ライバルは自社?グループの中 「転職」の理由とは【住谷猛対談】(第2回)
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株式会社USEN-NEXT HOLDINGSは社員の生産性を高めるためにさまざまな制度を導入しています。社員はリモートワークやスーパーフレックスタイム制度等を活用し、それぞれのライフスタイルに最適な働き方を選択することができます。所属する組織に籍を置きながら、別の組織で新しい業務に携わることができる、グループ内の「転職」や副業制度も同社の特徴です。USEN-NEXT HOLDINGSならではの人事制度について、執行役員であり、コーポレート統括部長兼CISOの住谷猛さんに伺いました。
<ポイント>
・グループの中で雇用の流動性が確保される仕組み
・約5,000人の給与を個別に査定する理由とは?
・情報化社会の中でマネジャーに求められるスキル
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■グループの中で副業ができる「Helpers」とは?
倉重:グループの中での副業も認めているということですが、どのような制度でしょうか。
住谷:業務には繁閑があるので、自分の手が空いたタイミングで他の部署の仕事を請け負うというのが「Helpers」制度です。アルバイトと同じで、グループの中で求人に応募します。
倉重:グループ内のアルバイトですね。別途給与も出るのですか?
住谷:もちろん出ます。グループ企業が25社あるので、いろいろな事業の仕事を請け負うことができるのです。日本のHRマーケットで行われていることを、全部グループの中で行っています。グループの中で転職制度もありますし、グループ内公募やスカウト、グループ内副業もあります。
倉重:グループ内で雇用の流動性が確保されるのですね。
住谷:若い人は、今やりたいことと3年後にやりたいことと、5年後にやりたいことは絶対に変わっていくものです。
自分の意思があればグループ内でキャリアを作っていけるのは、すごくいいことだと思います。僕の経験の中で成功する転職は3割くらいの確率なのです。
倉重:そんなに低いのですか。
住谷:低いと思います。3割なので2回転職したら10%切りますよね。それぐらいリスクがあるものだと僕は考えています。だけどグループの中で転職先が見つかれば、知っている人もいるしカルチャーも一緒なので馴染みやすいですよね。
倉重:転職する場合は、完全に転籍するのですか?
住谷:基本的には、HOLDINGSに籍があって出向という形にしています。僕らはUSEN-NEXT GROUPが、ワンカンパニーだと思っています。別の事業会社に行くのは、人事異動やジョブローテーションでしかないのです。
倉重:事業ごとに法人という感じなのですね。グループ内と法人内でローテーションをしていく感じですかね。
住谷:まさに日本の労働マーケットで行われている採用競争がグループの中で起こるわけです。人気の高いグループ内のA社が社内公募を出すと、B社にいる人たちが大量に手挙げて、ワーッと異動するかもしれません。各事業会社の社長は、自社の魅力を高めて人が集まってくるにはどうしたらいいのかを考えるようになります。
倉重:会社ごとの人事制度や、給与水準は個別に考えるのですか?
住谷:基本的にはグループで同じ制度になっていますが、人件費のバジェットというのは、最終的には各事業会社にあるので、個別の報酬の決定権は事業会社にあります。
倉重:予算の範囲内で裁量があるということですね。グループ内の社長には若い方も結構いらっしゃるのですか?
住谷:最近でいうと、去年の9月に「バーチャルレストラン」というスタートアップがM&Aでジョインしました。ここの社長が25歳です。
倉重:グループ内でも競争が起きているというのは、非常に健全な環境ですね。全然違う事業もある中で、統一したグループメッセージをどのように伝えているのでしょうか?
住谷:それがカルチャーの共有だと思っています。違う事業をしていても、やはり「僕らはこうありたい」というコーポレートスローガンが必要です。去年作ったわれわれのパーパスは「ソーシャルDXカンパニー」ということです。
倉重:こういったスローガンや理念の共有は、どのようにしているのですか?
住谷:理念の共有については、僕らはかなりの密度で、幹部とコミュニケーションしているので、そこの理解度は高いと思います。
社員に対してのメッセージは、各事業会社が個別に発信しているところもありますが、グループ全体に対してHOLDINGSからメッセージを発信することのほうが多いでしょう。
倉重:事業会社ごとに業務内容も違いますが、リモートワークをどの程度実施するのかということも、各社の判断ですか?
住谷:各社というか、社員の判断になります。実はコロナの前からスーパーフレックスを導入してリモートワークを実施していたので、コロナになってからも出社は社員の判断に委ねていたのです。2020年の4月に出された1回目の緊急事態宣言の時はほとんど社員が本社からいなくなりました。
いつも宇野さんは収録したビデオメッセージを全社員に配信しています。1回目の緊急事態宣言が明けた時に出したメッセージは「僕らのお客さまは、お店やホテル、医療機関で全国に80万施設以上あります。その方たちはコロナで今非常に困難な状況に陥っています。それでも、みなさんは事業やご商売を継続されるためにお店に出てお仕事をされています。当然対面接客で感染のリスクもありますし、医療機関であればクラスターのおそれがある中で、懸命に頑張っていらっしゃいます。そのお客さまを支える僕らが、家に閉じこもっていていいのでしょうか?」とだけ言いました。
倉重:その後の判断は任せるということですか。かなり社員の自主性に任せているのですね。今もリモートワークを継続されていますか?
住谷:数字でいうと、今は約5,000名の従業員のうち、約20%は完全リモートワークをしています。
残りの社員も任意にリモートワークはできるので、「今日の午前中はリモートにしよう」という判断ができます。推定値でいうと総労働時間の3割以上がリモートになっていると思います。
倉重:リモートワークでは成果が上がらない人もいますか?
住谷:コロナの1年目に僕は「生産性は3割下がる」と言いましたが、実際にそうだと思います。理由は大きく分けて3つです。
1つの問題はコミュニケーションロス。チャットでもビデオミーティングでも、「ねえ、ねえ。これ、どうなっている?」という気軽な声かけができないので、一定のコミュニケーションロスが起きます。
2つ目の問題はファシリティです。ちゃんとした椅子がない、インターネット環境が整っていない、家にいたら小さなお子さんが、「パパ、遊んで」と言ってくるという働く環境の問題です。
3つ目の問題は、家でリモートワークをしていると当然アイドルタイムが多くなること。これは責めているわけではなく、仕方のないことだと思っています。
この3点で3割ぐらい落ちたなという感覚を持っていました。それをどうやってリカバリーしていくのかを考えていろいろ試した結果、一番効果があるのは、ワークフロー含めた働き方のDXでした。徐々にではありますが、リカバリーしている手応えがあります。
倉重:具体的には、どんなことをしていますか?
住谷:オンラインミーティングのツールを変えたり、決め事を作ったりしました。
例えばワードやエクセルのファイルをメールで送信するのではなく、ウェブ上で共有すれば離れた場所にいても同時に編集ができます。そういうデジタルツールというかデバイスも含めて、かなり細かくブラッシュアップしていきました。
倉重:そういう細かい積み重ねが大事なのですね。
住谷:結局何かで失われたプロダクティビティを戻すには、ちゃんと武器を与える必要があります。
■Work Style Innovationの実施で変化したこと
倉重:Work Style Innovationを実践していく中で、良かったことと悪かったことを教えてください。
住谷:良かったことは社員が自律的、自発的に自分の仕事やキャリアに対して考えるようになったことが一番大きいと思います。
Work Style Innovationが始まる前は、社員は朝目覚まし時計や携帯のアラーム音で起きて、「もう7時だ、会社に行かなきゃ」と思います。要はそこに義務感があったのです。
Work Style Innovationの後、社員はどうなったかというと、まず朝起きて、今日の仕事の段取りを確認します。「午前中はリモートで企画書を作ろう。午後から出社してチームで企画書をブラッシュアップするためのミートアップをしよう。そのままオフィスで明日のプレゼンに向けて準備しよう」という計画を立てます。
つまり「今日自分は何をすべきか」ということを考えながら起きるようになるのです。これは他発と自発の真逆の考え方です。そういう社員が多くなったと実感しています。
倉重:自分で決めていいというと、どうしたらいいか分からなくなる方はいませんか?
住谷:もちろんできる人とできない人で一定の差はありますが、僕らは自律的であることを常に求めています。自分で考えて行動できる人にとって、この会社はすごく楽しいエキサイティングな会社になっているはずです。
僕らは常にチャレンジを求めているわけではありません。世の中には安定して働きたい人もますよね。そういうコースも用意しているので、自分たちが選べばいいのです。
■給与レンジのない独自の評価制度とは?
倉重:それも自分の選択だということですね。自律的な働き方に変わると、マネジメントや評価も変わりませんか?
住谷:そこが一番の課題です。弊社には今日本の企業で一般的に使われている職能等級制度はありません。実質的な役割を示す役職があるだけです。部長や課長という役職があるだけです。それ以前は、うちも職能等級制度があったのですが全てなくしました。
倉重:給与レンジはなく、約5,000人の給与を個別に査定するということですか?
住谷:そうです。4年前に人事制度と評価制度を改定して、全国各支社に僕ら人事が説明して回りました。その時に「住谷さん、自分は等級を上げるためにすごく頑張ってきました。これから何を目的に頑張ればいいのでしょうか」ということを質問されたのです。
彼に「これからは自分のお給料上げるために頑張りなさい。お給料は自分の生活や家族を守る力に直結します。等級を上げるより、自分のお給料を上げることを頑張るほうがよっぽど健全です」と話しました。
倉重:ジョブ型そのものですね。
住谷:僕らは現在の人材価値「タレントバリュー」に対して報酬を支払うと言っています。日本の会社のほとんどは右肩上がりに賃金が積み上がっていく反面、大抵の人のパフォーマンスはどこかで減衰していきます。ここにギャップがあるわけではないですか。このギャップを極力なくす。つまり、パフォーマンスカーブにそうような報酬を支払うということなのです。
倉重:ペイ・フォー・パフォーマンスを今の日本の労働法の中でやろうとすると、下げる時に大変な問題があると思いますが、労使間でもめませんか?
住谷:これは僕の持論なのですが、労働争議を考えて制度を作る必要はないと思っているのです。労働争議は個別争議なので、そのリスクを考えて制度設計をすることは間違っていると思います。あるべき制度設計をして、そこで発生したごく少数の個別争議に対して、解決能力を会社が持てばいいだけの話です。4年間実施して、マネジメントは報酬を下げられるようにはなったと思います。
倉重:上げるだけではなく、下げる運用も実際に行われているということですね。それで納得いかない人がいても、大きくもめないということですよね。多分そこはコミュニケーションがうまくいっているのだと思います。
住谷:例えば事業会社の社長も、バジェットが決まっている中で「この人の給料を上げるための原資をどこで作ろうか」という話になります。そこでマネジメントスキルや技量、力量が試されていますよね。
倉重:予算まで考えたマネジメントを若いうちから経験していくと、全然違うでしょうね。
住谷:グループ内の健全な競争環境があれば、ちゃんと頑張っている人に報いる会社のほうに、人は集まるようになるのです。人件費を下げるマネジメントができず、みんなものすごく薄い昇給でたくさん働かせている会社には、人は集まりません。
倉重:そういったマネジメントに対する教育はどのようにしているのですか?
住谷:人事部長以下がマネジメントレイヤーに対してかなり密度高く、うちの人事制度や評価制度の考え方や実施方法について懇々と説明しています。時には反対を食らうこともありました。
そこでの話し合いを4年間丹念にしてきたことで、今グループの中でもいい意味でのガバナンスの効いた評価制度になっていると思います。
倉重:評価制度は、何を中心に変えたのですか?
住谷:評価をやめたということじゃないですか。一般的な企業のようなS、A、B、C、Dといったランク付けはもう一切行っていません。多くの企業では、評価のために膨大な作業をしていますよね。弊社もどれだけ時間を取られていたかわかりません。
今は評価を一切やめて、「あなたのタレントバリューに対して報酬を払います」というふうに金額を決めています。
倉重:金額の評価をしているのですね。年1で改定するのですか。
住谷:原則は年1で改定します。同時に何をしたかというと、マネジャーとメンバーは月1回必ず1on1をするのです。ここがある意味、アセスメントの1on1になっています。毎月「今月ここはできたけど、ここは足りないからもっとこうしていこう」というフィードバックを与えます。ですから査定の時に「こういう評価だからこの金額になります」と言われても納得感があると思います。
倉重:「1on1は何を話していいのか分からない」という声を聞きます。どういうふうにされていますか?
住谷:あまり「こうやれ」とは言いません。どうしたらいいのか、自分で考えてもらっています。ただ「こういう言動はNGです」ということは伝えています。あまりマネジャーがしゃべり過ぎることや、ハラスメントにつながる発言にはNGを出しますが、「どうやってそのメンバーのパフォーマンスを引き出すのか」ということは、マネジメントの力量に関わるところなので任せています。
ただ、マネジメントの技量に満足できているのかというと、そうでもありません。今マネジャーに何を求められるかというと、アセスメントの引き出しです。
「この人にはこういうマネジメントしよう」と個別に対応できるマネジャーは、現代では優秀な人材です。
倉重:それができるようになるには、豊富な人生経験が必要ではないですか?
住谷:それが大切だということを自覚すれば、若くてもできる人はいます。この引き出しがない人が、時にハラスメントと言われてしまうのです。
日々変化するコンディションを観察しながら、各メンバーに対して適切なマネジメントができるのが優秀なマネジャーです。
うちの部長やマネジャーに僕がずっと言っているのは、「もっと部下に関心を持て」「とにかく観察しろ」ということです。観察していれば絶対に変化に気がつくはずです。
(つづく)
対談協力:住谷 猛(すみたに たけし)
株式会社USEN-NEXT HOLDINGS 執行役員 コーポレート統括部長
(人事・総務・法務・情報システム・広報・コーポレートブランディング・サステナビリティ推進管掌)兼 CISO
早稲田大学法学部卒業。新卒で入社した証券会社で、1年目から人事部に配属されたことをきっかけに、人事部門でキャリアを築く。
1999年、人事部長として株式会社USENに入社。
人事・総務部門担当役員、法人営業部門担当役員などを経て、2017年12月、株式会社USEN-NEXT HOLDINGS発足時より現職。
現在は、人事・総務・法務・情報システム・広報・コーポレートブランディング・サステナビリティ推進などの幅広い部門を管掌。