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制服の自由化 大人が消極的 コロナ禍の校則見直し

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
(写真:アフロ)

2学期に入り、学校の「校則」の話題が飛び交っている。これまでは理不尽な校則に関する話題が多かったが、このところ目立つのは校則の「見直し」の動きである。その一つに、制服の見直しがある。とくに男女別の規定を緩和・廃止する取り組みが各地で進んでいる。一方、制服の着用そのものの自由化、すなわち私服の容認は、ほとんど検討されることなく、また世論の反応もとても鈍い。校則見直しブームのなか、制服の自由化ははたして進むのだろうか。

■制服見直しブームの到来

全国の学校で、制服見直しの動きが起きている。

9月に入ってからだけでも、女子生徒のスラックスを認めるなど、いわゆるジェンダーレス化の取り組みが相次いで報道されている。

ジェンダーレス化は、トランスジェンダーの生徒への配慮として進められることが多い。ただ上記の群馬県の取り組みが、「スカートは寒いし、苦手意識があるのでスラックスをはきたい」という生徒の意見から始まったように、冬の寒さ対策としてもジェンダーレス化の意義は大きい。

写真:アフロ

■女子スラックス採用の高校は全国で4割

女子生徒のスラックス着用を認める動きは、全国的に広がりを見せている。株式会社トンボによると、同社が取り扱っているジェンダーレス制服の採用校数は、全国の中学校・高校で、2018年に370校、2019年に450校、2020年に750校、2021年に1000校強に増えているという(「朝日新聞 EduA」2021年4月2日)。

また、先週発表された「学校総選挙プロジェクト」の調査によると、全国の公立高校で、制服が指定されている学校のうち、女子生徒にスラックスを用意している学校は44.4%(3073校中1365校)にのぼるという(「PR TIMES」2021年9月9日)。

同調査では、スラックスの着用に際して特別な理由の提出を求めるような学校は、スラックスの「採用なし」と集計したとのことであるから、規定上はスカートまたはスラックスを自由に選べるようになっている高校が44.4%あるということだ。しかも、今後の採用を予定している高校も多く、「これから採用学校が増えていくものと期待しています」と解説されている。

女子スラックスの採用率 ※PR TIMESの記事より引用
女子スラックスの採用率 ※PR TIMESの記事より引用

なお目下のところ、女子スラックスの採用割合は、都道府県の差がとても大きい。同調査によると、1位は長野県で、その割合は87.8%に達する。2位が滋賀県で86.4%、3位が神奈川県で84.3%である。一方で、青森県と愛媛県と岩手県は採用率が10%未満であったという。いまも厳格に、男女別の着用を求める自治体が少なくない。

■周囲の目が気になる

女子生徒のスラックス採用率が44.4%という数字は、校則見直しの明るい未来を示すものである。しかしながらこの数字は必ずしも、生徒の着用率を示すものではない点に留意したい。

規定として男女の区別をなくしただけでは、自由な選択の保障は難しいとの声が多くある。

昨年9月に制服の見直しを発表した兵庫県姫路市の市立山陽中学校は、「男女共通」の制服を採用した。報道によると、性別に関係なくスラックスとブレザーで統一にする「男女共通」としたのは、「近年、スカートとスラックスを選択できるようにする学校も増えてきていますが、選択制を導入しても周囲の目が気になって望む制服を着用できない生徒もいるという現状もある」という理由からだ(「PRIDE JAPAN」2020年9月29日)。

つまり、女子もスラックスを着用してよい(あるいは男子もスカートを着用してよい)と選択肢を増やしたところで、生徒は集団のなかで目立つことを恐れて、着用が進まない可能性が懸念されるのだ。先の記事のなかで同校の長谷川貴久校長は、「社会の理解がまだ十分でなく、性的マイノリティであることを表明しづらい雰囲気がある」「性的マイノリティの生徒にズボンを選ばせる学校もあるが、中学校の段階でカミングアウトするのは難しい」と見解を述べている。

■販売店では男女別

実質的なジェンダーレス化を阻むのは、生徒が感じる「周囲の目」だけではない。

福岡市では教育委員会の主導により、2020年度からほとんどの市立中学校において、生徒がスラックス、キュロット、スカートのいずれかを自由に選べるようになっている。ところが福岡県弁護士会の調査によると、全体の34.8%(69校中24校)の学校が、校則で着方を男女別に明確にわけており、37.7%(69校中26校)が男女別に描きわけているように見えるイラストを使用していたという(「西日本新聞」2020年12月23日)。

提供:SENRYU/イメージマート

また販売店では、店頭の陳列棚に「男子カッターシャツ」「女子ブラウス」などと男女別で表示していた例もあった。店長は取材に「判別しにくいと困る人もいると思い、男女表記を加えた」と説明し、「無意識に決めつけていた」と詫びたという(「西日本新聞」2020年9月29日付)。

周囲の目が気になること、学校や販売店などが新たな取り組みに追いつけていないことなど、実質的なジェンダーレス化にはいくつかの阻害要因がある。今後の改善が望まれる。

■制服そのものは必要か

制服の見直しについては、もう一つ、まだほとんど検討されていない課題がある。制服そのものの自由化、すなわち、私服着用の是非だ。

ジェンダーレス化とは、制服自体は維持し、その着用のあり方を変更する取り組みである。一方で、制服の自由化とは、制服そのものを廃止する、あるいは制服と私服の選択を可能にする取り組みである。ジェンダーレス化よりもはるかに根本的な改革といえる。

先の「学校総選挙プロジェクト」の調査では、女子生徒のスラックス採用割合がもっとも高かったのは、長野県(87.8%)であった。この調査は制服が指定されている高校におけるスラックス採用の割合であり、そもそも私服の学校は調査対象に含まれていない。

その長野県は、じつは全国で「私服率」がもっとも高い。長野放送の調査によると、県立高校のうち半数が私服(78校中39校)である。長野県に次いで多いのが宮城県で、私服の高校は26.0%(77校中20校)であるから、長野県が突出して私服が多いことになる。その他の都道府県は軒並み私服の割合は小さく、0%~10%がほとんどである(「長野放送」2021年6月12日)。

全国の都道府県立高校における私服採用の割合 ※長野放送の記事より引用
全国の都道府県立高校における私服採用の割合 ※長野放送の記事より引用

■コロナ禍がもたらした私服登校

いま、制服の自由化を検討している高校がある。岐阜県立岐阜北高校だ。先週のNHK「クローズアップ現代+」でも取り上げられた高校である。

今年の2月15日から26日の2週間にわたって「制服について考える週間」を設け、生徒が私服で登校することを認めた。この取り組みの最大のきっかけが、新型コロナウイルスの感染拡大である。

コロナ禍において学校は、真冬であっても教室内を適宜換気する必要があった。

同校が2月8日に保護者宛てに発出した文書「『制服について考える週間』について」によると、防寒の観点から、授業中なども防寒着の着用が認められるなか、これを機に制服そのものについてのあり方を検討したいという声が、生徒会を中心にあがったという。感染症対策として、毎日洗濯できる服装が望ましいという配慮もあった。

同じ岐阜県内の県立加納高校では、2020年の夏の時点で、私服が採用されていた。「猛暑の中、教室は、換気の必要からエアコンが十分機能せず、制服では熱中症だけでなく、頻繁に洗濯できないことで感染症も心配されたため」である(「岐阜新聞」2020年11月24日)。山梨県の私立山梨学院高校においても「制服もあるのだが、コロナ対策の一環で着ていけるのは、私服や学校指定のジャージなど、毎日洗える服」とされた(「FNNプライムオンライン」2020年6月8日)。

■授業規律の低下はなかった

コロナ禍においては、夏も冬も、換気のために窓を開けざるを得ない。また、制服へのウイルスの付着も気がかりだ。岐阜北高校では、コロナ禍における暑さ・寒さ対策ならびに衛生面の配慮から、柔軟に着こなせる私服の利便性が認識されるようになり、それが制服着用という学校の当たり前を問うことにつながった。

「制服について考える週間」を経て、同校の生徒会は同年度中にアンケート調査を実施した(2020年度の全校生徒数1080名のうち612名が回答し、回収率は56.7%)。たんに制服の見直しを議論するだけでなく、しっかりと調査をおこない、エビデンス(科学的根拠)にもとづいて検討している点で、先進的な取り組みといえる。  

調査結果をみると、「制服について考える週間」における生徒の実際の服装は、制服/私服/部活の服が、大差なくばらついている。多様な服装が、教室を飾ったようだ。

生徒調査:「制服について考える週間」の服装 ※生徒会のアンケート結果をもとに筆者が作図
生徒調査:「制服について考える週間」の服装 ※生徒会のアンケート結果をもとに筆者が作図

生徒会は、生徒のみならず、教職員や保護者にも調査をおこなっている。生徒・教職員・保護者とそれぞれの立場の意見を把握しようとする点で、じつによく練られた本格的な調査である。

教職員に対する調査では、「制服について考える週間」の生徒の様子を受けて、授業の規律が低下したと回答した教職員は21.1%(「そう思う」1.8%、「どちらかといえばそう思う」19.3%)にとどまり、多くの教職員が規律の低下はなかったと感じている。

教職員調査:生徒の授業規律が低下したか ※生徒会のアンケート結果をもとに筆者が作図
教職員調査:生徒の授業規律が低下したか ※生徒会のアンケート結果をもとに筆者が作図

■大人が消極的

調査では、生徒・教職員・保護者にいくつか共通の質問が投げかけられた。興味深いのは、今後の制服のあり方に関する回答の傾向が、生徒と教職員・保護者との間で大きくわかれた点である。

用意された選択肢は、①現状の服装規定を維持、②制服は維持するが、規制を緩和する、③服装を自由化する(制服・私服の選択可)、④私服化する、⑤その他、の5つである。基本的に①と②が制服着用を前提とする回答で、③と④が服装の自由を認める回答である。

結果は、①と②の制服着用を前提とする回答は、生徒が31.6%、教職員が63.1%、保護者が80.9%であった。制服着用をめぐっては、生徒とは対照的に教職員や保護者が消極的であることがわかる。

「制服について考える週間」後の制服着用に対する考え方 ※生徒会のアンケート結果をもとに筆者が作図
「制服について考える週間」後の制服着用に対する考え方 ※生徒会のアンケート結果をもとに筆者が作図

生徒が声をあげても、まずもって学校内で教職員の壁がある。たとえ「制服について考える週間」において授業の規律が低下しなかったとしても、それでも教職員の間には制服を支持する声が大きい。

そして仮に学校内で生徒の声が尊重されたとしても、さらに学校の外に保護者の壁がある。保護者の8割が制服に肯定的であることからすると、制服自由化の壁は厚くて高い。なるほど、ジェンダーレス化など制服のマイナーチェンジの世論は高まってきたけれども、制服そのものの自由化に関する世論が高まらないのも、うなずける。

■「厳しい校則」の先へ

私自身は、学校生活であろうとも子供にはできる限り自由を保障すべきであると考えている。私にとって、先に示した長野県の高校の例は、制服のあり方を検討するうえでの重要な道標になる。

先述のとおり、長野県の高校は全国で私服率が突出して高い。長野県内でみてみると、地域によりばらつきがある。12校中11校が私服の地域もあれば、7校中1校のみの地域もある(「長野放送」2021年6月12日)。大多数が私服の地域においては、もはや高校生活は私服が当たり前の風景になっているといえる。

長野県の県立高校における地域別の私服採用の割合(なお図中の「旧通学区」とは、2003年度までの区分である) ※長野放送の記事より引用
長野県の県立高校における地域別の私服採用の割合(なお図中の「旧通学区」とは、2003年度までの区分である) ※長野放送の記事より引用

だが全国的には、ほとんどの中学校・高校で、制服着用が実質的に義務づけられている。制服こそが当たり前の風景だ。人権や個性の尊重の観点から「制服をやめてもよいのでは」と学校の先生方に問いかけると、反応はとても鈍い。

厳格な男女別の制服、下着の色のチェック、ツーブロック禁止など、「厳しすぎる」と思えるような校則には、世論も見直しの必要性に賛同する。ところが、制服の自由化のような、「厳しさの緩和」の先にある「自由」を求めようとすると、世論はついてこない。

■何が見直されるべきなのか

総じて、私服を認めれば「華美になる」「規律が乱れる」「制服よりもお金がかかる」「学力が低下する」「学校への所属意識がなくなる」「保護者や地域から反対の声がある」など、大人の側からさまざまな懸念が示される。それぞれの懸念については、別途丁寧に検証する必要がある。だけれどもここで確認したいのは、私服が当たり前の地域があり、そこはそこで高校生活が営まれているということである。

提供:2F_komado/イメージマート

今年の1月に、私はコロナ禍の一時的なマスク不足により、全国の学校のマスクがカラフルになったと書いた(「理不尽な校則 なぜ変わらないのか」)。コロナ禍以前はマスクが白色のみに限定されていたのは、他の色を認めれば、「華美になる」「規律が乱れる」と大人の側が心配していたからであった。

いま学校で子供は、さまざまな活動や会話を制限されて、しんどい思いをしながら日々を送っている。ただでさえストレスフルな日常だ。それでも、マスクがカラフルになって学校が混乱に陥ったという話題は、いまだ聞こえてこない。大人が抱いてきた子供に対する不信感は、見事に幻想であったと、結論できよう。

マスク一つどころか、コロナ禍で服装を丸ごと自由化した学校でさえ、いつもどおりの学校生活がつづいている。またコロナ禍以前から私服通学で、何事もなく平穏な日々がつづいてきた地域もある。

校則の見直しに際してまずもって見直されるべきは、大人の側の「思い込み」である気がしてならない。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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