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ゴジラが来る恐怖、ゴジラがいない絶望:映画「シン・ゴジラ」鑑賞のすすめ

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
帰ってきたゴジラ 新宿歌舞伎町に出現(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

〜「今日も会社のトイレから、ゴジラのいない街を見る」〜

恐ろしい破壊は恐怖。しかし何も起きないことは閉塞感は絶望。それでも、希望はある。

■シン・ゴジラ

映画「シン・ゴジラ」(監督:庵野秀明)。絶賛上映中です。

初代「ゴジラ」(1954年、昭和29年)を見た観客たちは、空襲を受けた戦争の記憶を呼び起されたといいます。今年2016年の「シン・ゴジラ」を見る私たちは、近年の大震災や原発事故の記憶が呼び起されます。

「破壊王」「破壊神」ゴジラは、突然わけもなく日本を襲い、私たちの日常を奪い、自衛隊の戦車をけちらして、大都会を破壊します(紆余曲折のあったゴジラシリーズの中には、説明があった映画もありますが)。

「シン・ゴジラ」に登場するゴジラも、特に日本を支配しようとしているわけでもなく、ただ東京に上陸して歩くだけですが、被害は甚大です。

ゴジラは、破壊の象徴です。それは、戦争であり、震災であり、原発事故なのでしょう。

圧倒的な強さを持つゴジラ。そのゴジラに立ち向かう人々の姿を描くのが、ゴジラ映画です(ゴジラシリーズの中には、悪い怪獣から地球を守ってくれるゴジラも登場はしますが)。

ゴジラが日本中を暴れ回ってしまえば、日本は壊滅。しかし無敵のゴジラに対して、日本人はいつも勇敢に戦い、撃退してきました。

■ゴジラが来る恐怖

「ゴジラ」を見る観客は、崩れるビルや逃げ惑う人々と、戦争や震災や原発事故の様子を重ねます。

戦争と災害や事故は違いますが、庶民から見れば、どうしようもない圧倒的破壊が突然やってくる点は同じです。

今日がどんなに平和でも、変わりばえのしない日常でも、何の予兆もなく、明日は巨大な破壊がやってくるかもしれない。日本人が忘れかけていたこの恐怖を、近年起きた各地の災害が、思い出させてくれました。

「物は壊れる、人は死ぬ」。私は、地元新潟県の震度7の中越地震を経験して(私がいた場所はそれほど揺れませんでしたが)、そう実感しました。東京の街を歩いていても、ビルが崩れてくるイメージを感じるほどです。

映画「シン・ゴジラ」では、政府や御用学者たちの狼狽ぶりと、現場で働く勇敢な人々が描かれます。現実にはゴジラは来ませんが、巨大な破壊はいつも想定外に起きるのでしょう。

こんな恐怖を味わいたくはありません。

■ゴジラがいない絶望

「今日も会社のトイレから、ゴジラのいない街を見る」(ずいぶん前に、ゴジラを特集した雑誌に載っていた言葉。うる覚えですが)。

ゴジラは、恐怖です。けれども映画では、日本人はゴジラと対決し、そして破壊の後の新しい希望を見出します。

東京に住んでいた子どものころ、台風情報を見ながら、心の中で東京に台風が来ることを待ち望んでいました。ずいぶん不謹慎な思いですが、非日常のワクワク感がありました。大した台風被害を経験していない東京の子どもの呑気な思いですが。

それでも、非日常的出来事で気持ちが高揚することは、大人でもあることでしょう。毎日毎日、ただ延々と続く日常に閉塞感を感じる人々は、少なくないでしょう。

「シン・ゴジラ」の中で、同じ庵野秀明氏制作の「巨神兵東京に現る」を連想させる場面があります。「巨神兵東京に現る」は、七日で世界を終わらせる巨神兵が突然現れ、東京中を火の海にする短編です。

「巨神兵東京に現る」を観ると感じます。世界が終わってしまう恐怖と、世界がいつまでも終わらない恐怖を。

この短編は、凄まじい破壊が描かれます。しかしそれでも、「終わる世界の中の希望」、「新世界の前の巨大な炎」と語られます。

日本の若者の無気力が言われ始めてから久しいですが、日本社会の豊かさと、複雑さと、飛び抜けた安定性が、若者の無気力を生み出しています。

「一生懸命努力をしても大して良いことは起こらず、努力しなくてもそれほど悪いことは起きない。そんな環境で、人は無気力になっていきます」(人が無気力になる時:Yahoo!ニュース個人有料:碓井真史)。

■幸福と破壊と希望

心理学や希望学的に言えば、幸福は安定から生まれます。幸福感は特別な贅沢から生まれるのではなく、日常的な楽しくやりがいのある生活から生まれます。

けれども、希望は変化から生まれます。幸福を失っている人にとっては、変化の中の悲しみや怒りからこそ、新しい希望が生まれます。

困難で潰されてしまう人もいますが、困難が忍耐を生み、忍耐が品性を生み、品性が希望を生むと、古代から言われています(新約聖書ローマ人への手紙5章)。

どうして善人の上にも、大災害はやってくるのか。高僧にも、ローマ法王にも、わかりません。しかし破壊の後で、創造が生まれます。尊い犠牲を無駄にしないために、希望に満ちた新しい街を作らなければなりません。

災害によって心にPTSD(心的外傷後ストレス症候群)が発生するだけではなく、PTG(心的外傷後成長)が生まれるように、支援したいと思います。

閉塞感に押しつぶされそうな安定した日常生活の中に、解決が急がれる多くの問題が潜んでいます。大災害ではなくても、不幸はそれぞれに襲ってくるでしょう。悲しみに押しつぶされ、怒りに心を振るわさている、助けを求めている人はたくさんいます。

若者が若者らしくなく無気力で保守的で安定志向と言われると同時に、日本の若者の7割は自分が幸福だと感じているという話もあります(「絶望の国の幸福な若者たち」古市憲寿著)。

本当は、その安定と幸福な生活を維持するために、どこかで誰かが猛烈に努力をしているのですが。そして、安定と幸福な生活から滑り落ちる人々も増え始めています。

自分が幸福ならそれで良いのではなく、若者たちの助けと活躍を待っている人々がいます。

私たちの生活を破壊する「ゴジラ」は、映画のように一目でわかる派手なものではなく、すでに私たちの街にもじわじわと来ているのかもしれません。

大破壊に備えよ。

小さな不幸にも気づけ。

君の活躍の場はある。

希望はある。

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というわけで、こんなことを考えさせてくれた映画「シン・ゴジラ」。

昔から怪獣映画は大好き。

「シン・ゴジラ」の早口で難しい政治や科学の話は、わからなくても雰囲気だけ味わえばOK。

文字通り新しいゴジラ映画ですが、昔ながらのゴジラファンを喜ばせるシーンも、ちゃんとあります(^_^)

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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