「汚物」だけではない北朝鮮の風船 日本に飛来の可能性は
外電によると北朝鮮は先月(5月)末から今月初めにかけて、少なくとも二回以上は北朝鮮内から韓国に向けて、汚物の入った風船を飛ばしました。
かつては、南北朝鮮で盛んに風船や気球が飛び交い、風船に紙幣や生活物資を吊るしていた事もありますが、現代はゴミや汚物の飛び交う空になってしまいました。
過去の例では、朝鮮半島での風船や気球の飛ばし合いは5月から7月が多くなっています。これはちょうど風船を飛ばすのに都合の良い下層(1000メートル以下)の風が、南北ともほどよく吹くからです。高気圧前面なら北風、後面なら南風で、両者にとって都合がいいのです。しかしこれが冬であれば、上空の強い西風に流され朝鮮半島を軽々越えてしまうでしょう。
今回この話題は、日本でも大きなニュースとして伝えられましたが、いずれも北朝鮮のイヤガラセとしての側面が強調されていました。しかし、事の本質はもっと違うところにあるのではないでしょうか。
過去には日本に飛来
そもそも、なぜ北朝鮮は風船を飛ばしてきたのでしょう。
北朝鮮と韓国の風船の飛ばし合いは、いまから70年ほど前に遡ります。1953年に朝鮮戦争が休戦したあと、韓国が北朝鮮側にプロパガンダの気球を投じたのが始まりとされています。
その後、両国で宣伝ビラや場合によっては食料や紙幣、ビデオテープなどを飛ばし合い、どちらの国の生活がいいのか、競い合った事もあるようです。
風船と気球は、素材や構造的な違いもありますが空を制御されずに飛ぶと言う事では同じものと言っていいでしょう。ある意味風まかせでどこに飛んでいくか分かりません。
朝鮮戦争以降、その気球や風船が南北で飛び交い、タイマーのついた精巧な気球や、作りのしっかりしたものは、日本にもいくつも届いています。とくに1996年には大量の気球が日本に飛来し、「謎の気球」として話題になりました。
科学兵器としての気球
実は今回の風船騒動でもっとも注目すべきは風船そのものではなく、吊り下げているものに未知のモノが含まれている可能性もあるという事です。
外電によると、韓国軍合同参謀本部が、すぐに化学班を動員したと報じられています。それは、気球の中身の有毒性の有無を確認したかったからでしょう。
アメリカに恐れられた風船爆弾
第二次世界大戦中、日本による風船爆弾をアメリカが非常に恐れたというのは有名な話ですが、アメリカが恐れたのは爆弾そのものというより、風船によって細菌が拡散された場合の影響についてでした。翻って現代、細菌という事はないにしても、毒性の強い化学物質が武器として使われないという保証はありません。(なお日本の風船爆弾は、冬の強い西風「偏西風」を利用して飛ばされました)
これまでの気球や風船による越境行為は中身がプロパガンダ用のビラなどでしたが、それが「汚物」になったという事は、感情的な一線を超えているようにも思います。
ちなみに今回の風船の気体は、おそらく高価なヘリウムではなく価格が安い水素だったと考えられます。水素風船だと気体が抜けるのも早く、長距離は飛べないので日本にまで届く可能性は低いと思われます。
ただ、最初に述べたように上空の風が弱いこれから夏にかけては日本でも思わぬ気球が飛来することがあります。4年前、大きな話題になった「仙台の謎の気球」もちょうど6月でした。
北朝鮮はいったん、風船打ち上げを中断したようですが、これからの季節は普段より浮遊物が日本にとどまりやすい時期と言えるでしょう。
取材協力
株式会社気球製作所 豊間清氏
『Weather Data Science』加藤芳樹氏
参考
2020年7月17日掲載記事「仙台 謎の気球は新型気球の実験か!?」
雨風博士の遠めがね 著森田正光 新潮社刊