Yahoo!ニュース

【広島県尾道市】流れついた街・尾道で見つけた、毎日「古本を売る」という幸せ/古本屋 弐拾dB

イソナガアキコフリーライター
撮影 藤本遥己

「古い」と「新しい」が混じり合う町で

昔ながらの老舗と新しい店が混在する尾道本通り商店街/筆者撮影
昔ながらの老舗と新しい店が混在する尾道本通り商店街/筆者撮影

古い神社仏閣や昭和の街並みが残る日本遺産のまち、尾道(おのみち)。商店街や路地を歩いていると、レトロな佇まいの建物で若者が個人商店を営む姿をときどき見かける。

尾道は若い移住者が多い町だと言われるが、それは2007年に設立された尾道空き家再生プロジェクトの活動と無関係ではないかもしれない。また、古くから港町として栄えたため、異文化を受け入れてきた寛容な風土があるといわれる。そんな尾道にシンパシーを感じる若者も少なくないのだろう。足を踏み入れとどまらず去ってゆく者もいれば、定住して何かを始める者も多くいる。

尾道で2つの古本屋を営む藤井基二さん/撮影 藤本遥己
尾道で2つの古本屋を営む藤井基二さん/撮影 藤本遥己

尾道で「古本屋 弐拾dB(にじゅう・でしべる)」を営む藤井基二(ふじい・もとつぐ)さんも、縁あって尾道で暮らすようになった若者の一人だ。

藤井さんは尾道市の隣町、福山市の出身。京都の私立大学の文学部に進学し、卒業後もそのまま京都で暮らそうと考えていたが、卒業間近に精神的に辛いことが重なり、福山の実家に帰った。

ある日、実家で何気なく見ていたSNSで、尾道にあるゲストハウスのアルバイトをみつける。そのゲストハウスは、尾道空き家再生プロジェクトが若者でも泊まりやすい低価格帯の宿をつくろうと、古い町屋を再生した「あなごのねどこ」というゲストハウスだった。

尾道空き家再生プロジェクトの活動について、高校生の頃からなんとなく知っていた藤井さんは、直感的に「この街なら僕を受け入れてくれる」そう思った。すぐに「あなごのねどこ」に連絡をとり、アルバイトとして働き始めることにした。

運命の建物と出合う

「古本屋 弐拾dB」がある元医院だった建物。二階がシェアハウス/撮影 藤本遥己
「古本屋 弐拾dB」がある元医院だった建物。二階がシェアハウス/撮影 藤本遥己

実家のある福山から尾道まで電車で20分、片道420円かけて通ったが交通費が支給されるわけでもなく、懐は寂しかった。ゆくゆくは移住も考えながら(藤井さんは「移住というより引っ越し」と言う)物件を探したが、条件に合う物件がなかなか見つけられずにいた。そんな中、出合ったのが現在古本屋を営んでいる建物だ。

それは尾道空き家再生プロジェクトがシェアハウスとして再生した、築50年は経とうかという泌尿器科の元医院。移住者の受け皿にもなっており、「あなごのねどこ」のスタッフも何人か暮らしていた。

二階の住居スペースはあいにく満室だったが、ふと一階の診察室が藤井さんの目に入る。昭和の趣を残す空間は、埃をかぶり物置状態となっていた。その一階の診察室に隣接して、二畳分ほどの窓のない部屋があり、そこなら住んでもいいという。住人からは「お仕置き部屋」と呼ばれ、それこそ物置部屋らしかったが、一階の診察室も合わせて格安でいいと言われ、心が揺れた。

ちょうど同じタイミングで、同年代が営む珈琲屋の店主に「藤井くんは何かしないの?」と声をかけられた。尾道には空き家を安く借りて、店や自分のスペースを始める若者が多く、なにかと「何かしないの」と聞いたり聞かれたりする雰囲気があった。

その問いに「するなら古本屋かな」と答えた。大きな決心というわけでもなく「とりあえず古本屋でもやってみるか」というくらいの覚悟だった。まもなく2畳あまりの「お仕置き部屋」に移り住み、1階の元診察室のスペースで古本屋の開店準備を始めた。藤井さんの人生が、ゆっくり動き始めた。

23歳で古本屋店主になる

 営業時間は深夜の23時から翌27時まで/撮影 藤本遥己
 営業時間は深夜の23時から翌27時まで/撮影 藤本遥己

準備を始めると、シェアハウスの仲間や友人がふらりとやってきては手伝ってくれた。たまたま電気工事の資格を持っているからとブレーカーをチェックしてくれたり、どこで聞きつけたのか「この棚、使う?」と要らなくなった什器を持ってくる人もいた。

「尾道ってコミュニティが狭いからなのか、誰かが『したい』『やる』って動き始めたら、それを面白がるように、自然と人が集まってくる。それはどう表現したらいいかわからないけど、尾道特有のテンションかなあと思う」

こうして2016年4月、半年の準備期間を経て「古本屋 弐拾dB」はオープンした。深夜に店を開けることにしたのは開業後も「あなごのねどこ」でアルバイトを続けていたためだったが、尾道に移住した若者が元医院の建物で深夜に営業する古本屋は注目を集め、メディアなどで取り上げられるようになった。

2年3年と年を重ねると客足も少しずつ増え、売り上げも安定していった。今も店を訪れたお客さんから「食っていけるのか?」と心配されることがあるが、食べていくくらいの稼ぎは確保できるようになったという。

「古書分室ミリバール」が入居する三軒家アパートメント/撮影 藤本遥己
「古書分室ミリバール」が入居する三軒家アパートメント/撮影 藤本遥己

2020年8月に、同じく尾道空き家再生プロジェクトの再生物件である「三軒家アパートメント」の中に、午後12時〜18時まで営業する「古書分室ミリバール」をオープン。現在は、昼も夜も自らが営む古本屋の帳場に立つ。睡眠時間が3〜4時間しかとれない日もあるが、今は古本屋という仕事が楽しくて、「これしかない」と思えるのだという。

店を訪れる客層は老若男女、町に暮らす常連客から観光客までと実に幅広い。

「一日一日が全然違う。常連さんと世間話や雑談をするときもあれば、観光客の人生相談を聞いていることもある。1日の中でドキュメンタリーみたいな時間帯もあれば、ずっとバラエティーみたいなときもある」

レトロな店構えから「ここって何屋さんなんですか?」と言いながら入ってくる客もいるという。

「うちを古本屋だと知らずに入ってきた人が話しているうちに本を買ってくれることもある。『本を求めず訪れた客が本を買っていく。それってすごいことじゃないか』ってある人に言われて、ああ、確かにすごいことだなって(笑)」

街に支えられ、街の店になる

店内の帳場が藤井さんの定位置/撮影 藤本遥己
店内の帳場が藤井さんの定位置/撮影 藤本遥己

藤井さんがいつも鎮座する店の帳場には、お客さんから差し入れられたワンカップの瓶がインテリアのように並んでいる。他にもビールや和菓子、旅の土産などをもらうこともある。差し入れが並ぶ帳場を前に「まるで仏壇みたいだ」と藤井さんらしい表現で感謝する。

お客さんとの日々のやりとりを振り返りながら「この店はお客さんと一緒につくっている」と藤井さん。新型コロナ感染症拡大による緊急事態宣言の影響で県外からの客足が遠のいたときは、町に暮らす常連さんが足繁く通ってくれた。そのとき感じた有り難さは一生忘れることはない。

筆者撮影
筆者撮影

8年前、内定した就職先を辞退し、行くあてもなく実家に戻った。藤井さんの言葉によればあのときは「社会人になることから逃げた」のだという。けれど、「この街でなら何かできる」と、尾道に向かった。やっと見つけた居場所で、藤井さんの人生は動き始めた。

店で話を聞いている間にもお客さんが一人、二人と木製の玄関をくぐって入ってくる。「いらっしゃませ」とお客さんを迎え入れる顔は、もうすっかり町の古本屋店主の顔だった。

古本屋 弐拾dB

住所/〒722-0045 広島県尾道市久保2-3-3

営業時間 /平日23:00-27:00 、土日11:00-19:00.

定休日/木曜日

弐拾dB通信販売所

twitter @1924dada

Instagram @mototugufujii

フリーライター

約10年のWEBディレクター業ののち、2014年よりフリーライターへ。瀬戸内エリアを中心にユニークな人・スポットの取材を続ける。本・本屋好きが高じて2019年、本と本屋と人のあいだをつくる「あいだproject」を主宰。ブックイベントの企画・運営にも関わる。

イソナガアキコの最近の記事