やめたくてもやめられない!? 認知症患者と家族を苦しめる成年後見制度の闇(その2)
奪われ続ける被後見人とその家族の尊厳
ある日、Kさんが例の口座からお金を引き出そうとすると、残高が増えていた。不審に思い、弁護士に電話すると「病院の売却が完了したのでそのお金を振り込みました」といわれた。Kさんはその時、初めて病院が売れたことを知った。
いくらで売りに出していたのか、どんな経緯で、いつ誰と契約が成立したのか。売却が完了するまでKさんには何の相談も説明も報告もなかった。制度的に見れば、弁護士は「Kさんの夫」の後見人だ。後見人には被後見人の財産に関して全面的な「代理権」が与えられている。だから、Kさんの許可は必要ないし、Kさんに対する説明義務はないということなのだろう。
また後見人には、報酬を支払うことになっているが(親族が後見人となった場合は原則無償)、基本報酬に加え今回の不動産売却において、後見人である弁護士に付加報酬がいくら支払われたのか、内訳の報告もないという。
「聞けばわかるのかもしれない。でもそうする気力さえ奪われてしまうほど、自尊心を傷つけられている。大事にしてきた病院を知らない間に二束三文で売られてしまった。情けない話よ」Kさんが負った心の傷は大きい。
最大の問題点は、目的を果たしてもやめられないこと
今のKさんにとって願いはただ一つ。成年後見制度の利用をやめたい。それだけだ。しかし、現行の制度ではそれすら叶わない。
成年後見制度の利用を停止できるのは、「後見の原因が消滅し、家庭裁判所が後見開始の審判を取り消した場合のみ」。つまりそれは、被後見人が死亡するまで続くということを意味する。
不動産の処分という当初の目的を果たした今、Kさんにとって成年後見制度を利用することはデメリットはあっても、メリットは何一つない。しかし、制度の利用を止める方法は今のところない。
今回、Kさんの話から見えた成年後見制度の問題点は5つあると考える。
- 家族は後見人に選ばれないことが多い(80%以上が専門職後見人)※1
- 後見人が財産を管理することにより、家族は柔軟な財産管理ができなくなる
- 被後見人が亡くなるまで制度の利用を停止できない
- 後見人を原則解任(交代)できない
- 弁護士など専門家が後見人になると月々の報酬が発生する
※1 参照:成年後見関係事件の概況 ―令和4年1月~12月―
この取材においてはKさんの話の聞き取りだけで弁護士の言い分は聞けていない。確認できた事実のみを記事にすることを心がけたつもりだが多少のバイアスが発生している可能性は否めない。しかしそれを考慮しても、この制度は被後見人およびその介護を担う家族の人権があまりにないがしろにされていると感じる。
成年後見制度が制定されたのは2000年。それから20年以上が経過し、その間、日本の高齢化は加速度的に進み、認知症患者の数は増え続けているにもかかわらず、制度の利用者数は伸び悩んでいることは、その表れの一つと言えるだろう。
しかし、ここにきてやっと法改正の動きも出てきたようだ。
2026年度までの民法などの関連法の改正を目指し、今年(2024年)4月9日、法制審議会(法相の諮問機関)の民法部会が、成年後見制度の見直しの議論を開始した。後見人が全て決定するのでなく、本人の判断能力に応じて後見人の「代理権」を制限する案や、必要な時にだけ後見人の利用を可能にする制度の導入が検討されるという。「本人の判断能力に応じて」という枕詞が気になるが、ぜひとも本人と介護を担う家族の要望に寄り添う、思い切った改正を決断してほしい。
そして私たちが将来の備えとしてすべきことは、自身や家族の財産管理にどんなリスクがあり、そのために利用できる制度や方法を把握しておくことだ。「なってからでは遅い」と、どの経験者も口を揃えて言う。
老後や財産の話というのは家族間でもなかなか口にしにくい。かくいう私にとっても耳が痛い話だ。だからこそ、その時が来て慌てないよう、選択肢を一つでも多く持っておくべきだろう。備えあれば憂いなし、であることを願って。
【参考文献】
1. 内閣府 平成29年版高齢社会白書(概要版)「認知症高齢者数の推計」
2. 厚生労働省 成年後見はやわかり
3. 裁判所 成年後見関係事件の概況―令和4年1月~12月―