Yahoo!ニュース

<朝ドラ「エール」と史実>「ユウイチフスキー」と署名…あの一瞬にこめられた“深すぎる”事情とは

辻田真佐憲評論家・近現代史研究者
(写真:アフロ)

再放送中の朝ドラ「エール」も、第3週に入りました。舞台はふたたび福島に戻り、主人公の裕一は商業学校に通っています。

「ソロバンの玉より音符のタマ」。そう自伝で書いているように、古関は勉強そっちのけで音楽に夢中でした。商業学校も留年しているほどなのです。

福島ハーモニカ倶楽部にも元ネタあり

その原因のひとつは、福島ハーモニカ・ソサエティーというバンドの活動にあったかもしれません。ドラマに出てくる、福島ハーモニカ倶楽部の元ネタです。

ハーモニカでバンド? そう疑問に思う気持ちもわかります。ただ、高価な楽器を揃えにくい当時、ハーモニカは手頃で便利な楽器だったのです。

ちなみに、福島ハーモニカ・ソサエティーの主宰者は、橘登(たちばな・のぼる)。ドラマに出てくる舘林信雄の名前は、ここから取られていることがわかります。

古関裕而も「コウスキー」と署名

また古関は、「火の鳥の会」という、学外の音楽愛好グループにも出入りしていました。そしてそこで、クラシック音楽にどっぷりハマります。

そのころの貴重な文章が残っています。古関が商業学校の学内誌に書いた音楽論です。

スコアと睨めっこしたり、理屈をこねたりする人たちは、云い換えれば、音楽的見栄坊に過ぎない人たちは、音楽聴衆として末の末なるものだ。音楽は理屈や、お玉杓子で味わえるものではない。静に聴け、楽しく酔え。それが本当の音楽聴衆だ。

出典:「音楽漫文」『学而』第4号。一部表記を改めた。

なんとも気難しそうな文章ですね。後世からは想像しにくい部分です。

さらに古関はクラシックにハマるあまり、その後、「ラジオ=ユージ・コウスキー」(LADIO-YUUJI KOWSKY)とさえ名乗ります。憧れの作曲家ストラヴィンスキーと、「古関」の名前をかけたのでしょう。

12話の最後で、裕一が「ユウイチフスキー」と楽譜に署名したのを覚えているでしょうか。その元ネタがこれなのです。

若いころの古関は、このように“クラシックオタク”な一面がありました。ドラマはそのような細部まで、よく再現しているといえるでしょう。

評論家・近現代史研究者

1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『ルポ 国威発揚』(中央公論新社)、『「戦前」の正体』(講談社現代新書)、『古関裕而の昭和史』(文春新書)、『大本営発表』『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)などがある。

辻田真佐憲の最近の記事