日本の「雇用デザイン」はどうあるべきか(特別インタビュー2/2)
後編:これからの日本の「雇用デザイン」はどうあるべきか
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コロナの蔓延や、テクノロジーの進化により、「働く」ことに対する価値観は変革しつつあります。リモートワークや、ワーケーションやバーチャルオフィスなど、これまでにない働き方も出てきました。こういった変化に対応するには、会社や働き手の意識をアップデートしていかなければなりません。そこで大事な役割を担っていくのが人事です。「書類作成」「手続き業務」だけではない、人事の役割とは何かを考えます。
また、日本の労働法は、何度も改正されていますが、根底には昭和の時代の価値観が色濃く残っています。終身雇用を前提とした働き方は、長時間労働問題や、メンタル問題、非正規雇用問題、働かないオジサン問題など、さまざまな問題を生みました。これらの問題の根幹は、日本型雇用が昭和の時代からアップデートされていないという点にあります。これからの時代、多くの人が幸せになるためには、国や会社、働き手はどのように変わっていかなければならないのでしょうか。
<ポイント>
・人事はチェンジエージェントになることができる
・経営がまず人事の役割を理解する
・働き手の意識をアップデートしていくには?
・改正では対応しきれない、労働法の限界
・働き手も覚悟を持たなければならない
・より良い雇用社会を子供の世代に残すために
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■コロナで会社の存在意義が変化している
――「働くこと」について企業にアドバイスをしている企業労働法弁護士だからこそ、見えてくるものがあるのですね。
倉重:いろいろな会社を見ていますし、そこでフィットしている人、しない人というのも見ています。フィットしていない人も、裁判で戦っている相手に対して、「頭がいいな」と思うときもあるのです。だから、「このスキルを他で生かしたら絶対にうまくいくのに、もったいないな」と思うわけです。もちろんそういう人なりに戦いたい理由があるから戦っているのですが。その大量のエネルギーをプラスの方向に転換したら、他の会社で多分すごく出世するだろうなという人を何人も見てきました。そういう意味でも、紛争を起こす人を生んでしまうのはもったいないと感じてしまいますね。
――働く側だけではなくて、企業側にもしっかりその辺の認識を持ってもらわなくてはいけないということですね。
倉重:そういうことですね。やはり今働く側の認識を変えていくのと同時に、企業も変えていく必要があります。私は労働法を専門にしているので、人事の在り方がすごく大事だと思っています。ただ、よくあるのが、「人事は手続的なことをやる場所だよね」「給与計算するところだよね」というイメージです。
大きい会社でないと人事がない会社もそもそもありますし、「入退社の手続や年金などをやる部署でしょう」というイメージを持っている人がいますよね。だから、営業をしていた人が人事に配属されて、「わあ、人事か、マジか」と落ち込んでしまうことがあります。でも、実はすごく人事が大事だという話をしたいと思います。今は特にコロナもあって、会社の存在意義や在り方が変わっていますよね。
――というと?
倉重:そもそも稼ぎ方を変えなければいけない会社、リアルからオンラインに切り替えていかなければいけない会社、価値を再定義しなければいけない会社があります。どういう方向に行くかということは、まず会社が決めることですよね。会社の方向性が変わると、求められるスキルも変化するので、働き方も違ったものになっていきます。
働き方がガラッと変わるときに、後押しするのが人事の役割なのですよ。「チェンジエージェント」といわれるのですが、変革を後押しする人なのです。テレワークの規程は、最たるものですよね。それ以外にも賃金制度や評価制度などを、今の働き方に合った内容に変えることによって、より変革をドライブするお手伝いできます。人事は経営そのものなのです。
特に今の時代は、どこで物を作るかということが、世界で均一化しています。もちろん超ユニーク技術を持っている所もありますけれども、やはり人の力で戦っていくという傾向が非常に強くなってきています。人のパフォーマンスを出させることが、一番働き方改革で重要になるのです。
ですので、「労働時間を削減して良かったな」ではなくて、いかにパフォーマンスを良くするのかを考えなくてはいけません。フルで働ける人はもちろん、育児や介護をしている人、外国人、非正規雇用など、多様な人材が、最大限に力を発揮するにはどうするかという視点が必要です。事業の方向性も変わる中で、人事が後押しをしていかなければいけません。
――人事担当は、テレワークや法改正対応などに対して、一生懸命に取り組んでいます。ただ、ルールを変えるときに、実際に働いている人から反発があったりして、なかなか人事が思うように動けないところもあると思います。人事はどのように進めていけばいいでしょうか。
倉重:2つあります。1つめは、経営が人事の重要性を理解することです。だから、「最近いい動きをしている会社だな」と思う所は、割と人事の人がイケてたりするのですよ。大きな会社はもちろん、中小企業でもそうです。地方の中小企業でも、私のような東京の安くない弁護士に人事のことを頼んでくる人がいるわけです。それでも、「人の良さを引き出したい」という思いが社長にあるところは、絶対に伸びると思います。会社を変革する際に人を伸ばすお手伝いをするわけですから、大変やりがいがあります。経営がまずそのことを理解して、人事に権限を与えて、予算も付けたりすると、変わる速度がより早くなってきます。
――権限と予算ですね。
倉重:はい。2つめは、人事が現場のことをよく知るということです。事業が変わらなければいけないときに、現場では何がボトルネックになっているのかをきちんと理解します。その上で、人事として「こういうスキルを持った人を入れたらいい」「こういう人を、もっと厚く処遇したほうがいい」「こういう人たちが邪魔しているので異動させる」というアドバイスができます。人事でできることはたくさんあるのです。
――経営が重要性をきちんと認識していないと、予算も掛けられないし、権限も与えられないから、人事は動けないわけですね。動けないと、現場の声を聞く時間も取れません。中には、手続業務だけを行う人事もあると思うのです。
倉重:そうです。経営者に「もしあなたが全社員のことをよく分かっていて、自分の思いを一人ひとりに届けられるのだったら、人事も、私も要りません」とよく言います。何人まで認識できるのかは人それぞれですが、やはりある程度の人数になってくると、名前すら覚えられなくなってきます。それでも、一人ひとりを認識して給料計算や評価をする必要があるので、人事という部署が必要です。しかし、人事部が現場を見ないで「法改正があったからやります。規程はテンプレのこれを使います」というだけでは、「そんなの一々うるさいな」という反感を買うかもしれません。
――自分たちのことを理解してくれていない人が、一方的にルールを押し付ける感じになってしまうと、現場は面白くないでしょう。
倉重:そうです。反対に、現場をよく見て、「評価制度がおかしいから、無理が生じているのだ」「労働時間の取扱いで、こういうのがおかしい」と困っていることを発見して、人事が解決すれば、感謝されるようになります。
――現場の困り事を、人事の目線で変えていくのが人事なのですね。
倉重:そうなってくると、周りも人事を信用するようになるし、経営も当然意見を聞くようになります。そもそも経営会議に人事の人がどれだけ出ているのでしょうか。人事の役割が上がっていくと、それが会社のためになっていきます。今はそういう会社が強いと思います。
――なるほど、たぶん多くの人が持つ「人事のイメージ」とは違いますよね。
倉重:確かにいまだに「入退社の手続をする所でしょう?」という認識の人が多いですから。でも、働き方そのものが変わってきています。企業の中で変えなければいけないことは、当然たくさんあるわけです。
――そこで「働く人の意識」についても、アップデートしていくということですか。
倉重:そうです。最終的に会社で働く人に、「何のために今ここで働いているのですか」ということを考えてもらう施策をしてほしいのです。コロナになってから、「今俺は何をしているのだろう」と考える人が増えました。中には「もう東京にいる必要はないよね」と言って地方に行く方もいます。
――そうですよね、ずっとテレワークだったら、都心にいる必要がありません。
倉重:住む所も自由だし、いろいろな会社の仕事も受けられる中で、「果たしてこの会社である意味は何なのか」と、考える人だってたくさんいるわけです。実際に職場はずっと自分の部屋で、あしたから同じ部屋で転職ということもあるわけですね。あるいは副業を始めるということもあるわけです。「改めて今ここで、あなたにどういうパフォーマンスを出してもらいたいか」「何のために働いてもらっているか」ということをきちんと意識させるのは、人事の大事な役割だと思います。
――それを認識してもらうには、どうしたらいいのですか。
倉重:会社よっては、部署ごとにHRBPという人事系の人を置いて伝えています。各現場の一人ひとり、非正規の人にまで、「あなたの役割は何である」ということを、きちんと伝えられたら、素敵な会社だと思いませんか。
■日本企業のポテンシャルは大きい
――今まで話してきたように人事の役割は、大変重要ですが、そこに気が付いていない会社もまだ多いのではないでしょうか?
倉重:まだまだ多いです。だからこそ日本企業が変わる余地は、たくさんあります。やはり働き方改革は、目的と手段が入れ替わってしまっているところがあります。そもそも、必ずしも仕事が全てでは無く、様々な「働く」価値観を持った人がパフォーマンスを出せるようにするのが目的でした。しかし、いつの間にか「労働時間を減らすこと」や「有給を5日以上取らせること」が目的になってしまっています。
――法律を守ることが目的になっているのですね。
倉重:「何のためにやっているのか」ということを考えないと駄目です。ダイバーシティも一緒ですね。「女性管理職を登用すること」が目的になってしまうと、「なぜあのようなできないやつが」という不満にもなります。多様な視点を取り入れた上で、経営に生かすことに意味があるわけです。日本は目的と手段を入れ替えがちなので、人事は経営者に代わって発信する立場として、きちんと目的を考えないといけないですね。
――そういう意味では、まだまだ日本企業は変わる余地があるということですね。
倉重:特に地方企業を中心に多々ありますよ。
――これまでは企業や働く人に向けて、倉重さんが伝えたいことをお話しいただきました。ここからは、世の中全体に向けて、「働くとはどうあるべきか」というメッセージをお願いします。
倉重:ここ数十年、国がしているのは、労働法をツギハギすることなのです。改正のパッチワークが進み過ぎて、よく分からないモノなってしまっています。例えばリーマンショックのときに、大量の派遣切りが起こったので、派遣法を改正しました。非正規の人が「雇用不安だ」と訴えたので、無期転換期制度や同一労働同一賃金を導入しました。
人によっては過重労働があるということや、正社員と非正規で待遇の格差があるということなど、いろいろな問題がありますが、それらの問題の全ての根本は、先ほども言った昭和的な正社員の働き方が現代に通じない所にあります。なのに、法律は昭和のままなのです。労働時間の話は明治時代の工場法という法律から来ていて、解雇や不利益変更に関する考え方は、高度経済成長期の「終身雇用・年功序列が当たり前だよね」というときにできました。それがいまだに労働契約法という法律に残ってしまっています。
昭和40年、50年の時代と、今の令和の時代は明らかに違うのではないでしょうか。将来見通しも違うのに、適用する法律は一緒なのです。そろそろ限界が来ているのに、ツギハギで何とかしようと思うのは、無理があります。そろそろ労働法のグランドデザインを提示する時です。
昭和の時代は、「こういうふうに働きましょう」というイメージがあったと思うのです。私はよく「人生ゲーム」と言うのですが、大学を卒業して、いい会社に入って、結婚して、子供が生まれて、マイホームを買って、退職金で悠々自適というような1つのロールモデルがありました。しかし、今は何が正解かは分からないですね。
――終身雇用が果たして“その先”にあるのですかという話ですね。
倉重:あるとは限らないのに、終身雇用を前提とした法律がなおも残っています。また、働き方が1種類しかないときの解雇規制が今でも残っているわけです。労働時間に関しても、集団就職で全国の農村から都会にたくさんの若い人がやってきて、資本家に搾取されるという時代に作られたものです。「1分1秒でも働いたら残業代を出せ」という法律が、今もなお残っています。確かにその当時は必要だったと思いますし、今でも工場で働く人たちには当然必要でしょう。しかし全てのホワイトカラーにとって必要かどうかは疑問です。
国が本腰を入れてそこを改革しようとすると、「残業代ゼロ法案だ」などと叩かれて、よく分からない制度になってしまいます。もちろん過労死はあってはいけませんが、本当に公平な賃金の分配は、どうあるべきなのでしょうか。長く働いていない人に多く残業代が払われるのは、本当に公平なのか、やはり法律でも考えないといけません。
解雇に関しても同じで、雇用の流動性をどんどん高めていくべきだと思うのです。海外の労働法視察でタイの労働省に行ったときに、労働省の官僚から「日本ではなぜ過労死というのがあるのですか」と聞かれました。「嫌なら辞めればいいでしょう、タイの労働者は嫌なことがあったらすぐに辞めてしまいますよ」と言うわけです。「何が違うのだろうか」と考えると、やはり日本は、先ほど言った終身雇用的な考え方がなおも残っています。転職するのは良くないことで、「石の上にも3年」などと言ってしまいますよね。そうすると、「ブラック企業にだって、いなければいけないのではないか」という発想になります。ブラック企業があったら、みんなが辞めてしまえばいいのですよ。従業員がゼロになったら、ブラック企業などは存在し得ません。
タイは実際に、「隣の工場が10円高い」というだけで、みんなそちらに行ってしまいます。だからこそ、より良い条件をみんなが出し合って、低い条件にはしません。「解雇規制を緩くしたら、むしろ資本家に隷属しなければいけないではないか」とよく言われるのですが、そうではなくて、「いい人を集めるには、いい条件を出さなければ駄目になります。転職が容易になるのだから、いい人はすぐに行ってしまいます」という話です。働き方の根本というのが、昭和や明治の時代とは、さすがに違います。「今の労働法のルールはどうあるべきなのか」ということについて、改めて国民的な議論をするべきです。
個人的には解雇を金銭で解決するような仕組みを考えていますが、そういう所を含めて今厚労省でも検討会をしています。ただ、本気で実現させる気があるとは思えません。本気で変えていくためには、政治が正面を切って取り組まなければいけない問題です。これは未来の子供たちが働くときにも関係してきます。これからの雇用のグランドデザインをきちんと設計して、みんなで話し合うことは、改めて令和の時代で考えるべきことだと思います。
――それに対して、倉重さんは、どのように関わっていこうと思っていますか。
倉重:今のようなお話は、大学、経営者団体、あるいは労働組合など、いろいろな場所でしています。さらに今後は、厚労省と意見交換をしていきたいです。やはりこういう想いをたくさんの人に伝えて、昭和の時代にできたルールがミスマッチを起こしてしまっている現状を、まずは多くの人に知ってもらいたいのです。多くの人が知ることになれば、「変えよう」という機運が高まってくると思うのです。私がこういう意見発信を始めたのは5~6年前ですが、ネット上に出てくる弁護士の意見は、だいたい労働者側の弁護士の意見でした。
私は、東洋経済Web版に連載を始めたのが最初です。最初Yahoo!に転載されたときには、コメント欄でぼろくそに書かれたこともありました。でも、やはり言っていることが理解される割合がだんだん増えてきたのです。最近は労働組合の人ですら話をきちんと聞いてくれたり、講演に呼んでくれたり、場合によっては一緒に仕事をしたりしている所もあります。そういう意味では、昔よりは変わってきているのではないかと思います。それがもっとオープンに、国ぐるみでできるようになれば、今後の雇用社会がどうなるかという話が大きく変わってくるし、できればそこに意見する人でありたいと思います。
――だから、こうやって発信をし続けているわけですね。企業側弁護士と言っていますけれども、「企業」対「働く人」という対立構造の話ではなくて、両方がしっかりいい方向に向けるようにサポートしているのですね。
倉重:そうですね、企業や労働組合は倒す相手ではありません。労働組合と企業は、立場は違いますが、同じ目的に向かっていくべきだと思っています。企業の稼ぎが良くなって、従業員に対する分配も増えるという意味では、まず一緒に稼ぐという方向に向かっていかないといけません。そのためには、立場が違っても、意見を出し合っていって、対案を提示するという関係性であるべきです。「集団的労使関係」といいますが、これも変わっていかなければいけません。
――過去の労使の関係というのは、対立のイメージが強いですよね。それも違うと伝えていきたいということですね。
倉重:最終的には労働者個人と企業がもっと対等になって、自分の年俸交渉を自分でやるというイメージです。今でもやる人はいますが、ごく少数です。それが当たり前の世の中になると、できる人にはそれなりに出さなければいけなくなります。
――新しい働き方ですよね。
倉重:そのようなことを、全員ができるわけではありません。そこのサポートとして、労働組合というのは絶対に必要なのです。でも、「連合」という組織は、組織率が17%しかなくて、全然労働者の支持を得られていません。組合費が給料から天引きされるのですが、「なぜ毎月組合費が引き落とされなければいけないのか」ということになっています。働者の立場に立ってものを言う役割というのは絶対に大事です。日本国憲法にも書いてあるわけですが、労働者というのは1人では弱いわけです。特に新卒で入ったばかりのころは、スーパープログラマーでもない限りは弱いに決まっています。そこで団結することによって、一つの声になっていくわけだし、成長するに従って、だんだん1人でも交渉していくというスタイルがあってもいいのではないでしょうか。
今までの労働組合というのは、「一律にベースアップでお金を上げてください」「定期昇給でお金を上げてください」でした。今では人によって上げ率が違うということも提案している組合もあります。組合の中でいろいろな意見があってしていることですが、昔の世代の方々には、「なぜ一律にしないのか、不公平だ」と反対する人がいるわけです。
――果たして公平なのですかね。
倉重:何が公平かというのは、時代によって違います。若い人が増えてくるような会社では、人事も組合もイケています。組合も変わってきています。
――先ほど言っていた、人事の役割も変わってきているし、組合の役割も変わってきているということですね。
倉重:そうです。私は経営側ですが、労働組合の存在意義もすごく大事だと思うし、なくなったらむしろ困るので、きちんとしたパートナーでいてほしいと思うわけです。あと、残念ながらぬるま湯の時代は本当に来ません。「日本が強い」というような時代ではないのです。毎年国際的な競争力や影響力が低下し、どんどん円安になっているではないですか、「放っておくと、泥船が沈んでしまうぞ」というような話です。日本企業がかなり少なくなってしまって、日本企業の正社員になれる人というのは超ごくわずかで、大半はどこかの倉庫で働いているというふうになると、ディストピアなわけです。まずは日本全体で企業の雇用を増やすというのが、日本人にとって大事なことだと思います。国も企業も強くあらないといけないし、それに対する適切なルールを国が作っていかないといけません。もちろん労働者を守るのだけれども、ただ守られるだけの存在ではなくて、みんながそれぞれ覚悟を持って頑張らなくてはいけないのです。
――覚悟が問われるということなのですね。
倉重:もちろん働き方というのは、先ほども言ったように選択できる世の中であってほしいと思います。ライフステージに応じて、バリバリやる時期、家庭のことを重要視する時期もあるでしょう。夫婦2人で定時に帰ってきてもいいし、1人がバリバリ働いて一方が支えるというパターンもあります。いったん辞めても、また違う仕事にすぐ就けるようにすれば、もっと選択肢が広がります。60歳定年で終わる人は終わってもいいけれども、地域で何かに関わりたいし、企業で必要とされたい、誰かから感謝をされて、「ありがとう」と言われたい人も多いですよね。
承認は、働くことの重要な意味だと思うのです。『FIRE』というアメリカの本が話題になっています。「40歳で不動産や株を持ってリタイヤしよう」という生き方ですが、ボケまっしぐらではないかと、それが楽しいのかと思うのです。世界一周旅行をする人はいますが、何周もする人はいません。そのうち飽きるのです。
私も団体交渉でバリバリやり合っているときに労働組合の人に「おまえは、どうせ金のためにやっているのだろう」などと言われることがあります。「宝くじで3億円が当たったら、このような仕事をやらないだろう」と言われるのですが、好きでやっているのだからやります。
確かに1年ぐらいは遊ぶかもしれないけれども、絶対に飽きますから、仕事はしていたいと思います。世界一周をする人はいても何周もする人は居ないですね。やはり好きなことをしている人は、楽しそうですよね。社長もそうですし、自分の役割を見いだした会社の人もそうです。企業の中で起業家のように新規事業を立ち上げて、面白おかしくしている人もたくさんいますし、大企業だけれども、ベンチャーのような動きをしている人だっています。そういうふうに、いきいきと働いている人を増やしていくと、最終的には日本も強くなるので、これが自分の一番やりたいことですね。
――そうですね、「働くこと=つらいこと」ではありません。
倉重:昨年の最高裁判決で、「日本郵便事件」がありました。同一労働同一賃金に関するもので、有給休暇を非正規にも与えるのはいいですが。その中で「休暇があれば働かなくてよかったろう」ということを、最高裁が言うのですよ。「その考え方はどうなのかな、働くのは辛いという前提に立っているな」と思います。もちろん休暇を取らせるのは大事なことですが、「365日有給休暇があったら、全部休んでも幸せですかね」と疑問に思いました。経営者側の目線に立って全部有利にしたいということではありません。
自分でやりがいを持って、働く意味を分かっているほうが、労働者も楽しいし、結果としてパフォーマンスも出せます。そうなると収入にも返ってきます。後輩もその背中を見ていますから、「こういう先輩のようになりたいな」と思います。その上でさまざまな選択肢があったら、それはいい会社だと思います。
――自分のキャリアは自分で作って、働く上で企業と対等に交渉ができて、自分で働き方をしっかり選択できる。そうあれば働くことが辛くなりません。むしろ自分の人生を自分でコントロールしていくことになると、話を聞いていて思いました。
倉重:これも選択肢なのです。例えばヨーロッパはすごい階級社会だし、フランスやドイツなどは、13歳で自分の人生が決まってしまいます。いい学校に行かないと、そもそもいい就職が絶対にできないという階級社会で、13歳時点で自分の就職まで決められてしまいます。現場系の学校に行ってしまうと、現場系の仕事しかできません。私は中学校時代の偏差値が37ですから、ドイツに生まれていたら現場系の仕事しかできていません。そういう意味では日本というのは割とオープンです。
生涯学び直すリカレント教育も進めています。実際に40代に専業主婦をしていて、その後パートから始めて、勉強をしたくなって大学院に行き、60歳で大学教授になった人がいます。いつ勉強をし直すか、いつスキルを磨き直すかは本当に人それぞれなので、悲観する必要はありません。大事なのは、国もそれを後押しすることです。単に失業保険を出したり、失業者に対してExcelの使い方を教えたりするだけではなく、「そもそもどういうキャリアの選択肢があるのか」というところから考えてもらう必要があります。1人でも多くの人に気付いてもらうことが、国として強くなる方法だと想います。
――ありがとうございます。「世の中の働くは、こうあるべき」という、倉重さんの考えを伝えてもらいました。では、なぜこのように伝えたいと思ったのかを、最後に教えてもらってもいいですか。
倉重:やはり「朗らかに働く」というのを自分のテーマにして、今の事務所をやっています。先ほど言ったように、裁判で対立する方々は、「朗らか」ではありません。でも、能力のある方が多いので、別の会社に行ったら出世するはずの人が多いです。朗らかに楽しく働く人が増えれば、それを見た子供たちも、「こうなりたい」と思うようになっていきます。自分も娘が2人いますので、大人になって働くタイミングがいつか来るわけです。今は雇用社会の過渡期で、揺れ動いている時期なので、右に行くか左に行くかと、行ったり来たりしています。自分はそこに対して意見発信をすることによって、より良い雇用社会を子供の世代に残したいなと思います。
(おわり)