英エコノミストのアジア戦略、そのソーシャルメディアの手法とは
(「新聞研究」3月号に掲載された筆者原稿に補足しました。)
日本経済新聞社の傘下に入った英国の高級経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)。FTはデジタル化を成功裏に進めた、グローバルなリーチを持つ媒体だが、英国にはもう1つ、「デジタル化」、「グローバル化」で群を抜く媒体がある。ニュース週刊誌エコノミストだ。
エコノミストの電子版のみと紙版を合わせた購読者は約155万。拡大のけん引役は電子版だった。読者の大部分が英国外に在住する。
エコノミストは、昨年春から英語と中国語による新サービス「エコノミストのグローバル・ビジネス・レビュー」(the Economist Global Busines Review, GBR)を展開し、今年1月からは日本発のメッセージアプリLINEにアカウントを設け、チャートや動画を提供するようになった。
米サイト「ニーマン・ラボ」に掲載された記事を中心に、エコノミストのアジア戦略を見て、その後にソーシャルメディア戦略についての記事も紹介したい。
中国語、英語どちらでも読めるGBR
中国語、英語のどちらでも記事が読めるアプリGBRは、エコノミストの171年の歴史の中で初めての2か国語サービスだ。
これまで長年にわたり、外国語版を作る案は構想されてきたが、「コストがかかりすぎる、実用的ではない」という理由で却下されてきたという(エコノミスト誌のデジタル・エディター、トム・スタンデージ氏、サイト「PRニュースワイヤー」、2015年4月7日付)。テクノロジーの発展で電子版での2か国語サービスが容易に実現できるようになった。真っ先に取り上げたのが中国語だった。
スマートフォンやタブレットでアプリをダウンロードすると、月の最初に10本の記事が配信される。その後は平日に1本配信され、合計で月30本ほどの配信となる。
記事は1年間保存されるので、オフラインでの閲読に便利だ。英語版か中国語版かに簡単な操作で変更できるほかに、段落でダブル・クリックすると、その部分の翻訳が読める。料金は月ぎめでは5・49ポンド(1ポンド=159円計算で873円)。年間購読では49・99ポンドだ。支払いはアイチューンズを使って行う。
ニーマン・ラボの記事(2015年4月7日)によれば、エコノミストの購読者の内訳は数が大きい順から北米(876,420)、欧州大陸(248,415)、英国(223,915)、アジア(152,282)、中東及びアフリカ(26,921)、ラテンアメリカ(19,371)となった。
GBRの想定読者の居住地は主として中国、香港、台湾、マレーシア、シンガポールなど。この地域でのエコノミストの購読部数はそれほど大きくはない―中国は8,000(その64%が電子版のみ)、香港とシンガポールがともに11,000だ。エコノミストの記事が非公式に中国語に翻訳され、ソーシャルメディアで目にすることが多いというスタンデージ氏は「需要はある」と強気だ。
有料サ―ビスのGBRは、広告収入からの脱却を目指すエコノミストの戦略にも合致する。総収入の中で読者からの購読収入の割合は、2014年で55%。2015年には60%に達したと予想されている。
グローバルな展開には多言語で
英語は最も有力な国際語だが、世界的にリーチを拡大させることを狙う英語メディアはほかの言語でのサービスも行っている。
米ウオール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は英語以外に中国語、日本語、スペイン語、ポルトガル語、インドネシア語、韓国語で電子版を展開している。日経傘下のFTも中国語の電子版がある。英BBCのニュースサイトは日本語、アラビア語、ペルシャ語などを含む28言語で閲読できる。
エコノミスト誌の編集幹部らによると、エコノミストとしては特定の地域を対象にしたサービスを想定するというよりも、「世界中に散在する読者」に向けてコンテンツを作っている。国際情勢に関心がある知識層がエコノミストの読者になるからだ。
今年1月末、エコノミストは日本発メッセージ・アプリLINEにアカウントを設けてサービスを開始する、と発表した。同様のサービスとしては利用者がはるかに多いWhatsAppあるいはFacebook MessengerよりもLINEを選んだ理由はエコノミストがFacebookやTwitterを通じてつながっている読者とLINEの読者とが「互いを補完する関係になるから」とスタンデージ氏は言う(ニーマン・ラボ、今年1月28日付)。
LINEは2015年末で2億1500万人の利用者を持つ。その67%が日本、台湾、タイ、インドネシア在住者だ。LINEの専用ステッカー、関連書籍、ゲーム、広告などの販売によって約1200億円の収入を上げた(2015年)ことも魅力だったのかもしれない。
LINEにはほかにWSJ,BBC,TechCrunch, Mashableなどもアカウントを作っている。エコノミストではチャートのほかに写真、名言、動画などを出してゆく。
「どのプラットフォームにどのようなコンテンツをどう出してゆくか、人材や費用のリソースをどのように割り当てるかに頭を悩ませている」とスタンデージ氏は語っている。
ソーシャルメディア戦略とは?
経済や世界情勢について難しいことばかり書いているような、お堅い雑誌のようにも思えるエコノミストだが、実は世界中に3500万人のフォロワーを持つ、ソーシャルメディアでは大きな位置を占める存在でもある。
なぜそんなことが可能になったのか?面白おかしい話が分かりやすく書かれているわけでもないエコノミストのソーシャル戦略について、英国の新聞業界サイト、プレスガゼットが取材している。
今年3月29日付の記事を紹介してみたい。
3500万人のフォロワーと言うのだが、そのうちわけは
-ツイッターのフォロワーが1570万人
-フェイスブックの「いいね」が750万
-グーグルプラスが1010万人
-リンクトインのメンバーが140万人
-インスタグラムのフォロワーが39万人
-タンブラーのフォロワーが21万8000人
-ユーチューブの購読者が14万2000人
だという。
これだけ広がった理由について、エコノミストの副編集長トム・スタンデージ氏はまず、「それぞれのプラットフォームがグローバルにサービスを展開しており、エコノミストのコンテンツもグローバルな視点で書かれているからだ」と説明する。
英国の新聞だったら、英国で起きていることが報道の中心となる。しかし、エコノミストは世界中をカバーする。そこで、グローバルなプラットフォームではこれが利点になるという。
また、米テレビアニメ「シンプソンズ」の中で使われたことから、エコノミストのことが広く知られたという。番組の中で登場人物がエコノミストを手にしており、エコノミストを読むほど利口であるという文脈で使われた。そこで、エコノミストのコンテンツをシェアすれば、自分が物知りであることがアピールできることがプラスに働いたという。
エコノミストの中にはソーシャルメディアの専門チームがいて、どのプラットフォームにどんな見出しでいつ出すかなどを研究し尽くしている。どれぐらいの文章を入れるのか、どんな反応があったのかを細かく分析する。
コンテンツそのものが簡潔な文章で書かれ、分析力があり、必ずユーモアが入っていることもソーシャルメディアと相性がいいのだそうだ。
検索エンジンでエコノミストの記事を見つけた人よりも、ソーシャルメディアからやってきた人の方が再度やってくる可能性が高い。この点でもソーシャルメディアに力を入れている。
将来はメッセージングアプリが最も有力になると見ており、この記事の中でも、スタンデージ氏は特にLINEの可能性を高く評価している。