いとうせいこうさんインタビュー『国境なき医師団』の取材を通して気づいた “いまの日本に大事なもの”
ラッパー、小説家、タレントなどマルチクリエイターとして活躍、現在はNHK連続テレビ小説『らんまん』にも俳優として出演中のいとうせいこうさん。彼がライフワークとして現地取材を続けている『国境なき医師団』について書いた著書「『国境なき医師団』をもっと見に行く―ガザ、西岸地区、アンマン、南スーダン、日本」の文庫版が発売。『らんまん』『国境なき医師団』について、いとうせいこうさんに話をうかがいました。
『らんまん』で演じるのは“日本の博物館の父”
現在NHKにて放送中の『らんまん』では主人公・槙野万太郎が憧れた植物学者・里中芳生の役を演じているいとうせいこうさん。里中芳生というキャラクターは、実在の人物で”日本の博物館の父”として知られる田中芳男をモデルにしている。
いとうせいこうさん(以下:せいこうさん)「主人公・槙野万太郎のモデルとなった牧野富太郎の事が好きだと、田中芳男の事も目にすることが少なくないと思うんですよね。僕は下町に長く住んでいるから、特に上野の観光連盟の人たちに『不忍池の周りって、昔は競馬場で馬が走っていたんだよね』とか聞いたりしていたんだけど、それも仕掛人は田中芳男なんですよ」
せいこうさん「いま、上野には国立博物館や上野動物園があるけれど、幕末の『上野戦争』で薩摩藩や長州藩を中心とした新政府軍と彰義隊ら旧幕府軍が戦った場所で、上野は東京の中でもある意味特殊な場所なわけじゃないですか」
せいこうさん「そういう時代の後に田中芳男みたいな人が出てきて、あの辺を一大アミューズメント学問パークみたいにしちゃったことは、めちゃめちゃ不思議なことなんですよね。田中芳男自体も植物学から動物に関する事とか、もうマルチクリエイターというか、マルチ官僚って言うような人で。その人物をモチーフにした役をやらせていただくのは不思議なことだなと思っています」
これまで、自身も『ボタニカル・ライフ 植物生活』『自己流園芸ベランダ派』といった植物をテーマにした本を上梓しているせいこうさんは『らんまん』の主人公・槙野万太郎のモデルとなった植物学者の牧野富太郎について語り尽くす『われらの牧野富太郎』という本も監修している。
せいこうさん「牧野富太郎は自分たち植物を愛する者にとって一番の先駆者というか、自分たちが憧れるような人だと思うんです。ただの植物学者じゃなくて、人生の後半生は植物の採集会っていう催しをして。植物マニアたちを100人くらい連れて野山をぞろぞろ歩いて。「先生、あそこに生えているのは何ていう植物ですか?」っていう質問にバンバン答えたみたいなんだけど、それをやることによって、彼は日本で植物採集と言うものがどんなに楽しいものであるかと言うことを啓蒙もしたし、尚且つその人たちが全員自分の手下のようになるので、標本を集めて送ってくるようになるんですよ」
せいこうさん「当時、日本は植物の標本が足りなくて、世界の中でも植物学が遅れていたから、一気にそこでそれが集まるというすごい一石五鳥くらいのアイディアを考えた人。となると、やっぱり自分たち素人でも植物学に何か貢献できるんだというシステムを作り出した人でもあるわけで。そういう意味でも牧野富太郎はただの学者じゃない、活動家みたいな人なんですよ」
「国境なき医師団」の活動を現地取材を通して紹介した本
三島由紀夫賞候補作となり、後に映画化された小説『ノーライフキング』や、芥川賞候補になった『想像ラジオ』など、小説、随筆に関しても数々の著書を持ついとうせいこうさん。ことし6月には講談社から『「国境なき医師団」をもっと見に行く―ガザ、西岸地区、アンマン、南スーダン、日本』の文庫版が発売された。
なぜ、『国境なき医師団』をテーマに本を出すことになったのだろう。
日傘がきっかけで「国境なき医師団」に出会う
「国境なき医師団」と聞けばやや重厚なテーマだと連想しがちだが、きっかけはもう少しカジュアルなものだった。
せいこうさん「あまりに日差しがひどいから、僕は男性でも日傘は絶対に持つべきだと言っていたのね。『なんで男が日傘を持たないんだろう』と考えたんだけど、『日傘がかっこ悪いから良くないんだ! 男が持ってかっこいい日傘がないじゃん』って思ったんですね」
せいこうさん「僕は絵が下手なんだけど、逆にそれを利用して下手くそなドクロのついているような、日傘とは到底思えないようなパンクな感じのものを『例えばこんな感じの模様!』ってTwitterにアップしたんです。すると大阪の傘屋の人が『一緒にやらせてください』と連絡してきて。それから日傘作りが始まったんだけど、その人が『いとうさんに著作権料を払いたい』という話になったんです。自分はかっこいい日傘が欲しくて3秒くらいで描いた絵なので『そんなの貰えないです、じゃあどこかに寄付しましょう』ってなって、寄付先に『国境なき医師団(MSF)』の事を思いついたのがきっかけです」
せいこうさん「それから『国境なき医師団』に関係のある人への取材をする企画があって、その際にMSF広報の谷口さんが来てくれて『私たちはこういう活動をしています』って教えていただだいたんですが、その時に彼らの活動について知らないことがたくさんあったんですね」
せいこうさん「僕はそれまでは災害とか政治的な混乱の時に現地に入るくらいしか知らなかったんですが、彼らが貧困の対策とか、女性差別や性暴力を防ぐための啓蒙活動を現地に出向いてやっているとか、僕は全く知らなくて。その話を聞いて、彼らの活動を知りたいし、伝えたくなって取材をして書きたいという話になったんです。そこからいろんな国と交渉してまずはハイチに行くことになりました」
実際に現地を訪れ、「国境なき医師団」のキャンプ地で働く人たちの様子を目の当たりにして、どのようなことを感じたのだろうか。
せいこうさん「『国境なき医師団』って、医療関係者が半分でもう半分は非医療関係者なんですよ。実際にハイチのキャンプ地に行っても誰がお医者さんなのかわからない。全員同じような感じにしか見えない感じで、みんな積極的にボランティア活動のように自分のやるべきことをやっているわけですよ」
せいこうさん「なぜ非医療が半分かと言うと、医者がいたところで手術をする場所もなければ何にもならないわけだし、彼ら団員のために食事を常に作っている人もいる。いろんな個性的な人たちがいて、肌の色関係なく、世界中の人がそこに集まっているんですね」
せいこうさん「夜になるとみんなで平等に議論をしながら、自分たちがどういう風にすればなるべく多くの人たちを救えるのかを話している。こっちも思わずのめり込んでしまうような、もちろん役に立ちたくて行ってるんだけど、そんな場所にいると『僕で役に立つのなら使ってください!』になりますよね」
「国境なき医師団」シリーズは今文庫(単行本版に「南スーダン編」「日本編」を加えたもの)で四冊目。すでにライフワークの一つとして数えられるであろうこの取り組みで、せいこうさんが最も伝えたいことはなんだろう。
せいこうさん「『国境なき医師団』のひとつ重要な特徴は、ほとんどが個人からの寄付で運営されているんですね。そのことによって誰かの勝手な意見も受け付けないし、自分たちの独立の採算で活動をやっているわけです。この事はすごく彼らの命の問題にもつながっています。自分たちは完全中立だということを常に謳うのはとても大事な事なんです」
せいこうさん「彼らのキャンプには必ず銃の絵の上にバッテンが描いてあって、『この中には絶対に武器は入れません』と宣言している。どっちの派閥であっても、何国の人間であってもキャンプの中では非武装中立を貫いているんです。『国境なき医師団』についてそういう団体だと伝えると『私も実は寄付しているんですけど、年間1000円くらいなんです。お小遣い程度で恥ずかしいんですけど』って言う人も本当に多くて。でも、その少ない寄付が全世界から集まった時にとんでもない力になっているんです。それがとても重要で」
せいこうさん「僕は世界中の人々からの寄付が『国境なき医師団』のスタッフによって節約されながら使われているのをあらゆる国で見てきました。例えば、ある国で毎日包帯を巻き変えなければいけない子供やワクチンを打たなければならない子供がいるとして、その国ではあなたが寄付した500円で包帯が何十本も買えて、ワクチンでも何本分にもなるんです。その事は僕はいつも大事だなと思っています」
せいこうさん「僕らが住んでいる日本のように、比較的平和な国に暮らしていると国家というものが当たり前のもので『地球は全部国家というもので分けられている』と思っているけど、国家が成り立っていないようなところがいっぱいあって。例えば、アフリカでは部族同士がずっと争っているとか、2010年に大地震が起こったハイチのように大きな災害があって、そのうえギャング同士の対立で大混乱になって立ち直れなくなってしまうということもある。いろんな理由で国家の体をなしてないところが世界にはものすごくたくさんあるわけで」
せいこうさん「国際連合と人道主義者たちの自発的な活動によって、紛争が起きないようにとか、紛争が起きたときに人が亡くならないように、ケガをした人たちが生活していけるようにと活動している人たちがいて、ようやく地球が成り立っているんです。この事はすごく重要なことで。国家が先にあるってことだけで考えちゃうと、世界観がもう全然違うんですよね」
日本の問題だけで考えず、もっと世界に目を向けよう
「最近、国際的なものに対する意識が低くなっている感じがすごくあるんです」とせいこうさん。日本の現状について危機感を感じているのだそう。
せいこうさん「昔のように若い子たちが世界に目を向けている感じが減ってきている気がすんですよ。でも実は世界中でこれだけ揉めていて、揉めてる上に日本の問題が乗っかっているという風に考えないといけない。日本の問題だけで考えてしまうと『難民が来るんだったら、難民は帰ればいいじゃん』ってなってしまう。難民がなぜ自分の国を出て、よその国に来ざるを得なかったかということを考えないとわからないでしょ? そうしないと他の国から我々がどういう風に見られているかもわからない。それについて僕はすごく危機感を感じているのですが、この本では同じようにそのことに対して疑問を持って海外に出て行っている人たちが、今の日本でこんなにもいるということをわかりやすく書いています」
せいこうさん「『国境なき医師団』のキャンプ地に行くと、自分の利益の問題だけでなく活動している人たちがいて、その人たちがいろんな世界の人たちと『今回はここのキャンプに来ていたのか』と言ってハグしてたり、握手をするシーンをよく見るんだけど、本当に感動的なんですよね。この人たちはずっと全世界でやっているんだ。しかもこの人たちはずっと苦労してきた人たちなんだってなると、『自分にやりたいことがない』と言っている若い子たちも多いけど、こんなに面白いことがあるのにって思う。もちろん語学ができなきゃ駄目なんだけど、でも医者じゃなくてもそこで働くことができるんだから」
誰もがアイデア次第でボランティアができる
最後に、このインタビューを読んで「国境なき医師団」の活動を応援したいと思った人はどうすればいいのか聞いてみた。
せいこうさん「ネットで『国境なき医師団』で検索すると、そこから寄付ができるようになっています。僕だってボランティアなんて大してやってないから。僕はボランティアに行って役に立つタイプじゃない。『力もないし、スケジュールが空いてる日数で取れるところもなかなかなくて...』とかなるじゃない? 僕は、この本を書くことによって、印税のいくらかはMSFにいくようになってるんですね。つまり、僕は勝手に彼らの一員だと思ってやっているんですよ。そういう風に体を動かすボランティアじゃなくても、アイデア次第でいろんなことができるはず。自分ができる事をよく考えたら何かがきっと見つかると思う。それがボランティアに自然になっていっちゃうと思うんだよね」
<いとうせいこうさんの著書はこちら>
『国境なき医師団』をもっと見に行く―ガザ、西岸地区、アンマン、南スーダン、日本
いとうせいこう/講談社文庫
913円