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24時間死ぬまで働かせても「合法」? 家事代行サービスの過労死事件で驚愕の判決

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです(提供:イメージマート)

 2015年春、家事代行及び訪問介護をして働いていた高齢女性Aさん(当時68歳)は、住み込みでの1週間・1日24時間労働という過酷な業務をした末に亡くなった。私が代表を務めるNPO法人POSSEは、当初からこの事件のご遺族を支援をしてきた。

 厚生労働省が定める労働災害認定基準では、「(脳・心臓疾患の)発症前おおむね1週間以内に継続した長時間労働が認められる」場合には労働災害(過労死)に当たると判断するとしている。

 Aさんのケースではこれに十分該当するものと考えられた。ところが、先月の9月29日、東京地裁は遺族側敗訴の判決を言い渡す結果となった。

参考:家事代行女性の労災認めず 女性急死 労働時間に算入せず 東京地裁が請求棄却(東京新聞)

Aさんの家族提供。
Aさんの家族提供。

1週間・24時間拘束での過酷な働き方の実態

 まず、今回の事件で過労死してしまったAさんの労働実態について見ていこう。Aさんは仲介会社を通じて、個人宅で1週間の住み込み労働をすることになった。

 利用者は、認知症を患い寝たきり状態となった「要介護5」(介護保険の区分上最も重い)の状況にあり、一人で日常生活を送れず「常時対応」が必要であった。仕事内容は、掃除、洗濯、食事の用意やおむつ交換など家事業務及び介護業務が渾然一体となった状況だった。

 驚くのは、遺品の中にあったAさんの「求人票兼労働条件通知書」だ。そこには、休憩時間が「深夜0時~5時」と記載されており、そもそも24時間の中で、深夜の5時間しか休むことが想定されていない契約となっていた。

 また、Aさんと同じ個人宅で働いていた同僚の証言からは、その休憩時間もまともに休めていない実態がわかる。その個人宅では、家事労働者へは部屋が与えられず、同居する親族の男性が部屋を行き来するなどしていた。それでは、休憩が取れないことはもちろん、プライバシーや身の安全も全く守られない。利用者は2時間ごとのおむつ交換に加えて、頻繁な失禁もあるため、深夜問わず、適宜パジャマとシーツを全て取り替える必要もあった。

 さらに、利用者は重度の認知症のために介護忌避も強く、大声で「ばかやろう、でていけ」などの暴言を家事労働者に浴びせていたという。これらの過酷な環境から、この個人宅ではたった12日間で、担当の家事労働者が7人も入れ替わっていた。

 このような連続勤務がやっと明けた日に、私的に訪れた自宅付近の入浴施設内でAさんは倒れ、救急搬送される。そして、翌日「急性心筋梗塞」と診断され亡くなってしまったのである。

「家事使用人」を理由とした労災不支給決定

 通常であれば、仕事が原因で怪我や病気になったり、過労の末、命を落としたりすれば、労働災害(労災)として国から補償が受けられることになっている。しかし、個人宅と直接契約を結ぶ家事労働者は、労働基準法も労働者災害補償保険法も適用除外となっているため、Aさんは1日24時間働いていたにも関わらず一切の補償を受けることから排除されてしまった

 少し細かいが、現行法の問題を整理しよう。労基法116条第2項では、「家事使用人については適用しない」と定められている。個人家庭と直接契約を交わし家事労働に従事する場合、法律上の「家事使用人」となり、労働基準法や適用対象が同一である労災保険が適用されない。

 労基法が適用されないということは、過労死の認定がなされないだけはなく、労働時間や残業代に関する規定も適用されないということだ。どれだけ働かされても賃金は変わらず、過労死しても労災と扱われない。これではあたかも「家内奴隷」のようである。「家事使用人」というカテゴリー自体に封建的な差別の要素が付きまとっていることがよく理解できるだろう。

 ただし、全ての家事労働者が法律上の「家事使用人」になるわけではない。厚労省通達の基礎第150号(1988年)には、「仲介業者に雇われて、指示を受け働く者は家事使用人に該当しない」とある。例えば、仲介会社と直接の契約を交わし、仲介会社から指揮命令を受け働いている場合は、「家事使用人」とはならず、労働基準法や労災保険の適用対象の労働者となる。

 実は、Aさんは表面上の契約書こそ勤務先の個人宅と締結していたことにはなっていたが、実際の働き方をみると、個人宅を紹介した仲介会社から指示を受けていたため、遺族はAさんがそもそも「家事使用人」には当たらないと主張していた。実際に、Aさんは、家事業務部分を含めてY社から詳細な「業務指示書」を渡され指揮命令を受けていた。報酬もY社から全てまとめて支払われ、毎月Y社から紹介料も回収されていた。裁判でも遺族側から、業務指示書や銀行口座の明細書、支払い書面などの証拠が示されている。

 しかし、労働基準監督署は契約書が個人宅とAさんとで締結されていることのみを踏まえて、Aさんを「家事使用人」と判断し、実際に何時間の残業があったかや過労死の労災認定基準を満たしていたかすら検討せずに、2018年1月、労災補償の適用を拒否した。

旧態依然の制度のまま、拡大する「家事代行サービス」

 こうした差別的な法制度の成立には家事代行業が戦後日本社会の「周辺的」な「女性労働」として形成されてきたことが関係している。実際に、現在でも、家事労働者に該当する「家政婦(家政夫)」・「家庭生活支援サービス職業従事者」の約92%を女性が占めている(2015年の国勢調査)ことに鑑みれば、戦後初期からの女性差別の継続という側面を見逃すことはできない。

 法制度は旧態依然としている一方で、近年、家事労働は産業として拡大し、大手企業の参入も相次いでいる。共働き世帯の増加や少子高齢化、公的福祉サービスの削減等の影響で、家事代行業界は成長産業となっているのだ。市場規模は、約698億円(2017年)と推計され、 2025年までには、少なくとも2,000億円程度、最大で8,000億円程度にまで拡大する可能性が指摘されている。労働者数も、2015年時点で少なくとも約2万3000人に上っている。

参考:2018年に出された野村総合研究所「家事支援サービス業を取り巻く諸課題に係る調査研究」)

 これにともなって、当然、家事労働者も今後さらなる増加が予想されている。しかし、今回亡くなったAさんのように、労働基準法や労災保険といった労働者としての「最低限の権利」が認められない差別的な状況でこの産業が拡大してことには、重大な懸念を抱かざるを得ない。

差別される「家事労働」

 行政によって労災の適用を拒否されたため、遺族はAさんの死を労災と認めるよう求めて国を裁判で訴えた。

 しかし、裁判所はAさんの「拘束時間」は1週間・1日24時間であったと認める一方で、労災認定を判断する上での「労働時間」は、「介護業務(訪問介護)」を行なっていたとされる1日4時間30分のみしか認定せず、「過重業務していたとは認められない」と結論付けた。「家事業務(家事代行)」の時間は労働時間と認定されず、切り捨てられた形だ。

 前述の通り、現行の労働基準法や労災保険が家事労働者を差別し「適用除外」としているため、「家事業務」が、労災認定を判断する上での労働時間として認められなかった。

 ところが、裁判所は個人家庭と被災者との契約書の存在から形式的に「家事使用人」であると認定した形だ。遺族側の指宿昭一弁護士は「契約書だけを考慮した、結論ありきの判決だ」と厳しく指摘している。

 実際に今回のようなケースが契約書一枚をもって労働法を適用除外されてしまうのであれば、今後家事代行サービス産業が成長していく中で、救済されない不払い労働や過労死事件が頻発しかねず、大いに疑問が残る判決である。

「家事使用人」への適用除外の根拠と前提の変化

 そもそも労基法が「家事使用人」を適用除外にしている根拠については、近年の家事労働者の労働実態の変化を見てみると、矛盾が鮮明になる。

 現行の労働基準法は戦後直後の1947年に成立している。立法当時の議論では、「家事使用人」は長期の住み込みで「家族の一員に準じた生活」をしているため、国家の監督や規制を行うことは困難かつ不適切であり、他国での労働法の適用事例も少ないなどが適用除外の理由とされていた。このような働かせ自体が、いわゆる封建的な「女中」などを想定しており、差別的な法制度だといわざるを得ない。

 しかし、現代では、長期の住み込みで働き「家族の一員に準ずる」形態をとるのではなく、仲介会社等を通じた通いの家事労働者が多数となってきている。オンライン上の「プラットフォーム」サービスを介して、個人宅において数時間単位で「スポット」的に働く家事労働者も存在する。

 以上のように、現行法制定時に想定していた前提が変化しているのは明らかだろう。Aさんの働き方を見ても、「家族の一員に準ずる」から法律上の労働には当たらないという論理はまったく整合していないと思われる。近年の家事代行業の変化と家事代行サービスの拡大に照らせば、家事労働者への適用除外を撤廃し、他の労働者同様に労働者として保護していくことが妥当であろう。

世界的に進む家事労働者の権利が拡大

 家事労働者へ、労働者としての基本的権利である労基法等が適用除外となっているより本質的な原因は、家事労働自体を「女性が家で無償に行うもの」と「軽視」する社会規範が未だ日本において根強いことが挙げられる。

 今回の判決に対して、SNS上では、「家事労働も立派な労働です。家事労働者は労働者です」など、家事労働を軽視し、差別する日本社会への怒りが、多くの女性から寄せられている。

 日本においても、立法当時から「家事使用人」を適用除外にすることについて異論が複数出ており、1993年には労働相(現・厚生労働相)の諮問機関「労働基準法研究会」が、「家事使用人」への適用除外規定の撤廃を国へ提言したこともあった。しかし、結局、適用除外がなくなることはなく、今日に至っている。

 一方、海外では家事労働者の権利は拡大を続けている。日本と同様、家事労働者が労働法等の適用から除外されている状況は海外でも長く続いていた。しかし、2000年代中頃から女性や移民労働者の団体、労働組合、NGOなどがグローバルに連携し、家事労働者の労働環境に関する国際基準を設定する取り組みが展開されるようになった。その結果、「家事労働者条約(第189号)(Domestic Workers Convention)」が、2011年にILOで採択されている。

 この条約の中では、家事労働者は「他の労働者と同じ基本的な労働者の権利を有するべき」とされ、「安全で健康的な作業環境の権利、一般の労働者と等しい労働時間、最低でも連続24時間の週休、住み込み労働者のプライバシーを尊重し人並みの生活条件を確保すること」などが定められている。このような権利が認められていたら、今回のようにAさんが亡くなることはなかっただろう。

 現時点でドイツ、イタリア、南米など世界約35カ国がこの条約を批准し、国内法などを整備している。しかし、この条約についても日本は批准せず、国連女子差別撤廃委員会からの勧告も事実上無視し続けている状況だ。

裁判に負けても、社会的な取り組みが国を動かしはじめる

 Aさんの遺族は、今回の判決を到底受け入れられず、先日東京高裁へ控訴した。Aさんが亡くなってからすでに7年が経過し、遺族の苦しみは想像を絶するところであるが、裁判の社会的反響は大きく、支援活動の輪は広がっている。

 学生、労働組合、ジャーナリストなどが協力して行ったオンライン署名はすでに3万5千筆を超えており、先日厚労省へ提出された。

参考・署名:「家事労働者に労基法・労災保険の適用を! 1週間・24時間拘束労働で亡くなった高齢女性の過労死を認定してください!」

 こうした取り組みの影響もあり、10/14の報道では、国が家事労働者の実態調査をし、早ければ来年度にも法改正をして、家事労働者へ労基法や労災保険の適用を検討しているという。

参考:家政婦の働き方 実態調査…厚労省方針 「労基法対象外」改正検討(読売新聞)

 裁判だけでなく、社会的な取り組みを作る中で、1947年から75年の時を経て、社会が変わろうとしてきているのだ。この問題は日本社会に残存する女性差別の問題や、拡大する家事代行サービスの行く末に大きくかかわっている。Aさんの裁判と国の政策対応の動きに今後も注目し続けていきたい。

 なお、11/27(日)の午後、家事労働者や女性への差別、過労死問題に関心のある学生や市民、当事者の方に向けたイベントも開催される。ぜひ、関心のある方は参加してみてほしい。

11/27(日)【参加無料】 イベント「75年にわたる労基法の女性差別を変える〜家事労働者過労死裁判からみえる展望〜」を開催します!

【参考文献】

伊藤るり編(2020)『家事労働の国際社会学 ディーセントワークを求めて』人文書院

竹信三恵子(2013)『家事労働ハラスメント――生きづらさの根にあるもの』岩波書店

【常設の無料労働相談窓口】

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soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

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*長時間労働・パワハラ・労災事故を専門にした労働組合の相談窓口です。

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*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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