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”落語ブーム”だからこそ至高の芸に触れたい――著名人も熱狂、名人・古今亭志ん朝の”名ライヴ盤”の魅力

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
三代目古今亭志ん朝の”名演”を集めたCDBOX『志ん朝 東宝』が好調
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毎日が”笑いのフェス”、寄席に行こう

やっぱり寄席はいい。いわゆるアーティストのライヴには仕事で年間100本以上行っているが、定席寄席には年1回か2回といったところだろうか。その時は、この噺家さんが出るから行こうという感じではなく、あの空間に無性に行きたくなる。だから落語ファンといっても、初級者の域を出られないでいる。もちろん有名どころの噺家さんの高座は、YouTubeでチェックしたりしているが、落語ファンとしてはまだまだ“浅い”。

でも寄席の雰囲気が好きだ。ふらっと寄ったフラットな気持ちで来ている人、素直に笑いを求めてきている人、笑わせてみろとちょっと構えている人、色々な人が集まっている中で、落語、漫才、奇術、曲芸、紙切り、パントマイムetc…様々な芸が次から次へと繰り出される。中でもお囃子に迎えられ落語家が登場すると、やっぱり「待ってました!」と体が乗り出してしまう感覚に襲われる。酔っぱらってご機嫌で観ている人、寝ている人、真剣に聴いている人、様々な人を相手に噺家は笑わせなければいけない。名人・三代目古今亭志ん朝は演目のマクラ(冒頭)でよく「落語はあんまり真剣に聴かないで、聴き流すように」ということを言っていたが、聴き流せるはずもなく、その世界にぐいぐい引き込まれる。落語もライヴだ。しかも楽器を一切使わず、声という唯一無二の楽器ひとつと扇子と手拭い、あとは表情と仕草、表現力でお客さんを笑わせ、引きつける。寄席はイキのいい若手から、脂が乗ってきた中堅、芸術の域に達しているベテランまでが芸を競う場だ。音楽でいうとフェスだ。様々なジャンルの“笑い”が一度に楽しめ、休憩をはさんで約3時間と見応えもある。それで料金は約3,000円とそんなに高くない。落語も歌舞伎も大衆芸能なのに、伝統芸能というだけで、相変わらずどこか敷居が高いイメージが付きまとう。全然そんなことないのに。

今再び”落語ブーム”。ドラマ、マンガ、「渋谷らくご」「イケメン落語家」…女性ファンが支えるブーム

最近は平成になって何度目かの落語ブームなんだとか。先日、NHKの朝の情報番組『あさイチ』でも「落語ブーム」の特集が組まれ、居酒屋やカフェ、銭湯など、また都電を貸し切ったり様々な場所で落語会が開かれていて、その件数が急増していると取り上げられた。渋谷のど真ん中にあるユーロライブで行われている、初心者向けの落語会「渋谷らくご(シブラク)」も人気で、ポッドキャストやニコ生でも配信していて、一般層に訴求することに成功している。さらに嵐の二宮和也が主演したドラマ『赤めだか』(TBS系)や松山ケンイチ主演の映画『の・ようなもの のようなもの』、マンガ『昭和元禄落語心中』(雲田はるこ)など落語をテーマにした作品が増え、様々なメディアに落語が取り上げられるようになった。また、春風亭昇々をはじめとする「イケケメン落語家」も女性には人気で、「落語ブーム」は女性ファンが支えているようだ。

なにはともあれ、「ブーム」が落語を親しむ“きっかけ”になることはいいことだと思うが、ブームに便乗して出てくるのが「満足いかない商品」だ。中には噺のできが悪いものが、平気で発売されていることが多々ある。当たり前だが、いくら名人とはいえその時々によって噺に出来不出来があるが、その中でも、「名演」といわれるものを選りすぐってまとめるのであればまだわかるが、残念ながらそういう商品の多くは、すでに発売されている。だからクオリティの低い商品を観たり聴いたりした人は、そういうものなんだと思ってしまう可能性もある。

ブームだからこそ本物に触れたい。”ミスター落語”古今亭志ん朝の”名ライヴ盤”『志ん朝 東宝』

『志ん朝 東宝』(4月13日発売¥24,000+税)
『志ん朝 東宝』(4月13日発売¥24,000+税)

やはり、なんでも新しいものに興味をもった時は、まずはその道を切り拓いた先達、その道を極めた人の作品、一流のものに触れた方がいい。落語初心者もまずは名人の名演を聴くべきだ。落語で名人と呼ばれている人は多くはないが、そんな中で、今の若い人たちが聴いてもスッと、たやすく一瞬にして心を掴まれてしまうのは、前出の古今亭志ん朝だろう。“ミスター落語”“名人中の名人”“落語界の至宝”と、落語ファンからも世間からも称賛を一身に受けた不世出の落語家だ。落語初級者の筆者が偉そうに志ん朝のことを語っても全く説得力に欠けるかもしれないが、先日発売された、初出しの新音源を集めたCD BOX『志ん朝 東宝』を聴いて、大いに感動してしまい、書かずにはいられなくなった次第だ。凄まじい“ライヴ盤”に出会ってしまった。アーティストがライヴテイクをCDにするように、『志ん朝 東宝』は志ん朝の“名口演”を集めたれっきとした“ライヴ盤”である。

東宝名人会の根多帳(ネタ帳)、演芸鴬宝恵帳(えんげいおぼえちょう)
東宝名人会の根多帳(ネタ帳)、演芸鴬宝恵帳(えんげいおぼえちょう)

このライヴ盤のことを、商品解説から引用してみると“色物を交えた超一流の落語会として多くのお客様を魅了してきた東宝名人会。ホール落語と寄席の中間をゆくこの会で存分に語る古今亭志ん朝の高座を選りすぐり11枚のCDに、さらに珍しい演目と口演を特典盤として収録。演目予告のない会での伸び伸びとした芸と変わりダネと珍品、11枚+特典盤の計12枚すべての収録音源が初商品化”とある。さらに東宝名人会について「協会や会派を横断、超越した番組は一般ファンニーズにこたえるところ大だった。戦後の古典落語復興と名人の長演を求める傾向を汲み上げながら、従来の寄席のもつカジュアルなバラエティ性も満たした、いわば理想の落語演芸ワールド――」と詳しく教えてくれるのは、この作品の監修・解説を手がけるプロデューサー京須偕充氏だ。

“芸は生で味わってもらうのがいちばん。芸はきえるものであっての残すものではない”と、自分の芸を録音物として残すことを、かたくなに断り続けていた志ん朝を口説き落としたのが、当時CBSソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)の社員だった京須氏である。1978年11月に初めて古今亭志ん朝のLPレコードが世に出た。300年以上続く大衆芸能・落語をより身近なものにする「手軽さ」を感じさせてくれるものとして、当時“ライヴレコード”は大人気だった。

「別格の人」の”別格の芸”で、江戸の空気を感じる

同じ噺でも、落語家がもつそれぞれのリズムや話術によって違ったものに聴こえたり、登場人物のキャラクターもそれぞれの個性が表れ、面白い。中でもやはり志ん朝の人物描写は出色だ。確かに志ん朝はテレビドラマや舞台にも数多く出演していたが、本当に役者が演じているようだ。そして落語家は演者であると同時に自身が演出家であり監督でもある。そういう部分でも志ん朝は優れていたようで、その格調高い、気品あふれる語り口で正統の江戸前落語を聴かせてくれ、圧倒的な表現力で見せてくれた。『志ん朝 東宝』はCDだが、収録されている名口演の数々を聴いていると、もちろん江戸の街の風景なんて見た事がないのに、まるで江戸の街で生き生きと暮らす人々の様子、そこに生まれる人情までが見えてくるようで、匂いや流れる空気でさえ感じるようだ。華麗で元気いっぱい、歯切れのいいスピーディーな語り口は、決して雑にならず、緻密で美しい“江戸言葉”は華と艶を湛え、聴き手を魅了する。踊りが達者だった志ん朝が生み出すリズムも心地いい。その全てがひとつになって、耳で聴いているだけで、志ん朝の表情や仕草を観ているわけではないのに、この満足度。

落語は“間”の芸術だと個人的には思っていて、噺家の表情、目の動き、仕草から生まれてくる“間”の表現の仕方で、聴き手は想像力をいくらでもくすぐられ、自分で最大限に想像力を膨らまし、それがネタの面白さ、落語家の表現力と相まって、得も言われぬ感動とシアワセ感を手にする――それが落語の楽しみ方だと思っているが、『志ん朝 東宝』はCDだけでも、“間”を十分に楽しめるから驚きだ。さすが「別格の人」(京須氏)である。

著名人にも多い熱狂的な志ん朝ファン。俳優・東出昌大「これは落語の教科書」

東出昌大
東出昌大

そんな志ん朝には熱狂的なファンが多く、ソニー・ミュージックダイレクトが運営するサイト『OTONANO』中の、『志ん朝 東宝』の特設サイト内WEB企画「志ん朝師匠を語ろう。」には、放送作家・高田文夫、漫画家・雲田はるこ、コラムニスト・中野翠、芸人で「渋谷らくご」のキュレーターでもあるサンキュータツオら、志ん朝を愛してやまない著名人から熱いメッセージが寄せられている。今最も注目されている俳優の一人・東出昌大もその一人だ。「(志ん朝師匠の落語って)テンポがよくて、華があって、嫌味がない。それに現代にはない、粋(いき)がある。着物、羽織、帯のセンスが素晴らしく、手に持っている手拭や扇子も僕は大好きです。要するにファッションと同じで、着飾っておごりのある人をかっこいいと思わないけど、志ん朝師匠には、そこに芸にも通じる謙虚な姿勢があるから、粋でかっこいいんですよね」と東出は、その全てが“粋”だと溢れる憧れを隠さず、さらにこの作品については「落語初心者の人にとってわかりやすい『時そば』や『風呂敷』などがよかったですね。今までCDになってなかった『粗忽長屋』もおもしろかった。そういう世に出てなかったものを出していただけるのは、一志ん朝ファンとしてとてもうれしいです(笑)。『芝浜』も入っていて、珠玉の演目ぞろいですし、これは落語の教科書になると思います」とコアファンも落語初心者も納得できる作品と評価している。そして「何回聴いても飽きないです。志ん朝師匠が早くお亡くなりになり過ぎたので、その人物をここまで評価するっていうのは、ほかの諸先輩方が生きている今、難しいかもしれないですけど、やっぱり志ん朝師匠って落語をある意味完成させた、僕の中では最後の名人なんじゃないかなと思います」と、多くの志ん朝ファンの胸の内を代弁していくれているようだ。

三代目古今亭志ん朝没後15年、本物が放つ輝きに触れる機会

志ん朝の口演として初めてCDに収録される演目も含む珠玉の34席+α
志ん朝の口演として初めてCDに収録される演目も含む珠玉の34席+α

円熟の域を迎えた時その芸は、どこまで凄みを増していくのだろうと、誰もが楽しみにしていた矢先の2001年10月1日、63歳でこの世を去った三代目古今亭志ん朝の、没後15年にあたる今年、全て新録音でのリリースとなった“至高のライヴ盤”『志ん朝 東宝』。「落語ブーム」の今だからこそ、コアファンのみならず、落語初心者や落語に興味のある若い人たちも、本物が放つ輝きに触れるべきではないだろうか。何度聴いても毎回違った感動を与えてくれる、笑いという芸術のひとつの完成形といわれている名人の芸を、この機会に是非堪能してもらいたい。そして志ん朝の後を追いかける噺家たちの”ライヴ”を観に、寄席に足を運んでほしい。

『OTONANO』<来福(落語)>

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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