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卓球女子シングルス銅メダル「伊藤美誠が見ている景色」と中国の徹底的な戦術「表ソフトを狙え!」

伊藤条太卓球コラムニスト
東京五輪卓球女子シングルス表彰式(写真:ロイター/アフロ)

日本卓球史上初の女子シングルスのメダル獲得という偉業を成し遂げた伊藤美誠。しかしメダルを決めた後も笑顔は少なく、銅メダルを獲った嬉しさよりも負けた悔しさの方が大きいと口にした。この地上に何千万人もいる卓球選手の中で、伊藤より上にはもはや二人しかいない。頂上も頂上、一般人からは肉眼で見えないほどの高みに伊藤はいる。それだけでも満足してよさそうなものだが、そういう考えの選手はそもそもここまで来ることはできない。

自然界の多くの事物は、分布の中心から外れて端に行くほど差は大きくなる。千人の卓球選手がいたとして、500位と501位の選手の実力差はほとんどないが、10位と11位の差は大きく、1位と2位の差はさらに大きい。だから試合を勝ち進むほど大差で負けることが多くなる。どこまで行っても上には上がいて、むしろその差は広がるばかりだ。

1年間365日休みなしで死ぬ思いで練習をして都道府県予選を勝ち抜いてやっと全国大会に出たと思ったら何もできずに負ける選手が大半だ。全国ランクに入っても、日本代表クラスとやればやはり何もできずに負ける。その日本代表も中国選手に、卓球人生を全否定されるかのように粉砕される地獄を見る。当然ながら強い選手ほど卓球にすべてをかけ、多くのものを犠牲にしている。それなのに、そのようにして頂上に近づいた選手ほど、より大きな敗北感に打ちのめされるという残酷さ。

今、伊藤が見ているのはそういう景色だ。賞賛も慰めも伊藤を癒すことはできない。スポーツとは、勝負とはそういうものだと言うしかない。それが彼女が選んだ道だ。

それにしても準決勝の孫穎莎の戦術は徹底的だった。世界選手権という大舞台でこれほど徹底した戦術を公然と行った例を私は知らない。孫は異常なまでに伊藤のバック側にボールを集めた。この試合で孫は全部で32回のサービスを出したが、フォア側に出したのは1回だけで、他の31回はすべて伊藤のバックに出している。もしも日本の中学生がこんな試合をしようものなら「ちゃんと配球を考えてやりなさい」とコーチに叱責されるところだ。それほど異常な配球だった。

バック狙いはラリー中も際立っていた。孫のバック側に来たボールは伊藤のバック側にクロスで返し、孫のフォア側に来たボールも伊藤のバック側にストレートに返す。まるでハンディ付きの練習風景のようだった。

そこまでして伊藤のバック側を狙ったのは、伊藤のバック側の「表ソフト」というラバーを攻める方針だったからに他ならない。表ソフトは回転がかかりにくく、自分も難しいが相手も難しいという、いわばハイリスクハイリターンのラバーだ。我慢して一定レベルのボールを伊藤の表ソフトに送り続けていればハイリスクの欠点が出て、必ず伊藤が先にミスをするはずだ、それまで待つという作戦だ。

実は表ソフトは、1980年代まで中国が世界の王座に君臨していたときの主用ラバーだったのだ。ところが1990年代にヨーロッパの強烈なドライブに敗れ去り、中国はそのラバーを捨て去ることで王座を取り戻した。そうした歴史を知っている中国の指導陣は、伊藤の表ソフトのボールがいかにやり難くても、確信をもって作戦を実行すれば必ず勝てると考えたはずだ。「迷うな。表ソフトは我々が捨てたラバーじゃないか」という中国指導陣の声が聞こえてくるような戦術だった。

中国側のもうひとつの恐るべき戦略は、ドライブの回転量の変化だ。全身を使って回転をかけるふりをしながら、わずかに手首の動きを抑えて回転の少ないドライブを打つ、いわゆる「ナックルドライブ」を連発していたのだ。思えば混合ダブルスの決勝でも伊藤は相手のドライブを不思議なほどネットにかけていた。私はそれを中国選手が緊張で回転量が落ちたかまたは伊藤が相手の回転量をかいかぶりすぎた結果だと考えていたが、今回、孫との試合を見ながら「もしかしてわざとやってる?」と疑念が膨らんで行き、第4ゲームの4-8での伊藤のミスを見て確信し血の気が引いた。フォームからはまったくわからないが、それ以外には伊藤があれほど多くのボールをネットの中腹以下に当てるミスをする理由が考えられない。

そこまで中国を芯から本気にさせた伊藤美誠。勝負の借りは勝負でしか返せない。団体戦に向けてあらたな戦略を練っているはずだ。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、一般企業にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、執筆、講演活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。NHK、日本テレビ、TBS等メディア出演多数。

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