すき焼きの名店『はり重』でも幻のきのこ玉白茸は花形食材!ひと口食べると絶句「まるでアワビや!」
町のスーパーどころか百貨店でもほとんど見かけない。それ故、いつしか「幻のきのこ」と呼び名がついた。それが玉白茸である。大量栽培が難しいと言われる玉白茸の生産に成功した橋本崇さんは、この技術を積極的に公開。見据える先はーー。
営業マンからきのこ農家に転身
日時は師走、場所は難波の道頓堀。
「お、お久しぶりです」
作業場のコンテナで見かける風体とは打って変わって、この日はネクタイと同色のポケットチーフがポイントのジャケット姿。緊張感が張り詰めて、空気がすでに周りを包み込むかのように重い。
「実は僕も初めて食事をするんです。利用して良いものか、判断がつかずに今までずっと悩んでいました」
今年36歳になる若手経営者、橋本崇さんは胸中をこう明かす。某大手通信会社の営業から転身、現在の肩書きはきのこ農家。「幻のきのこ」と呼ばれる玉白茸の栽培に成功し、約3年前に『株式会社HASIMOTO』を設立、代表取締役に就任した。
実はこの日、取材を兼ねて取引先である老舗店『はり重道頓堀本店』で食事をする手筈になっている。すき焼きといえば『はり重』と答える人が多いほど、関西圏では名門中の名門。その歴史も古く、堺市で黒毛和牛専門店として1919年に創業。戦後の48年、現在の道頓堀に移転した。隣には1923年に関西初の洋式劇場として誕生した大阪松竹座がそびえる。橋本さんが固い表情になるのは無理もないのだ。
はり重道頓堀本店で生産者が初めて玉白茸を食す
暖簾をくぐり、靴を脱ぐ。3階の寄席も行われる大広間を左手に、右手奥の部屋へと案内された。しばらくすると「はり重」の藤本有吾社長が現れた。4代目社長で年も39歳と若い。
「サンプルの玉白茸をいただいて、まずはこの見た目のインパクト。食べても歯ごたえがあって『面白い食材やなあ』というのが率直な感想でした。季節の野菜をちょうど探していたこともあって、実際に提供してみるとかなり評判がいい。インバウンドの時は本当に凄かったんです。(玉白茸に)掛け合わせているバイリングが中国でも高級きのこで有名だそうで、写真を付きのメニューを見せるとほとんどの方が注文します。とはいえ、日本人の方も食べてもらえるので季節関係なく、提供を続けています」
すき焼きの追加野菜で玉白茸を提供する。そのお値段は一盛り660円。
「うちのこだわりはあっさり目の割り下と、黒毛和牛の雌牛だけを使用するところ。雌牛は脂の融点が低くて、口の中でとろける感覚がはっきりと分かるのであっさり味の割り下との相性が良いんです。しかも、くどくないから肉もたくさん食せる。流行に捉われない創業時の不変の味を今も守っています。今から100年以上前に、創業者はこの相性を見抜いていたから驚きです。玉白茸はその割り下が染み込んでも、やっぱり歯ごたえは残る。これが凄い」
うどんの名門『道頓堀今井』が縁結びの神となった
今後、玉白茸のバター焼きをメニューに加える可能性を示唆していた。すると取材中、何の通達もなく、突然登場したのは道頓堀の顔、藤本稔会長だった。
「うちに来たのって今井さんの紹介やったな?」
今井さんとはうどんの老舗『道頓堀今井』のことだ。橋本さんは先に同店と取引を始めて、『はり重』はその紹介で縁が生まれた。
「2019年10月に紹介してもらって11月からやな、付き合いは」と会長が語れば、社長まで「食べた瞬間に、これはいけると思った。インパクトもあるけど、何よりも美味しい。で、焼きにも合う」と魅力を最大限に表現する。
キクラゲの研究から川合先生に辿り着く
食事(雪コース1人前7700円〜)が始まるといったん取材は終了。橋本さん本来の饒舌さを垣間見せたのはこの後からだ。
「今から7年前、勤めながら親族が経営する鉄工所のスペースを間借りして、キクラゲの研究を始めたのがこの仕事を始めた発端です。キクラゲの市場規模を調べると何十億円とある。その中の1%でも獲れたら、という気持ちが先走っていた。キクラゲって95%が輸入に頼っていて、いずれ国産がトレンドになると思っていたので珍しい白キクラゲを栽培しようと思って始めたんですが、これがなかなか難しい。菌床で栽培するんですが、種屋と年間契約しなければならない。自分で菌を作らないといけないんです。それで研究に没頭し始めると僕は知識もない。無からのスタートです。そんな中でサルノコシカケなどを調べているうち、色んな人をたどっていくと川合先生にたどり着いた」
その先生とは川合源四郎さんである。某大手食品メーカーで微生物やきのこを研究。玉白茸の生みの親である。バイリングとエリンギを交配して、エリンギの臭みを消して甘みを最大限に増したのが玉白茸だ。山のアワビと称されるほど、甘味もあって糖度も高い。その糖度は11度だ。
和歌山の市場で「きのこじゃない。これは貝」と驚嘆させた
「和歌山の南紀白浜にある、とれとれ市場に持ち込んで実食をお願いしたんです。『今までありとあらゆる何でも食べてきた』という理事に、『これは、きのこじゃない。これは貝や!』と言われた。本業の方が言うんですから自信になりました」
とはいえ、栽培するには苦難が待ち受けていた。コスト面に加えて大量生産も難しい。その上、こだわり始めると妥協が出来ない性格。
「きのこ業界では玉白茸って知られているんですけど、実は大手さんも栽培を断念した。西日本ではうちの1社と、もう1社は東日本。しかも、うちは味や香りだけでなく、サイズ感にもこだわった。改良した200g以上の玉白茸を『ホワイトレーベル001』とネーミングして、このサイズ感に加えて食感や味、匂いが他とは全然違うと思います」
玉白茸を語るとき、橋本さんはいつも目が輝いている。生産プラントは和歌山県にある。水へのこだわりから大阪を離れて、和歌山県のかつらぎ町の紀の川流域の地下水を選んだ。
移動式のコンテナプラントが災害を回避する
日本は近年、水害などの災害が各地で発生する。台風も大型化し、農業は一度の被災で大きな損害を招く。そこで移動式の「コンテナプラント栽培法式」(コンプラ式)を考えたという。
「前もってトラックでコンテナを運べば、災害を避けられるかもしれない。それにコンテナは密閉されているから、温度や湿度管理もし易いという利点もある。そこで冷蔵車の荷台にある2トン、10ftのコンテナをプラントに独自開発した」
研究用に試作し、今はすべてがコンプラ式で栽培する。都会にこのコンテナを設置すれば、運送費をコストダウンさせる可能性もある。
「一番難しい作業が、芽かきという一番大きくなる芽だけを残す作業。これが上手くいくと最大270gの玉白茸が育つ。一番大きな芽を残せばいいかというと、そうではない。これは経験しないと分からない。育てる期間はだいたい55日。普通の3倍速なんですが、こちらはごめんなさい。企業秘密です」
コンプラ式で世界の食事情を変貌させる
実は地元の子どもたちに対し、一から玉白茸を育てる栽培体験を定期的に開催する。玉白茸の栽培を始めて約4年。「トウモロコシの芯を飼料に使用するから甘くなる」など、手の内の公開もする。その先を橋本さんは見ているからだ。
「流行らせたいとは思いますが、玉白茸を売って儲けようとはあまり考えていないんですよ。それよりも、このコンプラ式の技術を将来的に販売したいんです。内部の装備にもよりますが、1台で200〜300万円ぐらいになるのでは…。コンプラ式なら世界中どこでも玉白茸が栽培できますから」
きのこに限らず、コンプラ式なら野菜や果物まで栽培できる。最近では真顔で、「和歌山でバナナの栽培を始める」とも語り出す。この末恐ろしい探究心が、玉白茸を世に広める糧となった。次なる未来の何を見つめているのか、興味は尽きない。