【香川真司インタビュー】「炎が消えかけた」もがきながらも欧州で戦い続ける男の「信念」
ドイツ1部、ボルシア・ドルトムントで華々しい活躍を見せ、イングランドの名門、マンチェスター・ユナイテッド移籍を実現させ、プレミアリーグ制覇に貢献するなど、世界にその名を轟かせた香川真司。
だが、ドルトムントへの復帰を経て2019年1月にトルコ1部のベシクタシュに赴いて以降は、予期せぬ苦境に見舞われ続けた。とりわけ、双方合意でスペイン2部・サラゴサとの契約を解除し、無所属状態に陥った2020年後半から、ギリシャに新天地を求めたPAOK時代の2021年は厳しかった。表舞台から遠ざかり、まともにサッカーができない辛さを味わったからだ。
「PAOK(・テッサロニキ)の時は(自分の中の)炎が消えかけた」と本音を吐露する。
それから約1年。香川はベルギー1部、シントトロイデンの一員として戦い続けている。10月初旬、訪れたこの地で約3年ぶりにボールを蹴る姿を目の当たりにしたが、彼は実に楽しそうにボールを蹴っていた。
さまざまな紆余曲折を経て、「欧州挑戦を続ける信念」を取り戻した背番号10に、今の偽らざる心境を聞いた。
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守備的な戦い方にどう自分の色を出すか模索中
──2022年1月にシントトロイデンに加わり、2シーズン目に突入。現在チームは中位に位置していますが、現状をどう捉えていますか?
「今季の目標はプレーオフ進出(8位以内)なんですけど、チームに自分をどうリンクさせるかで苦労しているところはあります。守備的な戦い方がベースとしてある中で、自分の色をどう出すか。昨季から忍耐強くそこに取り組んでますけど、結果は簡単にはついてこない。試行錯誤しながらって感じですね」
──8月28日のメヘレン戦で今季初ゴールを挙げました。
「目に見える数字は大事ですけど、今のポジション(右インサイドハーフ)を含め、チームのサッカーを見た時、2ケタとかはムリなんで。得点やアシストにつながる前のプレーで、どうリズムを作っていくかが大事。もちろんまだ1ゴール(10月3日時点)っていうのは、物足りないと思ってますよ」
──それでも、試合や練習での香川選手からは本当に沢山の笑顔が見られますよね。
「メディア用の演出ですよ(笑)。ただ、やっぱりこの何年間は苦労って言ったらヘンだけど、うまくいかないことがほとんどだった。その中でも僕は戦い続けましたからね。
10月2日のオイペン戦も途中から出て負けて、責任や不甲斐なさを感じますけど、切り替えてやらなきゃいけない。次に向けてメンタル的にいい状態を作れるかが大事だし、それが体の反応もよくするというのも分かっている。だから、自分の中で何とか整理をつけて、集中しているんです」
10月3日の練習。前日のオイペン戦で途中出場だった香川は、ケガ明けの林大地らと1時間半にわたって全力でボールを蹴っていた。その表情からは明るさと充実感が窺えた。もちろん直近3試合で先発から外れている現状に、納得していたわけではないだろう。だが、思い切りプレーできる環境に身を投じられることが当たり前ではないと痛感したからこそ、香川はポジティブでいられるはず。その姿勢が10月15日のシャルルロワ戦でのCK直接ゴールにつながったのだろう。これがチームを3試合ぶりの白星へと導く先制弾となったのだから、価値は非常に大きかった。
「『戦い続ける男』ってカッコいいじゃないですか」(笑)
──2010年夏にドルトムントに赴いてから海外13シーズン目。自身の挑戦を振り返ってみていかがですか? なぜ欧州挑戦にこだわり続けるんですか?
「それは今、あんまり答えたくないんですよね。キャリアは続いているし、過去はいつでも振り返れるから。特にドルトムント以降の4年間のことはみんな気になるだろうけど、僕自身が決めた信念や目標があって、それをやり通したいということ。ホントに今は毎日の練習、試合をやり続けたいだけなんです」
──昨シーズンからシントトロイデンに入って、サッカーができる喜びを再確認したのでは?
「僕にそういう環境を与えてくれたことに感謝しているのは確かだし、やり切りたいって気持ちが今は強い。
正直、PAOKの時は、僕ももう炎が消えかけていた。具体的に言うのも難しいけど、ホントに大変だった。ただ、後悔は全くしてません。自分が描く通りのキャリアを歩めるやつなんて滅多にいない。クリスティアーノ・ロナウドでさえ苦労してる。僕も忍耐があったからここまで来れたと思ってる。どんな苦労があっても自分で決めたことは意地でも通したかったし、最終的には自分の中での闘いかなって気がします」
──香川選手が壁にぶつかりながらも戦い続ける姿勢は、見る者に勇気を与えます。
「カッコいいじゃないですか。『戦い続ける男』って、フレーズとしては(笑)。でもずっとうまくいってたわけじゃない。『俺ってホント弱いな』って思うことはメチャクチャあったし、ここ4年間でいろいろ見えてきた。いや、4年と言わず、10年以上いろんなものを見てきた。だけど、自分の信念は絶対に曲げたくなかった。それが自分らしくサッカー選手として生き抜くことなのかなと。そこにすごくこだわってやってますね」
──そこにこだわれるというのは、本当に根っからサッカーが好きだからこそですね。
「それが僕が生まれ持ったものですし、プロに入る前から築き上げてきたもの。今、得られるものじゃないんです」
「自分は弱い」と香川は言うが、本当に弱い人間だったらもっと早い段階で日本に戻っていただろう。「欧州で高みを目指す」という信念を貫くのはそう簡単なことではない。さまざまなことに折り合いをつけ、香川はベルギーで足元を見つめ直している真っ最中だ。
欧州挑戦は厳しいけど、日本で得られない経験を得られる
──シントトロイデンには林大地、橋岡大樹という若手選手がいますが、彼らと接する中で新たに見えてきたものはありますか?
「それはオカちゃん(岡崎慎司)とよく話しますけど、僕らが欧州に来た10年前と今とでは全然、状況が違う。自分たちが来た頃も、俊輔(中村=横浜FC)さんたちが前にいましたけど、まだまだ人数が少なかった。何をしても注目されやすかったし、歴史を作りやすかったんだと思うんです。
でも今は欧州に行くことが当たり前になっている分、苦労する。本当にタフな中でやらないといけない。自己表現や自己主張がより必要になるし、フィジカル能力やタレント性も求められてきますからね。
僕がまた欧州1年目からやれるかって言われたら、今の精神状態ではムリ(苦笑)。この先10年、欧州でまたやるというのは考えられないですね」
──香川選手の13年を見ても、クロップやファーガソンのように重用してくれる監督もいれば、そうじゃない監督がいました。スタイルや役割も、目まぐるしく変化してきましたからね。
「監督って物凄く大事だなっていうのは僕も感じたこと。でも、自分に合わない監督だったらダメってことじゃなくて、柔軟にやらないといけないですよね。サッカーの戦術は監督あってこそ。全てを決める存在だから。『それっていつの時代?』っていう日本じゃ考えられない要求もある中で、自分をマインドコントロールしながらやり続けなきゃいけない。雑音とかマイナス要素も多いけど、やっぱり戦っていくしかないんです。それも含めて日本では得られない経験を沢山してきましたよね」
非現実的なトレーニング量を乗り越え、つかんだ自信
──10代から香川選手を見てきましたけど、本当に逞しくなりましたね。
「根本は変わってないですよ。周りに逞しいやつらが多すぎるから(笑)。オカちゃん、長谷部(誠=フランクフルト)さん、(本田)圭佑君含めて、同世代や年の近い先輩たちがとてつもないものを見せてくれたから、それに比べると僕なんて大したことないですよ。麻也(吉田=シャルケ)も同い年だけど、あそこまでやり続けるのはホントに素晴らしいと思いますし」
──彼らに追いつけ追い越せで、香川選手ももっと調子を上げないといけないですね。
「シントトロイデンに来て、物凄い練習量をこなしています。プレシーズンも週5で2部練とか正直、考えられない(苦笑)。中学・高校の時もやらなかったくらいの非現実的なトレーニング量だったんです。でも自分の現状を考えた時、ちょっと普通じゃないものを取り入れないと変われない。ハードな練習で文句を言いたいことももちろんありましたけど、それを乗り越えたから、今はコンディションがすごくいいんです」
──練習は嘘をつかないと。
「そうですね。体って不思議なもんで、やればやるほど慣れてくる。それをこの半年間でメチャクチャ体感させられてます。トレーニングで走らないと(自分自身が)落ちていくって恐怖心も出てきたし、これをやらないと試合で戦えないとも感じる。そういう意味ではハードな練習は理にかなっている。そのくらい鍛えられる環境ではあるなと思います」
香川、いよいよ再ブレイクへ
──「香川復活」の序章ですね。
「復活かどうかは分かんないけど、やっぱり同じじゃいけない。ギリシャ含めて1年半、ダメだったうえでの今なんで、それは余計に感じてます。つねに変化し続けていかないとホントに生き残れない世界。間違いなくいい方向には行ってると思います」
──今後のビジョンは?
「ビジョンはないですね。全く考えてない。明日のことも考えてないですね(笑)。過去の話もどうでもいい。僕は感覚的なんです。真面目だし繊細なので、自分で自分を苦しめることなんて沢山あるし、人生のふり幅が大きい分、すごい苦労しますけど、そういう自分の弱さを認めながら生きていますよ」
21歳でドルトムント入りした香川は、2023年3月に34歳になる。だが、38歳の長谷部、36歳の岡崎がフル稼働しているのを見れば、まだまだ老け込む年齢ではない。心身を鍛え直し、力を蓄え続ければ、いつか必ず再ブレイクの日は訪れるはず。あの華麗なCK直接弾にその兆しが垣間見えた。
シントトロイデンがプレーオフ進出、そして欧州リーグ参戦という大目標を達成しようと思うなら、百戦錬磨の背番号10の働きが欠かせない。ここから上昇気流を描くことを願ってやまない。
■香川真司(かがわ・しんじ)
1989年3月17日生まれ。兵庫県神戸市出身。2006年にセレッソ大阪入りし、2010年夏にはボルシア・ドルトムントへ。クロップ監督に重用され、10-11・11-12シーズンのブンデスリーガ連覇の原動力となる。2012年夏にマンチェスター・ユナイテッドへ移籍。2014年夏にはドルトムントに復帰し、トゥヘル監督体制でインサイドハーフとして新境地を開拓する。2019年1月にはベシクタシュへレンタルで赴き、同年夏にはレアル・サラゴサへ完全移籍。2020年10~12月まで無所属期間を経て、2021年1月にPAOKテッサロニキへ。そして2022年1月にシントトロイデンに加入。175センチ・68キロ。国際Aマッチ97試合31得点。2014年ブラジル・2018年ロシアW杯に出場し、ロシア大会のコロンビア戦で先制点を挙げる。
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