1500本の動画を配信した桐蔭学園小学校の挑戦―コロナ禍で変化する教育、子どもとの関わり、親の働き方
今年3月から6月頭の休校中に、公立の小中学校でオンライン授業を実施したのは、東京23区でわずか3区。しかも一部の授業での試験的な運用で、本格的な実施には至らなかった。私立でも本格的に導入している学校とそうでない学校に分かれ、学校による教育格差が拡大している。
休校中の負担を担ったのは保護者だった。我が子の学習に正面から向き合う機会により、改めて「学校任せではいけない」と気付かされた保護者も多いのではないか。
オンライン授業やICTが進んでいる学校は、どのような取り組みをしているのか。また、これからの時代、保護者は子どもとどう関わっていけばいいのだろうか。
保護者の声や桐蔭学園小学校の事例、有識者の意見を聞いた。
●公立は、子どもの能力や親のITリテラシーの差でオンライン授業を開けない
横浜市の公立小学校に小学6年生の子どもを通わせるAさん(女性/43歳)はこう語る。
はじめは学校側も保護者も混乱していた。そのうち演習プリントが出たが、先生からの指示が分かりづらく、やってもやらなくてもいいとあやふやだった。生活習慣を守ることも親任せで、同級生には昼まで寝ている子もいた。
4月下旬から教育委員会がテレビ神奈川で動画配信を行った。動画を配信したことは評価するが、見ても見なくても変わらない内容だった。公立は子どもの能力や親のITリテラシーに差があるので、クラス全員でオンライン授業を開ける状態ではない。
横浜市の私立小学校に小学5年生の子どもを通わせるBさん(男性)はこう語る。
時代にあった対応をしない学校にがっかりした。休校中は自宅に演習プリントが郵送で届いた。国語、算数はそれなりの量だったが、社会、理科はあっという間に終わってしまう量で、本来の授業を代替していない。
学費は年間で払うので通常時と変わらず不満に思った。授業再開後は教科書の最初のページからやっているが、本来かけるべき時間をかけられず内容は薄い。今まですべてを学校に任せきっていたが、それではいけないと気付かされた。
●1,500本もの動画を配信、コロナを起点にICTを導入した桐蔭学園小学校
休校中の保護者から不満が多いなか、「桐蔭学園小学校が1,500本もの動画を配信した」との情報を聞きつけ、今年7月に松枝秀樹(まつえだひでき)教頭に話を聞いた。
もともとICTは、2013年から試験的・段階的に取り入れていた。今後3年かけて全学年での整備を予定していたが、このコロナ禍で対応を早めた。動画であれば保護者の携帯電話でも見ることができて協力を得やすいため、まずは動画配信から始めた。
子どもたちが楽しく学習を始めるきっかけになる「スタートアップ・プログラム」と称した授業動画を作り、GW明けからは双方向のコミュニケーションが取れるオンライン授業に切り替えようと段階を踏んだ。先生が黒板の前で授業をして、それをカメラで撮影した動画もあれば、iPadの画面を録画し、子どもたちに配っておいたワークシートに「こうやって書き込むんだよ」とレクチャーする動画もあった(以下、動画授業の画像参照)。飽きないような工夫を凝らし、教師の技術や情熱も上がり、1,580本ある動画の最初の10本と最後の10本では、全くの別物になった。
しかし、動画はインプットしているだけで、子どもたちからのアウトプットは分からない。休校のはじめの頃は、子どもたちが書いたワークシートを郵送で回収していたが、GW明けから『ロイロノート・スクール』というソフトを導入したことで、教師(学校)と子どもたちとのやりとりが瞬時にできるようになった。
クラス全員の提出物を一つの画面に表示できることで、子ども同士が相手の提出物に感想を述べることもできる。提出したかどうかも一目瞭然だ。(以下、『ロイロノート』の画像参照)
全家庭のネット環境を調査し、全家庭と繋がることを確認した上で『ロイロノート』を開始した。ソフトのインストールや起動は子どもではできない。端末の向こうには、子どものそばに保護者がいる。直接の対面授業でない場合は、教師からのアクションだけでなく、保護者からの理解と協力がとても重要だ。
ロイロノートの導入と同時期に、『Zoom』を使ったオンライン授業等も開始した。毎週決まった曜日・時刻にホームルームや学級会活動等を開始し、やがて6年生ではリアルタイムのオンライン授業にも挑戦した。(記事TOP画像参照)『Zoom』の画面でお互いの顔が見られたとき、教師も子どもたちも大喜びした。
勉強も大事だが、休校によってお互いコミュニケーションが取れないことが一番の問題だった。そこで、ソーランの踊りや合唱を画面上で一つの作品として完成させるプロジェクトも行った。ゼロからのチャレンジだったが、その分、色々な可能性やアイデアが広がった。
参考:おうちで!みんなで踊ろう!Neo桐蔭ソーラン 2020 響煌~ひびき~
●データが蓄積すれば、AIがその子にあった苦手問題を出してくれる
「アダプティブラーニング(適応学習)=子どもたち一人一人のレベルや状況に合った学習コンテンツ」というのが、今すごく話題になっている。桐蔭は『すらら』(以下、『すらら』の画像参照)という個別最適化を図る自立学習支援ソフトで、アダプティブラーニングを行おうとしていた。
例えば、今までは算数ドリルを最初から最後のページまで解き続けるという学習法が主流だった。しかしこれでは、「図形は得意だけど、計算は苦手」といった単元ごとには対応できない。『すらら』を使うと、解答結果からその子の得意なところと苦手なところのデータが蓄積され、苦手問題だけを出してくれる。桐蔭は、双方向のコミュニケーシが取れる『ロイロノート』と『Zoom』、学習の自立支援ソフトである『すらら』を併用した「ブレンド学習」に挑戦する。
桐蔭に小学5年生の子どもを通わせるCさん(女性/46歳)はこう語る。
コロナがあって改めて、自分の子を通わせてよかったと思った。対応の早さに、時代のニーズに応える姿勢が感じられる。予測困難な時代を生きる子どもたちへの教育に取り組んでいて信頼できる。
●教育格差は情報格差から。保護者が情報を正しく入手しICT活用の有用性を理解することが重要
ICTの遅れは、教師に、子どもたちに、そして社会にどのような影響を与えるのか。ICTが進むとどうなるのだろうか。「教育×IT」を軸とした研究開発を行う関島章江(せきじまのりえ)さんに話を聞いた。
学校教育のICTには2つの役割がある。1つが、教師と子ども、親とを繋ぐコミュニケーション手段。もう一つが学習面の支援。
今回のコロナによる休校の長期化で、まず保護者から挙がったのが、学校の状況を把握したい、そして子どもの生活リズムの崩れやストレスが溜まるなか、先生や生徒同士が繋がる手段を作って欲しいという要望であった。メールやLINE、チャットなど、様々なコミュニケーションツールがあるなかで、学校とのやりとりは未だに紙ベース。ICTを活用することで教師と親のコミュニケーションを変え、負担を減らすところから始めることで、教員も保護者もICTの利便性を経験し受け入れやすくなる。
教育の格差は情報の格差から起きている面もある。ICTを活用した授業の実践事例を公開する場も限られていて、情報が広まっていかずに先生方の意識改革が進まない。保護者にも十分な情報が行き届いておらず、「日本は遅れているかもしれない」という感覚すらなかったりする。
教育格差が今後ますます広がっていくのは止められないので、保護者が情報を取りに行くよう意識することがとても重要だし、保護者に情報が届くような社会であることが大事。
コロナによる臨時休校の長期化で、小中学生の母親たちがオンライン学習の推進を求める要望書を市長や教育長らに提出したという地域がいくつも報道された。保護者からのニーズや需要が、学校や自治体に気付きを与え変わっていくということもあるので、保護者と学校と地域が連携する仕組みが今後より大切になる。
●親は在宅ワーク、子どもは在宅ラーニングで生活のリズムが変わる
ICTが進むと、親の働き方や生活スタイルはどう変わるのか、関島さんに聞いた。
ICTで、保護者への伝達や面談の設定、アンケート調査やテストの採点など、教師の負担は大幅に減る。保護者も保護者会の出欠や外部検定試験の申込や支払いなど、オンラインで簡単に応じられるようになる。お釣りのないように現金を持参させ、提出したかどうか確認するという行為が不要となり、子どもとの無用な衝突も減る。
教師も保護者もこれまでの習慣に縛られずに「もっとこうだったら便利なのに」という視点を持つと、そこが切り口となりICTの導入に繋がるかもしれない。
今後、オンライン授業や個別学習が充実し法整備が進めば、親は在宅ワーク、子どもは在宅ラーニングとなっていく。半日は学校、半日は自宅で授業といったように生活のリズムが変わる。平日に休みを取ったり、子どもと一緒に自宅から場所を変えて、それぞれ仕事と学習をすることも可能になったりするかもしれない。
また、今回のコロナで、不登校で来られなかった子どもたちが、こっそりオンライン授業に入っているという事例もあった。みんなに気付かれずに授業に参加できるのは、オンラインの魅力の1つで、不登校の子どもや病気、障害で登校できない子どもの支援もできる。
例えば、不登校にならないよう予防するために、休みがちになった時から教師と保健師と親とが蜜に連絡を取り合う手段としてもICTは有効。近年、不登校の子どもは小中学校だけで全国に11万人以上。不登校はその後のひきこもりとも関係していることから、ICTがひきこもり解消にも結び付くかもしれない。
予測困難な時代において、親は自らの経験値が正解でないことを認識した上で、子どもが社会に出て生き抜いていく力を捉えることが必要となる。子どものうちに、いかに色々な経験をし、子ども自身が取捨選択し、自分自身が得意なこと・好きなことを見つけていくか。オンラインを活用し距離や時間を超越した新たな学び、子どもの特性を活用した学習方法や、一緒に楽しみ視野を広げていくためのツール活用など、ICTをうまく利用することで子どもの可能性や学びの幅が広がる。
●文部科学省の動向、GIGAスクール構想とは
「日本は他国に比べて遅れている」ということで、国は10年前から教育ICTに向けて動きを取っていた。教育以外の分野でも、日本はデジタル化が遅れているため、文科省だけでなく総務省、経産省の3省が連携し、巨額な予算を投じて進められている。
「GIGAスクール構想=学校現場で生徒1人1台の端末環境と校内通信ネットワーク設備を実現する計画」は、元は5年計画だったが、コロナによる休校の長期化でオンライン授業の重要性が増し、前倒しして2021年3月末までに小中学生に端末を配布予定でいる。申請は自治体単位で、各自治体がICTを活用した学習活動を具体的に想定しながら、端末の選定や導入計画のもと対応していく。
(※GIGAとは「Global and Innovation Gateway for All」の略)
来春よりすべての小中学生が端末とネットを所持できるが、いかに有効な手段として活用できるか、各学校で差が出ることだろう。
保護者はこのような動向を意識し、まずは子どもと一緒に端末に触れて楽しみを探すところから始めて欲しい。
【取材協力】
関島章江(せきじまのりえ)
株式会社電通国際情報サービス オープンイノベーションラボにて、SE経験を活かし「教育×IT」を軸とした研究開発、サービス開発を行っている。
2児の母。
著書 『日本のICT教育にもの申す!』インプレスR&D
共同執筆 電通Bチーム『仕事に「好き」を、混ぜていく。』翔泳社
【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】