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ロシアの北朝鮮大使が証言「韓国ビラに金正恩氏妻の“ひどく下等な”わいせつ画」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
ロシアのマツェゴラ駐北朝鮮大使=タス通信のウェブサイトより筆者キャプチャー

 韓国側から散布されたビラには李雪主氏(北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の妻)の「ひどく下等な」わいせつ画が――。北朝鮮に駐在しているロシアのマツェゴラ大使は6月29日、タス通信とのインタビューで、北朝鮮が韓国に強硬姿勢を取った原因の一つに、韓国側によるファーストレディーへの侮辱行為があったと明らかにした。北朝鮮では李雪主氏に関しても偶像化作業を進められているため、強い反発は必至だったとみられる。

◇わいせつビラ

 北朝鮮は6月16日午後、開城の南北共同連絡事務所を爆破し、南北関係を緊張させた。北朝鮮側は「最高尊厳(金委員長)を批判するビラを脱北者団体が散布した」などを理由に韓国を批判してきた。

 マツェゴラ大使はこの背景に▽2年前に南北だけで合意が成し遂げられた▽北朝鮮側には強い期待感があった▽なのに、いずれも実行に移されなかった――ことがあると指摘。大型風船によるビラ散布について「(今回が)初めてではない。昨年、10回散布された」「むしろ口実である」と見立てながら、北朝鮮側を怒らせたのは「李雪主氏を侮辱したこと」と主張した。

「今回のビラは、リーダーの配偶者を狙った、独特の、わいせつで、侮辱的な宣伝行為があった。それらはフォトショップを使ったような、質の低い方法でつくられていた」

 こうしたビラは「もちろん受け入れられるものではない」と指摘。「政権に限らず、人民の間にも激しい不満を引き起こした」と述べ、北朝鮮側の我慢の限界をはるかに越えるものだったという。

 李雪主氏は北朝鮮でファーストレディーとして広く知られるようになり、最近では金委員長の父・金正日総書記の母・金正淑氏のみに認められてきた「女史」の敬称が使われている。

 2018年4月14日には李雪主氏は初めて、金委員長の随行者ではなく、単独での動静が伝えられ、その時には国営メディアは「尊敬する李雪主女史」と表現している。

◇「北朝鮮に“ナンバー2”を名乗ろうという者はいない」

 マツェゴラ大使は、金委員長の妹である金与正・党第1副部長についても言及している。

「国の主導権を握るように訓練されていると信じる理由は何もない」

 つまり“金与正氏が後継者としての準備を進めている”との説を否定したのだ。

 金与正氏についてマツェゴラ大使は「重要な政治や外交政策の経験を持っているが、まだ若い」と指摘。「十分に定評のあるハイレベルな政治家だとみることができる。だがここまでだ」と慎重な判断を示した。

 また、大使は、金与正氏が「第1副部長」を務めているのは、北朝鮮の核心組織である「党組織指導部」との見解を示した。

 さらに、大使は「北朝鮮のヒエラルキーで“ナンバー2”と見なされる人物は久しぶりだ」と言いながら、こんな発言もしている。

「北朝鮮で自身のことを“ナンバー2”であると名乗ろうという者は誰もいない。金与正同志に『あなたはナンバー2か』と尋ねれば、強い調子で『いいえ』と答えるだろう」

◇金正恩氏の動静、上半期は最少

 北朝鮮の国営メディアが、今年1~6月に金委員長の動静を伝えたのは20件。金委員長が最高指導者になった2012年以降で最も少ない数字だ。韓国側は、新型コロナウイルスに感染するリスクを避けるため、外部での活動を控えているという見方を示している。

 韓国紙の中央日報によると、マツェゴラ大使はタスとのインタビューで、金委員長の健康不安説が報じられたことに関連して「何の根拠もないうわさだと確信している」と述べた。

 ただ、マツェゴラ大使が直接、金委員長と面会しているか定かではない。

 韓国の聯合ニュース(2018年1月31日)によると、大使は18年1月のインタファクス通信とのインタビューで、対面できる北朝鮮高官は李洙ヨン党副委員長(当時)や李容浩外相(同)レベルであり、金委員長との一対一での対面は実現していないと明らかにした。口頭メッセージや手紙の交換による接触に限られているという。

 ただ2019年にプーチン大統領と金委員長の首脳会談が実現した際、マツェゴラ大使はロシアの閣僚らとともに、ウラジオストクで金委員長を出迎え、歓迎宴にも出席している。

 ロシアと北朝鮮は友好関係にあるものの、距離がある。首脳会談でも、ロシア側の最優先事項は「プーチン氏が北朝鮮問題の当事者に見えるような写真を撮ること」とされ、北朝鮮側も「ロシアに制裁解除を要請してもらっても、米国が方針を変えない限り、何も得られない」と冷めており、首脳会談も「形式的なやり取り」「ぎこちなさ」が強調された。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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