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ロシア軍がシリア北部のアレッポ県を爆撃し、多数死傷:シャーム解放機構による秩序再編の試みに乗じた攻撃

青山弘之東京外国語大学 教授
‘Inab Baladi、2022年10月16日

ロシア軍は10月16日、シリア北部のアレッポ県を爆撃し、100人あまりを殺傷した。

ロシア当事者和解調整センターの発表

シリア駐留ロシア軍の司令部があるフマイミーム航空基地(ラタキア県)に設置されているロシア当事者和解調整センターのオレグ・エゴロフ副センター長は、ロシア航空宇宙軍の航空部隊が、アレッポ県北部のカトマ村の北東1.3キロの地点にある「過激派」の教練キャンプと、アアザーズ市の西2.2キロの地点にある指揮所を爆撃し、約100人を殺傷、指揮所、武器弾薬庫、教練キャンプ本部、武装した車輌15輌あまりを破壊したと発表した。

爆撃が行われたのは、トルコが2016年以来占領下に置いているいわゆる「ユーフラテスの盾」地域内。ロシア軍がトルコ占領地に爆撃を行うのは極めて異例。

狙われたのはアル=カーイダに近い組織

標的となったのは、TFSA(Turkish-backed Free Syrian Army、トルコが支援する自由シリア軍)の俗称で知られるシリア国民軍に所属するシャームの鷹旅団の拠点。シャームの鷹旅団は、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)やアル=カーイダ系のシャーム自由人イスラーム運動に近い組織で、両者と共闘関係にある。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団などによると、ロシア軍の爆撃は5回にわたって行われ、シャームの鷹旅団のメンバー3人が死亡した。3人はいずれもイドリブ県ザーウィヤ山地方出身で、18歳に満たない少年だったという。爆撃ではまた、ほかのメンバー8人も負傷した。

シリア政府に近いシャームFMは、爆撃がシリア軍とロシア軍の合同で実施されたと伝えている。

シリア国民軍の内紛

ロシア軍による異例の爆撃は、シリア北部の反体制派の対立が激化したのに乗じて実施された。

対立は、「ユーフラテスの盾」地域の拠点都市の一つであるバーブ市で10月6日に、メディア活動家のムハンマド・アブドゥッラティーフ(アブー・ガンヌーム)とその妻が殺害されたことに端を発していた。

この事件に対する怒りの声が住民の間で高まるなか、10日に、同市の治安維持にあたっているシリア国民軍の憲兵隊が容疑者として同軍に所属する武装組織の一つのハムザ師団のメンバーらを逮捕した。これを受けて、シリア国民軍の第3軍団が、住民の怒りを利するかたちでバーブ市内にあるハムザ師団の拠点を強襲し、そのすべてを掌握した。

Facebook(@mari.swed.90)、2022年10月11日
Facebook(@mari.swed.90)、2022年10月11日

また第3軍団を主導するシャーム戦線も、バーブ市一帯、同市近郊のガンドゥーラ町、ライルーワ村にあるハムザ師団の拠点を襲撃し、そのほとんどを制圧、またハムザ師団が管理していたバーブ市近郊の農業学校を転用した収容所を掌握した。

ハムザ師団と第3軍団(シャーム戦線)の交戦

これに対して、ハムザ師団が反抗し、激しい戦闘に発展した。

戦闘は、「ユーフラテスの盾」地域だけでなく、同地の西に位置するトルコ占領下のいわゆる「オリーブの枝」地域にも波及した。

シャーム戦線は、シリア国民軍に所属するヌールッディーン・ザンキー運動、ファールーク旅団とともに、シーラーワー町一帯のハムザ師団支配地に進攻し、フライリーヤ村、カフル・ザイト村、タッル・ハムウ村、タルファ村、カウカバ村を制圧した。

戦闘は、バーブリート村、フライリーヤ村、ファキーラーン村、カジューマー村、ブルジュ・アブダルー村、バースータ村、アイン・ダーラ市でも発生した。

シャーム解放機構の介入

ハムザ師団が劣勢を強いられるなか、シリアにおいて最強の反体制武装集団が動いた。シャーム解放機構である。

シャーム解放機構は、イドリブ県中北部の支配地、いわゆる「解放区」と「オリーブの枝」地域を結ぶガザーウィーヤ通行所を通って、進攻を開始し、シャーム自由人イスラーム運動、スライマーン・シャー師団などとともにハムザ師団を加勢した。

ANHA、2022年10月11日
ANHA、2022年10月11日

ガザーウィーヤ通行所の「オリーブの枝」地域側は、トルコがもっとも強く支援するシリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団が管理しているが、同組織はシャーム解放機構の通過を黙認した。

「オリーブの枝」地域掌握

シャーム解放機構の参戦によって戦況は逆転した。

シャーム解放機構は、シャーム戦線、そしてこれと共闘するイスラーム軍、東部軍ムウタスィム旅団を圧倒し、12日にはジャンディールス町および周辺全域を制圧、「オリーブの枝」地域の中心都市であるアフリーン市に迫った。そして、13日には、アフリーン市からシャーム戦線とイスラーム軍が撤退したのを受け、アフリーン市を制圧、「オリーブの枝」地域のほぼ全域を掌握した。

また、ハムザ師団も、シャーム自由人イスラーム運動とともに、バーブ市一帯で反転攻勢を開始した。

停戦はトルコ軍兵士の負傷がきっかけ

シャーム解放機構は、さらに「ユーフラテスの盾」地域に向かって進攻を続けた。

シャーム解放機構は14日、アアザーズ市の西に位置するカフルジャンナ村一帯に展開するシャーム戦線の拠点への攻撃を開始し、砲撃戦が激化するなかで、同地のトルコ軍の軍事拠点に砲弾が着弾し、トルコ軍兵士複数人が負傷した。

これを受けて、おそらくはトルコが仲介するかたちで、シャーム解放機構とシャーム戦線が停戦に向けた交渉を始めた。

シャーム解放機構が管理するイドリブ県のバーブ・ハワー国境通行所で、シャーム解放機構のアブー・ムハンマド・ジャウラーニー指導者と第3軍団のフサーム・ヤースィーン司令官(アブー・ヤースィーン)によって行われた直接交渉の結果、14日、停戦合意が交わされた。

Baladi-news、2022年10月14日
Baladi-news、2022年10月14日

合意は、包括的な戦闘と対立の停止、今回の戦闘で双方が拘束した逮捕者の釈放、第3軍団への拠点の返還、第3軍団の拠点や装備への攻撃停止、シャーム解放機構による厳戒態勢の解除、武装組織間の対立や政治的対立を理由にした追跡・逮捕の禁止を骨子とした。

爆撃の口実となった秩序再編の試み

これによって、15日には主要な戦闘は収束した。だが、今度はロシア軍が反体制派の対立を利するかたちで爆撃に踏み切ったのである。

シャーム解放機構は、シリア国民軍の内紛に乗じてトルコ占領地へと勢力を伸長し、「解放区」とトルコ占領地の一体化を狙っているとされる。しかし、こうした秩序再編の試みが、ロシア軍が爆撃を行う口実を与えた結果となった。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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