「家事労働者」過労死裁判が歴史的勝訴 不正義を闘い続けた遺族等の思いとは?
近年、共働き世帯の増加や少子高齢化、公的福祉サービスの削減等の影響で、家庭内でのケア需要は増加し家事代行業界は成長産業となっている。しかし、それを担う家事労働者の中には、基本的な法的保護がなく「無権利状態」で働いている女性たちが存在することはあまり知られていないだろう。
2015年春、仲介会社Y社を通して訪問介護及び家事代行を個人宅への住み込みで行っていた女性Aさん(当時68歳)は、1日24時間労働を1週間続けた末に心臓疾患で亡くなった。
厚生労働省が定める労働災害認定基準では、「(脳・心臓疾患の)発症前おおむね1週間以内に継続した長時間労働が認められる」場合には労働災害(過労死)に当たるとされている。しかし、個人家庭の利用者と直接契約して働く家事労働者(法的には「家事使用人」という)は、現在、労働基準法や労災保険が適用除外となっているため、このような過酷な労働を行ったAさんの死は過労死と認められていない。
Aさんの遺族は労災申請を行ったが、上記理由から却下され、2020年3月に国を相手取り国の判断を覆すための裁判をスタートしていた。私が代表をしているNPO法人POSSEへAさんの遺族から相談が寄せられ、私たちは裁判支援を行なっていた。しかし、2022年9月に東京地裁は、遺族側の全面敗訴判決を言い渡していた。
参考:24時間死ぬまで働かせても「合法」? 家事代行サービスの過労死事件で驚愕の判決
この裁判の控訴審判決が本日東京高裁であり、今度は遺族側の逆転勝訴判決が出た。地裁判決と異なり、Aさんの労働実態を踏まえ、国の労災不支給決定を取り消す判断をした。控訴審で司法判断が覆る確率は2割以下と言われる中で、画期的な判決と言えよう。
なぜ、今回裁判所の判断が変わったのだろうか。その背景には労災不支給決定や敗訴判決にも屈さず、このような差別的な状況を変えようと声を上げ続けた遺族と支援者たちの様々な取り組みがある。
本記事では、改めてこの裁判の論点整理、現行法の問題、そして遺族らの取り組みを紹介してみたい。
最賃割れで過酷な24時間労働を経ての過労死
まずは、亡くなったAさんの労働実態について見ていこう。Aさんが担当をした個人家庭の利用者(90代)は、認知症を患い寝たきりとなった「要介護5」(介護保険の区分上最も重い)の認定を受けており、1人で日常生活を送れない状態であった。Aさんは、掃除や洗濯、食事の用意、おむつ交換など幅広い家事及び介護業務を、渾然一体となった状況で行っていた。
Aさんの遺品の中から見つかった資料や、労災申請を経て国から開示されたAさんの同僚らへのヒアリング調査からは、その家庭での過酷な労働実態が明らかとなっている。
例えば、残されたAさんの「求人票兼労働条件通知書」には、休憩時間が「深夜0時~5時」と記載されていた。そもそも休憩時間は1日のうち深夜の5時間しか想定されていない「19時間労働」の契約だったのだ。
また、休憩時間と定められていた時間にも、実際には休憩を取得できていなかったことも明らかとなっている。なぜならば、利用者は2時間ごとのおむつ交換に加えて、頻繁な失禁もあるため、深夜問わず、適宜パジャマとシーツを全て取り替えるなどの重労働が必要であったからだ。そして、その家庭には休憩場所も十分に確保されておらず、寝る場所は「利用者の隣」とされており、常に気を抜けない状況にもあった。
さらには、利用者は認知症を患っているがゆえにケアへの拒否感も強く、「ばかやろう、でていけ」などの暴言を家事労働者へ浴びせていたという。これらの過酷な労働環境から、この利用者宅では、過去にはたった12日間で家事労働者が7人も入れ替わる異様な状況であった。
なお、Aさんの給与は書面上「日給16,000円」とされ、住み込みの24時間労働を仮定し時給を算出すると「666円」となり、当時の最低賃金を大きく下回って働いていたことも明らかとなっている。しかし、「家事使用人」には最低賃金法も適用されなかった。
最終的にAさんは、このような非人間的な環境で24時間労働を1週間続けた末に、私的に訪れた自宅付近の入浴施設内で倒れてしまい「急性心筋梗塞」と診断され亡くなってしまった。
家事労働者を差別する現状の法制度とは?
なぜ、これほどまでに過酷な労働をしたAさんが過労死と認められないのか。それは、冒頭で触れた通り、利用者と直接契約を結んで働く家事労働者は、労働基準法や労災保険が「適用除外」となる「家事使用人」(労働基準法116条第2項)となるからだ。
現行の労働基準法は戦後直後の1947年に成立している。その立法過程においては、「家事使用人」は長期の住み込みで「家族の一員に準じた生活」をしているため、国家の監督や規制を行うことは困難かつ不適切であり、また他国での労働法の適用事例も少ないなどが適用除外の理由とされていた。これは、封建的な「住み込み女中」を想定した差別的な制度であった。
このように「家事使用人」に対しては労災保険が適用されないことで、仕事による怪我や病気に対して補償が受けられない。さらに、労働基準法も適用除外のため、労働条件の明示や労働時間の上限規制、休憩・休日・有給休暇の取得、残業代の支払いなど、働く上での最低限のルールが全面的に適用されない。先ほどのAさんの最賃割れの状況なども、労働基準法が適用除外となっているゆえに可能となるのだ。
ただし、注意が必要なのは、全ての家事労働者が法律上の「家事使用人」になるわけではない。1988年に出された厚生労働省の通達では、「仲介業者に雇われて、指示を受け働く者は家事使用人に該当しない」とされている。
実は、Aさんは、利用者との契約書は存在しているものの、介護業務のみならず家事業務部分を含めて仲介会社Y社から「業務指示書」を渡されるなどし、具体的な指揮命令を受けて働いていた。また、報酬についても、利用者ではなくY社から家事業務部分と介護業務部分が合算される形で支払われ、かつ毎回14%の手数料が引かれていた。
つまり、Aさんは「実態」としては、個人家庭と契約した「家事使用人」ではなく、仲介会社Y社に雇われ指揮命令を受けて働き報酬を得ていた証拠も複数あったのだ。
しかし、2022年9月に東京地裁から出された判決では、それらの点は十分に汲み取られることなく、遺族側の全面敗訴判決が言い渡された。
判決では、Aさんの「拘束時間」は1日24時間労働を1週間行っていたと認める一方、労災認定上の「労働時間」は、休憩も取れていたことを前提に「介護業務」の「1日4時間30分のみ」しか認定しなかった。それを踏まえ、判決は「過重業務していたとは認められない」と結論づけた。
前述の通り、現行の労働基準法や労災保険が家事労働者を差別し「適用除外」としているため、「家事業務」が、労災認定を判断する上での労働時間として認められなかった。
東京地裁での全面敗訴判決を受け、遺族側代理人の指宿昭一弁護士は「契約書だけを考慮した、結論ありきの判決だ」と厳しく指摘していた。遺族は、「不当判決。社会に必要不可欠な家事労働を担う多くの女性労働者を保護・補償してほしい」と述べ、2023年1月から東京高裁にて控訴審が始まった。
遺族と支援者が行った社会的な取り組みと、それによる変化
2022年9月の地裁判決は遺族側の敗訴という結果であったが、毎回の裁判傍聴支援に加えて、家事労働者への差別をなくすためのオンライン署名を、遺族と労働組合、NPO、ジャーナリスト、研究者ら支援者たちはスタートした。
この署名は、すぐに3万筆を超えるなど大きな反響があり、上の写真のように厚労省への署名提出を行うなど社会的な行動も繰り返した。また、その過程で、介護や家事、保育、教育などを担う多くのケア労働者、女性労働者などとつながりができ、支援の輪が広がっていった。
参考:オンライン署名「家事労働者に労基法・労災保険の適用を! 1週間・24時間拘束労働で亡くなった高齢女性の過労死を認定してください!」
それらの取り組みの影響もおそらくあり、2022年10月には、国が約60年ぶりに家事労働者の実態調査を行うことを明らかにし、当時の厚労大臣は「(調査も踏まえ)法改正も視野に入れる」と発言するなどした。これまで見過ごされてきた家事労働者の問題を社会へ可視化することを通じて、変化の兆しが見えてきたのだ。
その後、2023年9月に国が明らかにした家事労働者の実態調査からは、以下のような家事労働者の抱える深刻な問題が明らかとなった。具体的には以下のようなものだ。
- 1日の平均勤務時間を「10時間以上」と答えた人が13.2%おり、このうち3割は「休憩時間がない」と回答していた。また、週60時間以上働く「過労死ライン超え」の家事労働者も約3%存在していた。
- 業務中の病気や怪我の経験がある人は15.2%であり、そのうち27.1%は「骨折・ヒビ」と大きな負傷をしていた。
- 上記のような過酷な労働をしているにもかかわらず、月収が「20万以上」に達しているのはたった6.2%しかいない。
- そして、1947年の立法過程において想定されていた住み込みで働く家事労働者は、合計「8,9%」しかおらず、「83,8%」が一時的に利用者宅で働く「通い」の家事労働者となっている。
以上の国の実態調査結果からは、高齢女性が無権利状態で過酷な家事労働を担っており、また現行法制定時に想定していた前提も大きく変化していることが明らかとなっている。
その後、今年2月に厚労省は実態調査から「業務内容や就業時間などが不明確であるため契約をめぐるトラブルが発生する、また、就業中のケガに対する補償が十分ではないなどの問題が一部にあること」がわかったとし、家事労働者を雇用する個人家庭へのルールを示す「家事使用人の雇用ガイドライン」を公表した。
さらには、今年6月には、厚労省は省内の労働基準法改正を議論する研究会の中で、「家事使用人」へ労働基準法を適用すべきとの大きな方針転換を示すに至った。
参考:法が守ってくれない「家事労働者」、77年ぶり差別解消か 労働基準法「除外」から「適用」へ厚労省が大転換(2024年6月28日・東京新聞)
以上のように、現行法の枠組みだけを見ると遺族が労災認定を得ることは困難な状況があったが、さまざまな社会的な取り組みを経て、家事労働者へ労働基準法や労災保険が適用される道が見えてきている。
世界での家事労働者の権利が拡大と、逆行する日本
一方、世界では、NGOや家事労働者の労働組合、女性団体などがグローバルに連帯し、2011年、ILO(国際労働機関)で「家事労働者条約(第189号)(Domestic Workers Convention)」が採択されている。
その条約には、家事労働者は「他の労働者と同じ基本的な労働者の権利を有するべき」とあり、「安全で健康的な作業環境の権利、一般の労働者と等しい労働時間、最低でも連続24時間の週休、住み込み労働者のプライバシーを尊重し人並みの生活条件を確保すること」などが定められている。
条約締結国は年々増加し、現在、フィリピン、南米、ドイツ、イタリアなど世界約35か国がこの条約を批准し、国内法などを整備している。日本の労働基準法の立法過程における「他国での労働法の適用事例が少ない」という状況も変化してきているのは明らかだろう。
なお、日本は未だこの条約には批准せず、国連女子差別撤廃委員会から勧告も受けているが無視を続けている。
本日の東京高裁判決の意義
本日の高裁判決は、形式上分けられていた介護と家事業務は「一体として本件会社の業務ということができる」として、まずAさんが労働基準法116条2項の「家事使用人」に該当しないとした。つまり「家政婦」として働いていたAさんは、その働き方の実態からして労働者であり、労働法が適用されるべきだと判断している。
そのうえで、Aさんが過労状態で働いており、労災認定の対象となると述べている。東京高裁は「7日間に、総労働時間数105時間(=15時間×7日)、時間外労働時間数65時間(=105時間ー40時間)の業務に従事したもの」と認定したうえで、「新認定基準所定の「短期間の過重業務」に該当するものと認められ…本件疾病は、本件家事業務および本件介護業務に内在する危険の現実化として発症したものであるといえ、業務起因性が認められる」と、長時間労働が原因でAさんが亡くなったと判断した。
つまり、Aさんが亡くなったのは過労死だと裁判所がようやく認めたことになる。そのなかで、高裁判決後の記者会見で原告(夫)は、「最初は妻を労働者として認めてほしいという思いで裁判を始めましたが、いろいろな形の支援を受ける中で同じような状況で働いている方がたくさんいることを知りました。家事労働者という形式で働いている特に女性が多い介護労働者のみなさんに届くような判決であったと思っています」と語った。
ただし、今回の判決は、Aさんが「家事使用人」と判断されるべきではないとしたが、Aさん以外にいる個人宅と契約を結んで働く家事使用人が労働法の対象外という状態そのものについては言及していない。
その点について、代理人の指宿弁護士は、「家事労働者の過労死を認めなかった一審判決を破棄して逆転判決を勝ち取ることができました。家事労働者も労働者だという当たり前のことが裁判で認められました。しかしこれで終わりではありません。家事労働者を労働基準法の除外規定はまだ残っている。法律改正が今後必要だ」と述べており、今後の取組の重要性について言及している。
とはいえ、今回の判決は、これまで見過ごされてきたケア労働者・女性労働者の権利を拡大する上で大きな契機となるだろう。
最後に、NPO法人POSSEでは、身近な人が過労死をしてしまい、どうしたら良いかわからない状況にある遺族からの無料相談ホットラインを9月22日(日)、9月23日(月・祝)の午後に開催する。困難な道のりでもAさんの遺族のように様々な支援者とつながれば道がひらけていく可能性があるので、ぜひ相談をしてみてほしい。
「過労死相談ホットライン」9月22日(日)、9月23日(月・祝)13時~17時
【参考文献】
伊藤るり編(2020)『家事労働の国際社会学 ディーセントワークを求めて』人文書院
竹信三恵子(2013)『家事労働ハラスメント――生きづらさの根にあるもの』岩波書店
無料労働相談窓口
03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
メール:soudan@npoposse.jp
Instagram:@npo_posse
*筆者が代表を務めるNPO法人。労働問題を専門とする研究者、弁護士、行政関係者等が運営しています。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。
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