仏聖職者による大規模な性的虐待調査 「組織的隠ぺい」は大人が大人をかばう行為
(新聞通信調査会発行の「メディア展望」(11月号)に掲載された筆者記事に補足しました。)
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10月5日、フランスでショッキングな報告書が発表された。
同国のローマ・カトリック教会で、1950年以来、聖職者が未成年者に対して行った性的虐待の被害者数が推計約21万6000人を超えたという。
報告書は、聖職者による性的被害の告発が相次ぎ、事実究明と信頼回復のためにカトリック教会が設置した独立調査委員会がまとめた。被害者の8割が男児で、年齢は10歳から13歳に集中。聖職者以外で教会の活動にかかわった人物による虐待も含めると、被害者総数は33万人に上る。
調査結果を受けて、ローマ教皇フランシスコは、10月6日、被害者らの心の傷に対し「悲しみと心痛」を感じると表明した。
未成年者に対する長年の性的虐待が明るみに出た組織はカトリック教会だけではない。報告書の内容といくつかの事例を振り返ってみたい。
「組織的隠ぺいあった」
独立調査委員会は、2年半をかけて裁判所、警察、教会の記録を調べ、6500人を超える被害者や証言者から話を聞いた。フランスのカトリック教会の聖職者約11万5000人の中で約3200人による虐待の証拠が発見された。
2600ページ近い報告書によると、教会は虐待を防止できなかったばかりか、事件を当局に報告せず、虐待が起きていたことを知りながら児童が加害者と接するよう仕向けたこともあった。また、被害者の話を信じず、耳を貸そうとしなかった。虐待を受けた男女の約60%が「感情及び性生活において大きな問題を抱えることになった」。虐待事例の中で、加害者が懲戒処分を受けたあるいは刑事訴追に至った場合はまれだった。
調査委員会は教会に対し、被害者への賠償金の支払いを含め虐待の責任を取るよう求めた。金銭で被害者の苦しみや心の傷をいやすことはできないが、虐待があったことを「認識する過程において、欠かせない」としている。
報告書発表の会見の場で、調査委員会のジャンマルク・ソベ委員長は「体制と聖職者を守るため、教会は組織的に虐待を隠ぺいしてきた」と批判した。
仏司教会議のエリック・ドゥ・ムーラン=ボーフォール議長は報道陣に対し報告書の結果について「恥、恐怖」を感じると表明し、「事実を見ない、聞かない、隠ぺいする、加害者を公然と非難しようとしないといった現状を被害者とともに変えていきたい」と述べた。
聖職者による性的虐待が報道され出したのは1980年代からと言われている。米国やカナダの事例が中心だった。
90年代にはアルゼンチン、オーストラリア、アイルランドなど世界各国で告発が続いた。
2002年、米ボストン・グローブ紙が地元カトリック教会の神父らによる未成年者への性的虐待の実態をスクープし、世界各地の教会での被害が次々と報道されるようになった。
ボストン・グローブの調査報道は2015年に新聞社を舞台にしたドラマとして映画化(『スポットライト』)されており、メディア関係者の方の中にはご覧になった方も多いであろう。
2019年2月、ローマ教皇は「隠ぺいに終止符を打つ」、「すべての加害者は処罰を受ける」と述べている。今年6月、カトリックの規範となる教会法が改正され、12月から施行される運びとなった。改正法によって、性的虐待、未成年者を性行為のためにグルーミングすること、児童ポルノの所有、虐待の隠ぺいなどが犯罪として処罰の対象となる。
スポーツ界でも被害者続出
2001年末から英国に住みだした筆者がカトリック教会の聖職者による児童への性的虐待を知ったのは、アイルランドの事例が英国のテレビで報道されてからだ。すでに成人になった被害者が番組に出てその体験を語る様子を見て、衝撃を受けた。
カトリック教会の神父は信者からすると最も信頼できる存在だが、一部の聖職者がこれを利用して子供たちに虐待を行っていた。子供は聖職者側から「家族に何が起きたかを話してはいけない」ときつく言われ、大人が知らないままで虐待が続くパターンだった。数十年を経ても、被害者の心の傷は深い。
未成年者に性的虐待を行う大人を組織が排除できないという構図は、宗教界ばかりか、スポーツ界、教育界、音楽界そしてボーイスカウトなど子供が参加する他の組織でも発生してきた。
2016年11月、英国で元プロサッカー選手のアンディ・ウッドワード氏が、1980年代に所属したユースチームの男性コーチから性的虐待を受けていたことを実名で告発した。
ウッドワード氏は告発当時43歳となっていたが、30年以上前の11歳のときから数年間、コーチとなったバリー・ベネル被告からレイプを含む性的虐待を受けていた。
べネル被告はウッドワード氏の両親の信頼を得て、少年(当時)を自宅に宿泊させた。親しくなってから「2-3週間後に虐待が始まった」(ウッドワード氏)。
被告に「完全に支配されていた」ため、べネル氏を「死ぬほど怖い存在」としてとらえ、家族にも学校の教師にも真実を告げることができなかったという。
被害発生から長い年月が過ぎていたが、ウッドワード氏は「この年になってやっと今、声を上げることができるようになった。ほかの被害者にも声を上げてほしい。声を上げてもいいんだ、ということを伝えたかった」とガーディアン紙やBBCの記者に語った。
テレビに出演後、ほかの被害者も声を上げだした。べネル被告(67歳)は22人の男児への性的虐待で有罪となり、34年の禁錮刑を受刑中だ。
今年9月、米上院司法委員会で米国体操協会の元チームドクター、ラリー・ナサル受刑者による女子選手らへの性的虐待事件を巡る公聴会が開かれた。ナサル受刑者はすでに実刑判決を受けているが、初期捜査の遅れが指摘されていた。
公聴会には、東京五輪にも出場した米体操女子のシモーネ・バイルズ選手が証言者として出席した。
時折涙を流しながら、バイルズ選手は「被害者の苦しみは未だ続いている」、「虐待を可能にした構造を非難する」と述べ、体操協会や米五輪・パラリンピック委員会が事実を知っていたにもかかわらず「目をつぶっていた」と指摘した。
聖職者と信者、コーチと選手。いずれも上下関係にあり、信頼感でつながっている「はず」だった。「組織の維持」のために、大人が大人をかばうような事態が発生してはいけないと強く思う。