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消費税率10%後、所得税、法人税、相続税、他の税はどうなる

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
税に関する法律は国会で議決される。消費税率が10%となった後どうする(写真:ロイター/アフロ)

2019年10月1日、消費税率が10%に引き上げられた。政府は、今のところ、消費税率を10%超にする予定は立てていないし、そんな議論もしていない。

何かと消費税ばかりに注目が集まるが、安倍晋三内閣は、消費税率を5%から10%にまで引き上げたが、その間にも(国民にあまり注目されていないかもしれないが)所得税も法人税も相続税もそれなりに大きく変えてきた。税は、消費税だけではない。所得税、法人税、相続税、そして他の税は、今後どうなるのか。

9月26日木曜日、総理大臣の諮問機関である政府税制調査会(政府税調)は、「経済社会の構造変化を踏まえた令和時代の税制のあり方」(PDFファイル)と題した中期答申をとりまとめた。この答申では、わが国の税制における主要な税目について、今後どう変えてゆくべきか、その考え方に言及している。

筆者は、政府税調の委員としてこの答申作成の議論に加わったが、以下で私見にわたる部分は政府税調を必ずしも代表するものではない。

所得税については、主に2点言及している。1つは、所得税で格差是正を図ること。もう1つは、老後の資産形成を支える税制についてである。

所得税には所得格差を是正する機能(所得再分配機能)がある。今の税制も、累進税率を採り、格差是正の機能はあるが、諸外国よりその機能が弱いとの認識がある。政府税調答申では、今後のあり方として、近年、特定の企業に属さずフリーランスとして業務単位で仕事を請け負うなど働き方の多様化が進展していることを踏まえ、働き方やライフコースに中立的で公平な税制を構築し、所得再分配機能が適切に発揮されるようにする検討が必要だとしている。その視野には、高所得高齢者に相対的に手厚い公的年金等控除(その分年金収入の税負担が軽い)の見直しも入ってこよう。

老後の資産形成を支える税制については、何かと注目された「老後2000万円」問題から距離を置いているものの、読者が意識して読むと、「老後2000万円」問題に関する所得税制での今後の対応についての言及が透けて見えてくる。

まず、政府税調答申では、老後に備えた資産形成を支える企業年金・個人年金等に関する税制上の取扱いについて、働き方の違い等によって有利・不利が生じないようにする検討が必要としている。特に、退職給付に係る税制では、給付が一時金払いか年金払いかによって取り扱いが大きく異なり、退職給付のあり方に対して中立的でない現行税制を指摘している。

老後に備えるなら、退職給付は、退職時に一度に受け取る(一時金払いにする)より、老後の生活資金の足しになるように毎年その都度分けて受け取る(年金払いにする)方が相応しい。一時金払いにして受け取っても、結局タンス預金にしていては、無駄にお金をたなざらしにしたようなものである。しかし、今の税制では、一時金にしてもらった方が、年金払いでもらうより所得税負担が軽くなる場合が多い。それも主な一因で、一時金払いを選択するケースが過度に多い。

それと、老後の資産形成を支える制度として、企業年金、iDeCoをはじめとする個人年金、NISAなどの非課税貯蓄・投資制度が並立しているが、利用者にとってわかりにくいとの声もある。そして、それらには各々所得税の非課税拠出枠が与えられている。政府税調答申では、利用者の視点に立って、簡素でわかりやすい制度にするよう関連する税制を整理してゆく必要性を説いている。

法人税について、政府税調答申では、目下国際的な議論が進む「デジタル課税」を念頭に、国際的な租税回避を防止する制度を整備するとともに、国際合意に基づく解決策のとりまとめに期待を寄せる。

デジタル課税の詳細については、拙稿「6月のG20、デジタル課税の何が焦点になるか 巨大ネット企業『狙い打ち課税』ではない」に譲るが、従来の形でビジネスを営む企業の税負担よりも、デジタルビジネスを営む企業の税負担は軽くなっている現状の法人税制を、国際的に歩調を合わせて改めようという機運が高まっており、デジタルビジネスに対してどう課税するか、来年の合意を目指した議論が進められている。日本もその国際協調に沿って、法人税制を改めることが考えられる。

相続税・贈与税について、政府税調答申では、資産格差を適切に是正することとともに、相続税負担の回避を防止する観点から贈与税に高い税率が設定されているため、生前贈与に対して一定の抑制が働いている面があることに着目している。結局、金融資産は、高齢者が多く保有しており偏っているのが現状である。その一因に、相続税・贈与税がありうる。

答申では、相続と生前贈与をより一体的に捉えて課税を行うことで、資産移転の時期の選択に対する中立的になる税制にすることを検討するよう示唆している。さらに、資産の早期移転による消費拡大を通じた経済活性化を図るための特例措置として、各種の贈与税非課税措置が設けられているが、資産格差の固定化につながりかねない面があり、これらの非課税措置の改編の検討が必要だとしている。

それ以外の税として、エネルギー関係諸税自動車関係諸税についても言及している。これらの税は、地球温暖化防止、気候変動対策としてわが国も批准したパリ協定に即してエネルギー転換・脱炭素化を図ることと整合的になるよう、関連する政策との関係、国際的な動向、国民生活や産業への影響等を踏まえながら、今後のあり方を中長期的な視点に立って検討することが必要としている。

エネルギー関係諸税については、拙稿「小泉進次郎環境相で、カーボンプライシングは進むか」でも言及したように、炭素税としての地球温暖化対策のための税(温対税)をどうするか、あるいは既にある揮発油税(ガソリン税)などのエネルギー関係諸税を炭素排出量比例にすること(税制のグリーン化)も選択肢としてあり、今後の議論が注目されるところである。ただし、企業経営者である委員もいる政府税調では、答申に「カーボンプライシング」とは一切明記していない。

ちなみに、消費税についても、一言言及している。この答申では、人口減少・少子高齢化と経済のグローバル化が進む中、将来世代への負担を極力先送りすることなく、現在の世代が幅広く負担を分かち合うことや、内外の税率差による国際競争への影響を遮断できることという性質を踏まえると、消費税の役割が一層重要になっている、と位置づけている。

消費税に注目が集まるが、他の税にもそれぞれに役割があり、今後どうしてゆくか議論を深めることが必要だ。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

慶大教授・土居ゼミ「税・社会保障の今さら聞けない基礎知識」

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