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社員旅行でJALのジャンボジェットをチャーター!名物会長が語る「社員のやる気スイッチは目の前にある」

加藤慶記者/フォトグラファー
ミナミに移動してさらにグラスを傾けた  筆者撮影

IT企業の会長にも拘らず、今でも人との付き合いはリモートではなく、アナログの対面を徹底する。今年6月に著書「創業&経営の大学」(さくら舎)を刊行した竹菱康博氏(68)は、コテコテの関西弁から放たれる朗らかな雰囲気と、誰に対してもすんなりと懐に飛び込む柔軟性に誰も驚く。現在は会長職のほかに「経営コンサルタント」という肩書きを持つ。成功や失敗を含めて、自らの経験を基にした社員教育および、若手経営者向けのセミナーなどを開催しているという。

大阪流のエッジが効いた経営コンサルタント

場所は大阪の地下鉄天満橋駅界隈。大阪府庁が最寄りにあるため、最近はアフターワークで人気の飲食店が増えている。

新鮮な魚介類を手頃な値で食せると評判の割烹『たいりき』。現在の住所に居を移して約8年、奥の個室にIT企業の会長職もこなしながら後進育成のために『一般社団法人副業創業支援協会』を運営する代表理事の竹菱康博氏はいた。

「IT業界のトップってみんな若いやん。年齢が倍以上違っても食事に誘われたら最後まで付き合うし、そこはずっと変わらん。古いと言われるかもしれんけど、飲みながら本音を引き出して人の本質を探る。こうした席が親交を深める一つのきっかけになるのは昭和だろうが、令和だろうが変わりないと思う」

取引先は笑いながら、竹菱氏を「人たらし」と呼ぶ。現在は68歳。会話が始まると話題がまるで尽きない。その昔、ラジオ番組で桂きん枝(現在の小文枝)とともに15年もの間、レギュラー出演。今は亡き横山ノックとも懇意だった。どうやら話術はプロから盗んだものらしい。

「噺家さんはやっぱプロやんか。それを間近で、仕事からプライベートまでお付き合いさせてもらったのは財産やね」

ちょうどその時、刺身の盛り合わせが運ばれてきた。酒を酌み交わしながら、竹菱流の社員教育について深掘りする。

盛り付けにも華がある  筆者撮影
盛り付けにも華がある  筆者撮影

ハラスメント対策のコンプライアンスを徹底した結果、社員教育の依頼が急増

ハラスメント対策は今や欠かせない社会的ルールである一方、過剰に捉えている社員が増えているのもまた事実だ。一部では、社員教育を半ば放棄している社長までいると聞く。その理由を「新入社員に教えて間違いを正すことさえ躊躇する。パワハラと捉えられる可能性が生まれるので、聞かれれば教えるけど、何も相談がなければ教えない。ハラスメントと言われて、減点されるのが嫌だから」(大企業の社員・25歳)という。社員教育を外部に頼る企業もある。「教育セミナーの依頼が年を追うごとに増えている」と、現在の状況を竹菱氏もこう述べるのだ。

「ハラスメントの問題だけでなく、人手不足という側面もある。会社を大きくするには、人も増やさないとアカンけど、実際は社員教育までは手が回らへん。求人でいい人材を取るよりも、まずは目先の現実。離職率を下げるのもそう。社員教育が成功すれば離職率も改善する」

東京の某IT企業は教育セミナーの契約後、離職が大幅に改善されたという。

「1人だけ、離職して全員が残った。社員の入れ替わりが激しいIT業界の中で同社は急成長を続けたんやけど、事業拡大を目指す上で課題だったのが社員教育だった。社長本人もその事実に気づいていて、元々付き合いがあった中でうちに依頼がきた」

ミナミの歓楽街で一番古いクラブ『ホールイン』  筆者撮影
ミナミの歓楽街で一番古いクラブ『ホールイン』  筆者撮影

JALのジャンボジェットをチャーターした秘話

著書にも出てくるエピソードで、最も目を引く場面はジャンボジェットをチャーターという記述。1995年は関西国際空港が開港した記念すべき年で大掛かりな社員旅行を企画していた。『キャセイパシフィック航空』にほぼ決定していたところ、日本のナショナルフラッグである『日本航空』が竹菱氏に直談判する。

「なんとか、うちを使っていただけませんか」

当時のJALのトップが、なんと大阪まで訪ねてきたという。

「チャーターの値段はキャセイより500万円高い7000万円。関空のチャーターでは民間初らしく、それで社長がわざわざ来てくれた。そりゃ、頷くしかないわな(笑)」

時はバブル崩壊後である。当時、竹菱氏が経営していた会社は業績も鰻登りで、年商65億円と快進撃を続けていた。470人乗りのジャンボにはお得意様も乗せてシンガポールに4泊5日の豪勢な大名旅行。景気悪化が叫ばれるなか、関わった人には心理的に印象深く映る。

「儲かった分は日頃の感謝の気持ちを込めてパーッと還元したかった。誰もやらへんことで一生モノの経験になるやんか。普通の人はやりたくてもやりません。僕はそんな人間なんです(笑)」

こうしてトークの引き出しも増やしていく。とはいえ、人生は良いばかりではない。銀行の貸し剥がしにあって倒産も経験した。その苦い実体験を教訓に、今は無借金経営を継続する。

社員旅行だけで合計1億円かかったという  筆者撮影
社員旅行だけで合計1億円かかったという  筆者撮影

日本の未来を危惧 諸悪の根源は社員教育の欠如とみる

「自分は年齢も年齢ですから、日本の行く末が気になるんです。労働人口が減って、空洞化が生まれてあと5年で日本は沈没するかもしれません。回避するには人を育てるしかないんです。人が人を育てる。機械は人を育てられませんからね」

著書には人と会社を動かす極意が書かれているが、経験上に基づく人を見極める能力。言葉に言い表せないが、この空気感が重要と竹菱氏は何度も語気を強めた。職や食を通じてすべてはビジネスチャンスと捉えて人脈を広げてきたという自負があるからだ。

「社員のやる気スイッチは、本当は目の前にあんねん。なのに、それが分からない。スイッチの入れ方もわからない経営者や管理職が多くて、そのスイッチの見つけ方や入れ方を教育セミナーで教えている」

後に訪れたミナミの『ホールイン』は有名政治家から各界の著名人まで集う老舗クラブである。創業52年、ミナミで最も古いクラブを経営するのは藤岡好子ママ。あらゆる歴史を直接見てきた、いわゆる生き証人だ。竹菱氏は同店に通って約40年になる。

「ママの眼力は凄い。うちの社員を連れてきた時に、誰が俺以外にこの伝票にサインができるかすぐに見極めたんやから。社員たちの会話を聞いて、誰がその役割に適した人物か感じ取った上で伝票を渡して、連絡先の交換までしていた。これが経験に基づいた一つの行動。言葉では説明できない。これこそ自分で実体験して学ぶしかない」

スーツを着たビジネスの世界も同様だ。決裁の権限を持つ社員は誰なのか。それを瞬時に見極めれば営業する上で有利に働くのは確かだろう。

エビとトウモロコシのかき揚げは絶品  筆者撮影
エビとトウモロコシのかき揚げは絶品  筆者撮影

チャレンジしない理由は失敗が怖いから

「これは!」と唸るほど、目についた料理がある。長芋のもろみ漬けとエビとトウモロコシのかき揚げだ。食が運んできたひと時の幸せは、会話に花を咲かせてくれる。

「多くの会社で抱える問題が、若手社員が壁にあたっても上司や先輩にも相談しないんですわ。決してリテラシー低い会社でもないですよ」

果たしてどういう意味か。

「調べていくと、若手社員がチャレンジをしたがらない。失敗することが怖いからチャレンジをしない。それを秘めて働いている社員が凄く多いねん。うちの場合は社員に、『取引相手と喧嘩してこい。あとは俺が責任取るから』と送り出す。問題を抱えている会社は、上司の包容力がない。ヒヤリングもしてない。だから、一見すると問題ないように見える。でも、チャレンジもしない社員ばかりになるから新しいアイデアは生まれない」

ちなみに社員教育のセミナーは人を見て、その都度内容を変化させていく。同じ講演は絶対にしない。その場でガラリと内容を変える場合もある。

「これからの時代は人間力が重要やのに、寂しい話、この国では人間力を持った魅力的な人が少なくなってしまった。でも、若い世代の問題かといえばそうじゃない。教育を怠った親世代の問題であり、社会も見てないふりをした。だからこそ、人を育てるのが、我々世代が最後に残された宿題だと思って励んでいる」

学びは足を止めた時に終わる。

割烹『たいりき』の軒先にて  筆者撮影
割烹『たいりき』の軒先にて  筆者撮影

Profile

竹菱康博氏(68)

一般社団法人副業創業支援協会 代表理事

株式会社クワトロ 会長

著書「創業&経営の大学」(さくら舎)

記者/フォトグラファー

愛知県出身の大阪在住。1998年から月刊誌や週刊誌などに執筆、撮影。事件からスポーツ、政治からグルメまで取材する。2002年から編集プロダクション「スタジオKEIF」を主宰。著書に「プロ野球戦力外通告を受けた男たちの涙」などがある。

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