Yahoo!ニュース

菅首相の所信表明「2050年温室ガス排出実質ゼロ」を宣言 本当はリベラル、それとも保守?

木村正人在英国際ジャーナリスト
所信表明演説をする菅義偉首相(写真:つのだよしお/アフロ)

菅首相「カーボン・ニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」

[ロンドン発]「わが国は2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち50年カーボン・ニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」――。

菅義偉首相は26日、就任後初の所信表明演説を衆院本会議で行い、50年までに国内の温室効果ガス排出を実質ゼロにすると宣言しました。日本学術会議の会員任命拒否問題で学界や左派から「学問の自由の侵害」と批判されている菅首相ですが、デジタル化やグリーン社会の実現を掲げたことは国内外から評価されました。

菅首相の所信表明演説を受け、国際環境NGO(非政府組織) 350.org Japanは「パリ協定の1.5度目標と整合的とされている『2050年カーボン・ニュートラル』とする方針に舵を切る方向へ転換したことは評価したい。しかし先進国の歴史的責任に鑑み、日本のカーボン・ニュートラル目標はより早く実現すべだ」との声明を発表しました。

「日本政府はこれまで『温室効果ガスの排出を2050年に80%削減し、今世紀後半の早い時期に脱炭素社会を実現する』と表明してきたが、それは世界の平均気温上昇を産業革命前と比べ2度よりも低く、1.5度に抑える努力をするという温暖化対策の国際的合意である『パリ協定』との整合性が問われるものだった」

「今年はパリ協定での削減目標を5年ごとに改定する年。各国が目標引き上げを発表しているにもかかわらず、政府は3月に改定しないまま国連に再提出し、世界第5位の排出国としての義務を果たしていないとして国内外から非難を浴びてきた」(350.org Japan)

こうした批判に対し、菅首相は所信表明演説で「省エネルギーを徹底し、再生可能エネルギーを最大限導入するとともに、安全最優先で原子力政策を進めることで安定的なエネルギー供給を確立する。長年続けてきた石炭火力発電に対する政策を抜本的に転換する」と述べました。

環境NGO「石炭火力への対応は政府計画の本気度の試金石」

350.org Japanは「パリ協定1.5度目標達成のためには30年には先進国で、40年には世界全体で石炭火力発電を全廃しなければならない。石炭火力への対応は政府計画の本気度の試金石になる。しかし現段階では政府は高効率の石炭火力の新設や海外への輸出を止める方針転換は発表していない」と指摘しています。

地球温暖化防止に取り組むNPO/NGO、気候ネットワークも「50年ネットゼロ目標を法定化すべきだ。30年までの『石炭火力フェーズアウト(段階的全廃)』を目標に定め、脱原発も同時に進め、30年の電力構成を、再生可能エネルギーとLNG(液化天然ガス)のみで賄う計画を定めること」を求めています。

ストアブランド・アセットマネジメントCEO(最高経営責任者)ヤンエリック・ソージェスタッド氏は「日本のような石炭集約型経済からのネットゼロ・コミットメントは、真剣に受け止めることができる緊急かつ信頼できる石炭段階的廃止計画と組み合わせる必要がある」と注文を付けました。

ノルディア・アセットマネジメントの責任投資部門責任者エリック・ペダーセン氏は「国内および海外の両方で新しい石炭火力発電所の試運転を止めるという明白なステップを含む、石炭火力を迅速に段階的廃止する実質的な計画が伴うことを期待する」と述べました。

東日本大震災の福島第一原発事故で「日本最大の敵は原発」という空気が支配し、温室効果ガスをまき散らす「石炭化」が急速に進みました。地球温暖化・環境対策の先頭に立つ欧州連合(EU)にとって「石炭化」した日本は最大の攻撃目標になりかねない状況でした。

EUが導入する「国境炭素税」とは

欧州委員会のフランス・ティメルマンス執行副委員長(気候変動担当)は昨年12月、マドリードでの国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)で筆者の質問にこう答えました。

欧州委員会のティメルマンス執行副委員長(昨年12月、筆者撮影)
欧州委員会のティメルマンス執行副委員長(昨年12月、筆者撮影)

「福島原発事故の悲劇で日本の状況はある程度、理解しているが、石炭に未来はないという欧州の見方を繰り返さなければならない。経済的にも石炭に未来はない。再生可能エネルギーへの移行は順調に行っている。本当に実質ゼロを実現しようと思ったら、石炭をやめなければならない」

EUだけが突出して温暖化対策を強化すると域内企業の国際競争力が下がります。そこでEU並みの温暖化対策をとっていない国からの輸入品に炭素価格分の関税を上乗せしようという「国境炭素税」をEUは導入しようとしています。排出大国の中国やインドに対して「国境炭素税」をちらつかせて50年実質ゼロでスクラムを組む考えです。

共同通信によると、東京電力福島第一原発の敷地内にたまる処理済み汚染水について、政府は福島県内の自治体などに海洋放出を前提にした方針説明を開始。関係閣僚会議で正式決定すべく日程を調整しているそうです。

菅政権は原発再稼働を急ぎ、地球温暖化対策を進める考えです。もちろん長期的には原子力も過渡的エネルギーですが、現時点での優先順位は「脱石炭」です。

良くも悪くも日本学術会議問題は、菅首相が問題を先送りせず「決断する人」「実行する人」であることを強烈に印象付けました。岩盤規制だけではなく、菅首相は「原発反対」という左派のマジノ線も真正面から強行突破する構えです。

日本に根強く残る左と右の「ベルリンの壁」を粉砕しなければ未来の扉は開きません。「ライト(右)」か「レフト(左)」より「Right(正しい)」か「Wrong(間違っている)」で判断するなら、菅首相のリベラルな所信表明演説は「Right」と判断できるのではないでしょうか。

菅首相の所信表明演説は首相の地位に恋々とせず、首相になったからにはこれだけは日本の未来のために実現したいという覚悟を感じさせました。国民の大多数も好感したのではないでしょうか。菅政権のスピード感と実行力に期待します。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事