次のように答えた。

 「ユタカさんは素晴らしいジョッキーです。僕にとって憧れでありヒーローであり、日本の先生でもあります。それは昔も今も変わりません。数字で抜いたからといって彼より良いジョッキーになったとは思っていません。ユタカさんはまだまだ僕の目標のジョッキーです!!」

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日本の競馬の歴史を変えた愛妻の言葉

 ルメールが先頭で213回目のゴールを駆け抜けた瞬間、スタンドから脱鞍所までモノ凄い勢いでダッシュする人達がいた。1人の女性と2人の子供達。ルメールと共に日本で暮らす家族だ。

 ルメールが妻のバーバラと知り合ったのはフランスでの話だ。競馬場でカメラマンをしていた彼女と深い仲となったルメールが、日本への移籍を考えた時にはすでに2人の子宝に恵まれていた。

 「日本への移籍を考えた時、真っ先にバーバラに相談しました。すると彼女は『あなたがそう考えるなら私はどこへでもついて行きます』と答えてくれました」

 愛妻のその言葉は、後に日本の競馬の歴史を変える事になる。

 「バーバラは私の最大の理解者でありサポーターです。調子が悪くて勝てない時も『また来週があるわ』と言って応援してくれます」

 その言葉に何度助けられたか分からないというルメールは、助けられているのは精神面だけではないと続ける。

 「子供達をケアーしていつも家を守ってくれる。競馬以外の部分で僕の人生をサポートしてくれる。僕が競馬に集中出来るのは彼女がそうやって助けてくれるからです!!」

 2019年、1週目の開催にクリストフ・ルメールの姿がなかったのは、彼が新記録の陰の立役者との時間を優先したためだ。彼女のサポートを受け、今年は更なる記録の更新があるかもしれない。期待したい。

新記録達成直後のルメールと見つめるバーバラ夫人
新記録達成直後のルメールと見つめるバーバラ夫人

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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