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「おかしな名前は変えろ」トンデモ命令に北朝鮮国民も反発

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

 韓国人の新生児の名前にはトレンドがある。

 男性の場合は「行列字(ハンニョルチャ)」と言って、家系の何代目はこの漢字、その次の代はあの漢字という風に、名前に使う漢字を決められていた。しかし、古臭い名前になってしまう、名前の選択の幅が小さくなるなどの理由から、この行列字を使わない傾向も出てきている。

 女性の場合は、時代のトレンドに合わせた名前を付けられる傾向がある。例えば、1960年代以前は「〜子」という日本風の名前が一般的だったが、それ以降は「〜淑」という漢字を使うケースが増えたが、1980年代以降は「知」や「恵」が入る名前が増えた。

 韓国の裁判所のデータベースによると、2021年の新生児の名前は男児がミンジュン、トヒョン、トユンの順、女児はチアン、ソヨン、スヨンの順で、「N」で終わる名前が多い。また、パッチム(子音で終わる音)のない名前も多い。

 一方の北朝鮮にも名前のトレンドがあり、女性の場合は「アリ」「ソラ」「カヒ」といった、パッチムのない名前が2000年代以降増えている。これに対して当局は「非社会主義的」だとして、改名を強い、国民の反発を呼んでいる。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

 咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、人民班(町内会)の会議で9月末以降、「パッチムのない名前は年末までに、政治的な意味を込めた革命的な名前に変えよ」との当局の指示が続け様に伝えられている。

 かつての北朝鮮では、「忠誠」「一心団結」「決死擁護」などのスローガンから取った名前が一般的だった。2005年までに9人の子どもを出産し、「母性英雄」の称号を受け取ったソ・ヒャンウォルさんは、息子には「決死擁護」「先軍」から一字取った名前を、娘には「総爆弾」「革命」から一字取った名前を付けたことで、有名になった。

 ソさんは当時、朝鮮中央テレビのインタビューに「先軍祖国の懐に私の子どもたちが永遠に抱かれ、陸海空で社会主義祖国を守る兵士になることを望んでいる」と答えている。

 ところが、一般国民の間では当時から、上述のような「アリ」「ソラ」と言った、響きが美しく呼びやすい名前を新生児につけることが流行し始めていた。これは韓流の影響に他ならない。

 このような傾向は当局も認識しているようだ。

 両江道(リャンガンド)の情報筋は、10月に入ってから人民班の会議で、「退廃的な西洋文化、ヤンキー(米国)文化のコピーである傀儡(韓国)式言葉を使うなという指示と共に、名前をまともなものに変えろとの指示が続け様に出されている」と伝えた。

 当局は、若者に対する思想教育を強化し、韓流コンテンツの流布者に厳罰を下す一方、流行している韓国風の言葉遣いに対する取り締まりも行っているが、その流れの一環として「韓国風の名前を変えろ」という命令を出しているのだ。

(参考記事:引き出された300人…北朝鮮「令嬢処刑」の衝撃場面

 当局は、一般人民が朝鮮風ではない、中国風、日本風、韓国風の名前を何のためらいもなく子どもに付けていると批判しているが、改名せよとの指示を聞いた住民からは「月日が流れ時代も変わったのに、昔風の『ヨンチョル』『マンボク』『スニ』という旧時代で田舎臭い名前をつけろというのか」と反発の声が上がっている。

 しかし、当局はたとえ個人の名前であっても、北朝鮮で美徳とされる集団主義に基づく社会主義本来の要求と政治的考慮なしにつけるのは、朝鮮労働党の権威を毀損する反党行為で、事大主義(外国追従)思想で内部から国を破壊する反社会主義・非社会主義行為であり、違反者は処罰の対象だと警告している。

 実際にどのような処罰が下されるかはわからないが、住民からは「人は機械の部品でも家畜でもない。名前ひとつ自由に決められない集団主義を強いるのは当局の横暴だ」「丸裸にされて飢えに苦しむのが社会主義ならば断固反対する」などと言った反発の声が上がっている。

 ちなみに、最近になって初めて公の場に姿を現した金正恩総書記の娘の名前と言われているのは「キム・ジュエ」。当局が改名せよと命じた「パッチムのない名前」であることは実に皮肉だ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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