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将棋棋士の「複合型トレーニング」が思わぬ効果

古作登大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員
順位戦でB級2組昇級を決めたばかりの青嶋未来六段(筆者撮影)

 テニスやゴルフといった筋肉や骨を主に使うスポーツでは近年競技種目の練習以外にメンタルトレーニングを取り入れるなど複合的なアプローチがなされているが、昨年あたりから将棋棋士の間で将棋とスポーツを組み合わせ「総合的な棋力」を向上させようという試みが徐々に広まっている。

 今期順位戦C級1組を9勝1敗の成績で終え、来期B級2組昇級を決めたばかりの青嶋未来六段(28)もその一人だ。筆者はC級1組最終戦の対局3日後、トレーニング会場の東京都港区「ドリームアカデミア」に伺い、鍛錬に励む青嶋六段を取材した。

運動をしながら将棋の問題に取り組む

 青嶋六段はチェスも2019年、22年と2度も全日本チャンピオンになるなど多才な棋士として知られる。

 トレーニングは最初に担当トレーナーが体調を聞き、適切な強度でストレッチから腹筋、背筋など軽めの運動で体をほぐす。続いてウェイトを用いてのサーキットトレーニングで心拍数を上げ、コンディションが整ったあと脳科学者のアドバイスに基づき将棋担当コーチの作成した問題に挑む「デュアルタスクトレーニング」が始まる。

 青嶋六段がローイングマシン(舟をこぐ動きでトレーニングする器具)に座って準備が整うと、トレーナーがパソコンのモニターに将棋の盤面を提示し最初にそれを記憶する。次いでローイングマシンで運動しながらモニターに映し出された詰め将棋を制限時間内に解く。そのあと冒頭に提示した盤面の駒の配置に関するさまざまな質問が提示され、それをクリアすると再び詰め将棋といった流れでこれを数セット繰り返す。

 運動をしながら詰め手順を読んだり盤面の駒の位置関係を思い出したりするので、青嶋六段の棋力を持ってしても全問正解は難しい。公式戦の終盤において気力体力ギリギリの状況でのパフォーマンス向上を図る、プロ向けのトレーニングといえるだろう。

 トレーニングを終えた直後の青嶋六段に動機と効果について聞いてみた。

 「始めたのは1年ほど前です。私は体力がなく、対局に役立つ体作りを頑張りたいというつもりで始めました。続けていくうちに自分でもわかるくらいに筋力、体力がつき将棋にプラスになったかもしれません。アドバイスに基づき家でもトレーニングは続けています。長時間の対局の終盤では体力がないとマイナスになるというのは実感していますし、1年間継続して結果を出せたことは良かったです」。

 担当トレーナーの廣田未希さん(ヨガインストラクター)は「始めた頃と比べると青嶋六段の体力、筋力、心肺能力は明らかに向上しました。なにより姿勢が良くなり、対局にプラスになったのではと思います」と効果について語ってくれた。

 同様のトレーニングは個別にメニューをアレンジして今期順位戦でA級昇級を決めたばかりの中村太地八段(34)、王位戦リーグ入りを果たした岡部怜央四段(23)らも導入し、結果を残している。

 これからプロ棋士の間でこうした多角的な「対局力向上」の取り組みが流行するかもしれない。

大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員

1963年生まれ。東京都出身。早稲田大学教育学部教育学科教育心理学専修卒業。1982年大学生の時に日本将棋連盟新進棋士奨励会に1級で入会、同期に羽生善治、森内俊之ら。三段まで進み、退会後毎日コミュニケーションズ(現・マイナビ)に入社、1996年~2002年「週刊将棋」編集長。のち囲碁書籍編集長、ネット事業課長を経て退職。NHK・BS2「囲碁・将棋ウィークリー」司会(1996年~1998年)。2008年から大阪商業大学アミューズメント産業研究所で囲碁・将棋を中心とした頭脳スポーツ、遊戯史研究に従事。大阪商業大学公共学部助教(2018年~)。趣味は将棋、囲碁、テニス、ゴルフ、スキューバダイビング。

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