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ノーベル平和賞、発表後の現地報道 推薦者はノルウェー国会議員

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
受賞理由を話すノーベル委員会委員長 Photo: Asaki Abumi

性暴力撲滅に取り組むコンゴ人医師デニ・ムクウェゲ氏と、性奴隷として拘束された過去を持つナディア・ムラド氏が、今年のノーベル平和賞を受賞した。

両氏に関する詳しい情報は、すでに日本のメディアで紹介されていると思うので、平和賞の発表・授与が行われる現地ノルウェーでは、発表後にどのような反応があったかを、振り返る。

MeTooとのつながり

「MeToo運動は受賞を逃したものの」という報道もあるが、「運動」は、そもそも平和賞を受賞することができない(受賞できるのは、個人か団体)。

MeTooを平和賞候補に推薦したノルウェーのアンニケン・ハウグリ労働・社会問題大臣も、「忘年会のテーブルの下で起こっていることを、気にかけているからではない。戦争や紛争で、敵のやる気を失わせるために、女性や子どもへの暴力が、意図されて武器として使われているからだ」と、兵器として使われる性暴力が、推薦の理由としていた。

ノルウェー地元メディアの予想で、重要なテーマにMeTooが入っていたのも、「MeTooが、女性に対する性暴力に対して、人々の目を覚まさせた」であろうことから。「運動は受賞できないから、兵器として性暴力とたたかう、ナディア・ムラド氏とデニ・ムクウェゲ氏」が、予想候補者のトップになっていた。

受賞理由には書かれていなくても、ノーベル委員会5人のメンバーそれぞれの思考に、MeToo運動がどれだけ影響を与えたのか。それは5人以外の人間が、勝手に想像するのみだろう。

発表後に、ノーベル委員会の建物内に置かれた、受賞者の似顔絵と受賞理由、レプリカのメダル Photo: Asaki Abumi
発表後に、ノーベル委員会の建物内に置かれた、受賞者の似顔絵と受賞理由、レプリカのメダル Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi

推薦者はノルウェー国会議員

デニ・ムクウェゲ医師を平和賞にノミネートしていたカリン・アンデシェン国会議員(左派社会党)は、ノルウェー国会で受賞者の発表を喜んだ(例:ノルウェー国営放送局、同氏のFacebook)。

貧困や難民・移民、格差対策に積極的なことで知られる同党の議員らが、過去にも平和賞受賞者の推薦者であったことは、初めてではない。

ムラド氏のことは、これまでにも左派社会党の3人の国会議員らが、候補者として推薦していた。

「指導者たちの代わりに、普通の市民が、タブーを破り、闘おうとしている」と、アンデシェン同議員は自身のSNSや地元メディアを通して語る。

平和賞コンサート、どうなる?

ノーベル平和賞の授与式期間中は、締めくくりのイベントとして、毎年「平和賞コンサート」が開催されていた。

しかし、今年になり、経済的な理由で、コンサートが中止されることが明らかに。

ノルウェーの投資家によって、別の形で平和賞コンサートが開催されそうなことが、受賞者発表日と同時に報道された。

ノルウェー人アーティストが多く集まるコンサートになることには、変更がないようだ。

これは私の個人的な意見だが、平和賞のコンサート自体は、悪くはないと思う。授与式などのニュースにあまり関心がない層や若者も、コンサートをきっかけで、受賞者のことを知るかもしれないからだ。

一方で、「ノルウェー音楽を国際社会にPRする」舞台になっていることには、違和感を毎年感じる。

今年の受賞者の選別は、好意的に受け止められる

受賞理由が書かれた紙は、委員長のスピーチが始まると、報道陣にすぐに配布される Photo:Asaki Abumi
受賞理由が書かれた紙は、委員長のスピーチが始まると、報道陣にすぐに配布される Photo:Asaki Abumi

受賞者の発表後は、その人物や団体の選別に対して、好意的か、「なぜ?」と物議を醸すことがある。オバマ大統領、EUなどの時は、「おかしい」という意見も多かった。

数年前と比べて、今の委員会メンバーは、お利口だ。

今年の受賞者2人については、「驚くほどに、好意的な反応ばかり」という評価が、ノルウェー現地の報道では目立った。

発表後の翌日、新聞各社の見出し一部

翌日のノルウェー地元紙 Photo: Asaki Abumi
翌日のノルウェー地元紙 Photo: Asaki Abumi
  • 「性暴力で苦しむ女性たちに公平を」(アフテンポステン紙)
  • 「平和賞を喜ぶ声」(ナショーネン紙)
  • 「紛争地域での性暴力との闘い。MeToo議論やIS組織による独裁が、この問題点を議論のテーブルの上にのせた」(クラッセカンペン紙)
  • 「国連、平和のために闘う人、そして、『あなたの声は聞かれ、信じられている』と、女性たちへメッセージを送る、素晴らしい賞」(ダーグスアヴィーセン紙)

ノルウェー首相の見解

国の代表としての立場で、ノーベル委員会とバランスある距離を保たなければいけない首相 Photo:Asaki Abumi
国の代表としての立場で、ノーベル委員会とバランスある距離を保たなければいけない首相 Photo:Asaki Abumi

ノルウェーでは、平和賞の発表直後は、首相が「おめでとう」と記者会見を開く恒例行事がある。

受賞者が誰であれ、お祝いの言葉を述べるこの習慣。ノルウェーという国(政府)と、ノーベル委員会との切れないつながりを表す、象徴のひとつともなっている。

ノルウェーの記者らからは、「この問題を解決するために、ノルウェー政府は何をするのか」という質問などが飛ぶ。

「MeToo運動から1年。紛争での性暴力と比較できるものではないが、首相はこのふたつのつながりを、どうみるか」という質問もあった。

「全社会が抱えている課題であろう、女性をハラスメントする行為が焦点となったMeToo運動。紛争地域で、暴力で女性を襲う行為。大きなフレームの中でみれば、ふたつにはつながりがあるでしょう」と答える。

一方で、ひとりの個人が狙われるMeTooとは異なり、紛争地域では、特定の民族や少数派の宗教グループを破壊するために、性暴力が制度化した兵器として使われていることを、首相は強調。

「受賞者の体験談を聞いて、心を動かされない人はいないだろう」とコメントした。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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