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やめたくてもやめられない!? 認知症患者と家族を苦しめる成年後見制度の闇(その1)

イソナガアキコフリーライター
(写真:イメージマート)

 いよいよ総人口の29.0%が65歳以上という超高齢化社会に突入する日本。2025年には高齢者の5人に1人が認知症を発症しているという推計もある。さまざまな対策が講じられるなか、その一つに認知症患者の生活や財産を守ることを目的に制定された「成年後見制度」がある。

 しかしこの制度を利用している知人から「私たちを守るどころか、この制度に苦しめられている」「今すぐやめたい」という話を聞いた。成年後見制度がなぜ当事者たちを苦しめるのか。制度の利用者の声に耳を傾けながら、問題点がどこにあるのか探ってみた。

「成年後見制度」はどんな制度? 

 そもそも成年後見制度とはどんな制度なのか。厚生労働省が運営するwebサイト「成年後見はやわかり」にはこう説明されている。

知的障害・精神障害・認知症などによってひとりで決めることに不安や心配のある人が、いろいろな契約や手続をする際にお手伝いする制度です。
引用;成年後見はやわかり


 「いろいろな契約や手続」とは、主には不動産の処分や相続に関わることなどを指す。「成年後見制度」には、ざっくり分類すると、判断能力が十分なうちにあらかじめ後見人となってくれる人を選任する「任意後見制度」と、ひとりで決めることが心配になったとき、家庭裁判所が成年後見人等を選任する「法定後見制度」の2種類ある。

 前者の「任意後見制度」は本人の判断能力が十分であることが条件であるため、認知症と診断された場合、ほとんどが「法定後見制度」を利用することになる。実際、令和5年10月現在の広島県内の利用者数を見てみると、5,728人の利用者のうち、「任意後見制度」の利用者が59人、「法定後見制度」の利用者が5,669人(広島家庭裁判所調べ)と、その利用者数の差は歴然だ。

制度利用のきっかけは夫名義の不動産売却

 2023年から「法定後見制度」を利用しているKさん(広島県在住)に話を聞いた。Kさんがこの制度を利用することになったきっかけは、若年性アルツハイマーと診断された夫名義の不動産を売却しようとしたことだった。開業医だったKさんの夫は、今から4年前の2020年に65歳で若年性認知症と診断された。医者を続けたいと懇願したが「何か起きてからでは遅い」とKさんは夫を説得し、病院を閉院した。

 

 現在、その夫は要介護5となり、医師であったことも覚えていない。計算はもちろん、1から10までの数字を書くことすらできなくなった。もちろん、医師だったことももう覚えていない。
 Kさんが閉業した病院の土地と建物を売却しようとした一番の理由は、いつまで続くかわからない介護費用の足しにしたい思いだった。Kさんは夫を自宅で介護しつつ仕事を続けており、県外への出張もあるため、デイサービスとショートステイも多く利用しており、介護費用もかさんでいた。
 

 不動産屋に連絡すると、病院は夫名義であり、その夫が認知症と診断されているため、Kさんの意思では売却はできないといわれた。そこで懇意にしていた銀行員に相談したところ「成年後見制度」を紹介された。その際、銀行員は「よくない話も聞くから、注意しないといけませんよ」と付け加えた。しかし当時のKさんには、その忠告の深刻度を理解できなかった。そして「成年後見制度」について、面識のあった弁護士に相談することにした。それがKさんの悪夢の始まりだった。

後見人を選ぶのは家庭裁判所。自分が選ばれるとは限らない

 Kさんは弁護士に、「病院を売るために自分が夫の後見人になる必要があること」、「その申し立ての手続きをお願いしたい」と相談した。弁護士は早速、申し立てに必要な手続きを始めた。

 その時点でKさんの認識は、自分が後見人となるための申し立てを弁護士に代行してもらおうというものだった。言われるままに書類を揃えて弁護士に渡した。そして家庭裁判所に行く日が決まり、弁護士と家庭裁判所に向かった。

 20数分のビデオを弁護士とともに視聴した後、Kさんだけ書記官に呼ばれた。「今月の電気代はおいくらでしたか?」が最初の質問だった。それ以外も、食費や家計のことを細かく聞かれた。家計簿などつけたことがなかったため細かい数字は即答できなかったが、ただ後見人の暮らし全般を把握しようとしているだけだろうと思い、特に気にしなかった。

 Kさんが、自分が後見人になれなかったことを知ったのは、その数日後、弁護士に呼ばれ、1枚のクレジットカードを渡された時だった。そのカードを見ると、夫の名前に続けて「セイネンコウケンニン〇〇(弁護士の名前)」と書かれていた。

 「どういうこと?」と尋ねると、「これからは私が〇〇さん(Kさんの夫)の資産をしっかり管理して守ります」とだけ答えた。そこでやっと事態を把握したKさんは思わず「夫の資産を管理するのは妻の私です」と言ったが、弁護士は何も答えなかった。
 

 調べてみると、制度が発足した当初は、本人の親族が後見人に選任されることがほとんどだったが、最近では8割以上を専門職(特に司法書士と弁護士)が占めるという。その理由は、制度発足後、親族後見人による横領事件が多発し、横領防止のためということのようだ。

 また法務省や厚生労働省、裁判所のwebサイトを見ると、成年後見制度の利用の目的が不動産の売却である場合、後見人には専門職が選ばれることがほとんどらしい。

家庭裁判所では,申立書に記載された成年後見人等候補者が適任であるかどうかを審理します。その結果,候補者が選任されない場合があります。被後見人が必要とする支援の内容などによっては,候補者以外の方(弁護士,司法書士,社会福祉士等の専門職や法律または福祉に関する法人など)を成年後見人に選任することがあります。(成年後見制度Q&Aより

 しかしインターネット環境に不慣れなKさんは、そうした情報に辿り着くことができなかった。面識のある弁護士を頼ったのは、こちらの事情も十分理解してくれているという期待もあったからだという。しかし事情を汲んでくれるどころか、自分が後見人になれない可能性が大きいことについての説明も一切なかったという。

 もちろん、Kさんから積極的に聞くべきだったかもしれない。

 「でも弁護士ってやたらと強いのよ。法のもと、私たちは正しいことをしているという強さには敵わないのよね」

後見人による監視生活。募る不快感

 制度が適用されて以来、Kさんは夫の介護費用と日々の生活に必要なお金を、弁護士の名前が書かれたクレジットカードが紐づけられた口座から引き落とすことになった。「クレジットの名義を見るたびに憂鬱な気分になる」とKさんはため息をつく。

 また買い物のレシートは全て保管し、弁護士に毎月提出することを義務付けられた。被後見人であるKさんの夫の資産を管理するという名目のもと、後見人である弁護士による監視が始まったのだ。

 運の悪いことに、Kさんはこの制度の利用を始める直前に、自身が立ち上げた有限会社を廃止し精算したことによって得たお金を、夫名義の口座に移したばかりだった。Kさんは、弁護士に事情を説明して、自分の口座から移した分だけでも戻してほしいと懇願したが、それも叶わなかった。

「成年後見制度を使うと口座が凍結される可能性があることを最初に教えてくれていれば、夫の口座に自分のお金を移したりしなかったのに」とKさんは悔やむ。

 そもそもKさんが成年後見制度を利用したのは、不動産を売却するためで、資産を管理してくれとは頼んだつもりはない。月々の出費額が最初に決めた金額以内であっても、いつもより出費が多いと「老夫婦二人の生活にこんなにお金が必要ですか?」と弁護士のチェックが入る。「家計を他人に監視されるのが不快でたまらない」とKさんは憤る。  

 しかし、悪夢はそれだけではなかった。本来の目的であった不動産の売却において、弁護士への不信感をさらに深めることになる。

(つづく)

続きは
「やめたくてもやめられない!? 認知症患者と家族を苦しめる成年後見制度の闇(その2)」

【参考文献】

1. 内閣府 平成29年版高齢社会白書(概要版)「認知症高齢者数の推計」

2. 厚生労働省 成年後見はやわかり

3. 裁判所 成年後見関係事件の概況―令和4年1月~12月―

フリーライター

約10年のWEBディレクター業ののち、2014年よりフリーライターへ。瀬戸内エリアを中心にユニークな人・スポットの取材を続ける。本・本屋好きが高じて2019年、本と本屋と人のあいだをつくる「あいだproject」を主宰。ブックイベントの企画・運営にも関わる。

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