英スナク新政権の緊縮財政は英国経済をリセッションに陥らせる元凶か(上)
英国はトラス前首相の景気浮揚を狙った大規模減税という財政膨張の経済政策からスナク新首相の大規模増税と歳出削減という、真逆の財政再建に舵を切った。しかし、政財界や有識者からはスナク政権が果たして財政再建と経済成長、エネルギー料金と食品価格の高騰に直面している年金生活者など社会的弱者の救済を同時に成し遂げられるかを巡り、早くも否定的な見方が広がり始めている。
英国経済にとってショッキングなニュースとなったのは政府の経済政策を監視する予算責任局(OBR)の最新の中期財政・経済予測(2023-2027年)だった。OBRは最新の経済予測で、「(インフレ調整後の)実質所得の低下と金利上昇、住宅価格の下落により、個人消費と企業投資が圧迫され、今年7-9月期から(来年後半まで)1年余りにわたり、GDPが約2%減というリセッション(景気失速)に陥る」と、3月の前回予測を下方修正。英国経済は2022年の4.2%増から2023年には1.4%減と、マイナス成長に陥り、2024年に1.3%増に持ち直してもコロナ禍前の水準に戻るのは2025年(2.6%増)になると悲観的な見通しを示している。
OBRの予測はトラス前政権が昨年10月に発表した「ミニバジェット」(補正予算)やスナク新政権の増税と歳出削減からなる同11月の「秋の予算演説」の内容を踏まえたものだが、OBRは実質可処分所得で見た生活水準についても、「2025年4月以降、公共投資の実質成長率は年間わずか1%増に抑制され、公共投資はさらに悪化する」とした上で、英経済がリセッションに陥り、「家計部門は記録的な生活水準の急激な低下が避けられず、今後2年間で家計部門の実質可処分所得は7%減少。コロナ禍前の水準に戻るのは6年後の2028年」と予想している。
さらに、「英国経済は今後、企業の雇用意欲が一段と低下し、人員削減につながる」と、失業率の悪化(現在の3.5%から2024年7-9月期にピークの4.9%)も指摘した。ただ、明るい材料はリセッションにより、インフレ率が減速すると見ていることだ。OBRによると、インフレ率は2022年10-12月期に40年ぶり高水準の11.1%上昇でピークに達するが、政府のエネルギー支援(全世帯への支援金給付)がなければ、さらに2.5%ポイント上昇しただろうと推測。しかし、それでも、「2023年末まで物価目標(前年比2%上昇)を上回る4%上昇前後で高止まりする」と警告している。
OBRの厳しい中期経済予測を巡っては必ずしも正確ではないとの批判的な見方も少なくない。OBR予算責任委員会のメンバーで、インペリアル・カレッジ・ロンドンの経済学教授のデビッド・マイルズ氏は英紙デイリー・テレグラフの昨年11月21日付のコラムで、「OBRの予測は常に間違っている」と指摘する。「OBRは不確実な将来の結果の最良の推測と、その周辺でどれだけの不確実性があるかを示す。最良の推測は変化し続ける。予測はナビゲーションのようなものだ」と話す。しかし、それでも、同氏は、「OBRの予測では4年後(2026年)の政府債務残高はスナク政権の増税・歳出削減政策の下でも昨春(3月)の前回予測に比べ、約4000億ポンド(約63兆6000億円)増加する。また、今後5年間(2023-2027年)のGDPは3月予測よりも約3.5%ポイント、約1000億ポンド(約16兆円)低くなる。これは極めて大きな変化だ」と注目している。
テレグラフ紙の経済コラムニスト、リアム・ハリガン氏も昨年11月20日付コラムで、「ハント財務相は極めて間違った時期に、大規模な増税を課し、すでにマイナス成長になっている経済をリセッションへと深入りさせる危険性がある」と警告している。また、スナク政権の財政再建の必要性についても懐疑的で、「英国の公的債務残高はGDPの97%だが、フランスやカナダ、米国の数字はそれぞれ115%、116%、132%だ。G7(先進7カ国)全体では英国よりも公的債務が少ないのはドイツだけ。英国だけが突出しているわけではない」と指摘。その上で、「生活費危機の真っ只中で税負担をさらに高めることが本当に必要なのだろうか」、「減速に直面して急激な増税を課している主要経済国は英国以外にはいない」、「GDPに占める政府歳入の割合(2019年には33.1%)は、現在、第2次世界大戦以来最高の持続レベルである37.1%に向かっている」と疑問を投げかける。(『下』に続く)