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A代表初選出の中村航輔を生み出した、「ハリル監督が何を言おうがブレない」柏レイソルのGK育成戦略

小澤一郎サッカージャーナリスト
A代表初選出で俄然注目が集まる柏レイソルのGK中村航輔(写真:アフロスポーツ)

13日にW杯アジア最終予選のイラク戦を控える日本代表に初選出された柏レイソルのGK中村航輔には今、代表定着だけに留まらない期待を寄せている。

14節を終えた時点でJ1暫定首位を走る柏レイソルの好調と堅守を支える中村は、周知の通りジュニア年代からの生え抜き選手だ。ジュニアユースから常に年代別日本代表のゴールマウスを守り、昨年のリオデジャネイロ五輪にも出場している。

そのキャリアからして今回のA代表初選出は順当であり、「満を持して」という表現が相応しい。個人的には翌年に迫ったロシアW杯のゴールマウスを守っている可能性も“ある”と見ている。

■中村の台頭を「日本人GKの育成」への起爆剤に

また、韓国人を筆頭に外国人GKの活躍が目立つJリーグにおいて、22歳の中村のような若手日本人GKの台頭はA代表のみならず日本サッカー界としての課題である「日本人GKの育成」おいても起爆剤となりえるポジティブな要素だ。

J1の5クラブに6人もの韓国人GKが在籍するなど、今のJリーグでは外国人GKの活躍が目立つ。しかし、彼らのパフォーマンスを細かく見ていくと、サイズや身体能力以外の優位性が見えてこない選手が一定数いるのも事実だ。

身長の高さ、ボールへのアタックスピードなどのフィジカルアドバンテージありきのGK、簡単に言うと「派手なシュートセーブとオンのプレーのみが目立つGK」が多く、見た目には止めているので何となく「外国人GKは優秀」というイメージが蔓延している。

特にJ1の舞台において、外国人GKにとって代わる日本人GKが「いない」というのも厳然たる事実ではある。ただ、個人的にはJクラブが目に留まりやすいサイズ、身体能力ありきでGKのスカウティングを行い、外国人GKの獲得と引き換えに結果として中学、高校の6年をかけて行われているアカデミー内でのGK育成をトップチームに繋げる戦略的取り組みにまで持っていくことができていないと感じる。

こうした現状に追い打ちをかけかねない発言が、日本代表のハリルホジッチ監督から飛び出した。

昨秋の日本代表GK候補合宿で同監督は代表GKの基準について「身長190センチ以上」という具体的数字を出してサイズを強調した。世界と対峙するA代表指揮官という立場からすれば至極当然の見解かもしれないが、日本のA代表監督の一挙手一投足は他国以上に世間的に大きな関心を集め、育成年代の指導やJクラブの強化方針にも少なくない影響を及ぼす。

すでにJクラブは以前から、ジュニアユースのセレクション時に親の身長や選手の骨年齢までもを調べた上で、GKを獲得している。GK育成において低年齢から高身長が望める選手をピックアップし、そうしたGKに技術、戦術を教えることは重要な戦略だ。しかし、日本から190センチ以上のGKが次々と輩出されるかというと現時点では不可能だ。

選手の努力、クラブの戦略だけでは解決できない要素ついてはもう少し慎重な発言を代表監督には要求したいところだが、そうした現状の中で確固たる哲学と一貫性あるメソッドで日本人GKの育成にきちんと向き合ってきたのが柏レイソルというクラブなのだ。

■中村航輔は「偶然の産物」ではない

中村航輔は柏のGK育成から出た「偶然の産物」ではなく、GKコーチを中心に柏というクラブが意図して育て上げた「プロダクト(GK)」だ。

2007年から柏のアカデミー、2015年からはトップチームでGKコーチを務めるなど、柏のGK育成のキーマンでもある松本拓也GKコーチに話しを聞いたのは3月にまでさかのぼる。(※17年3月10日、J1 第3節 川崎対柏戦後)

しかし、その当時から松本GKコーチは、「Jでプレーする韓国人GKがそこまで優秀かというと、私はそうは思いません。来たボールを止めるだけのGKであれば日本でも育成できますし、例えば賢くて、90分間常にいいポジションを取るようなGKは日本だからこそ育成できると思います」と語っている。

自身もドイツでGKとしてプレー経験があり、今季開幕前のオフシーズンにもGKの育成大国でもあるドイツで欧州トップレベルのGKやトップクラブのGK育成を視察してきた松本GKコーチは、大型化以上に戦術レベルの向上が著しい欧州のGKのトレンドについて次のように分析する。

「まずはジャッジが早くなっています。私が視察をしてきた話を総括すると、ドイツではDFラインの背後はGKが守る状況になっていて、ある意味でGKがスイーパーとしての役割を担っています。

そのため、DFライン背後のスペースをGKが守ろうとして相手FWに入れ替わられ、失点するのは『仕方ない』と考えられています。ドイツのみならず欧州ではGKのポジショニングが高くなっていますが、実際私がオフにドイツで見た試合ではこんなことが起こっていました。

GKは高い位置を取っているのですが、DFとGKの間にボールを入れられそうになる直前にバックステップを入れて、一度ポジションを下げてしまいました。すると、(ポジションが)下がっている間にボールが入って来ることになりますので、そのGKは『どうしよう』と迷ってジャッジが遅れてしまい、その間に失点してしまいました。

でも、ドイツでは『それは仕方がない』と言われているようです。

そうした中でも、ドイツ代表のマヌエル・ノイアー(バイエルン・ミュンヘン)はもっと先をいっています。ノイアーのポジションも当然ながら90分を通して高いのですが、平均レベルのGKが『危ない』と感じる1、2手先にすでにポジションを下げていて、『危ない』と思った時にはすでに前に出ています。テレビの映像でノイアーが前に出て来る時には凄いスピードが出ていると思いますが、出てこない時には画面にも出てきません。

他のGKはポジションを下げながらジャッジをするので、そういう時にはジャッジが遅れてしまいます。ノイアーはそうしたGKよりも平均で2手ほど先読みをしている、素早くジャッジをしているので、ポジションの上げ下げが非常にスピーディーに行なわれています。

前回のドイツ視察でそういう現象を見聞きし、日本人GKもそういうことを細かくトレーニングしていけば『チャンスはあるな』と感じました。結局、ドイツでもノイアーはできていますが、それ以外のGKはできてないわけですから。

ノイアーのように数手先の段階で、後ろにポジションを取っておけば、パスが出る瞬間には前を狙えるわけです。オフの準備で言うと、バルセロナのテア・シュテーゲンもいいですが、私は戦術理解度が高く、ジャッジの早いGKを日本で育成することは可能だと考えています」

■まずは「フットボーラーとしてのセンス」を見る

育成年代から中村航輔を指導してきた松本GKからすると「トップに昇格して雑になった部分はある」とのことだが、「それでもオフの部分へのこだわり、賢さ、相手がどこにいるのか、どういうボールの持ち方をするかで、細かくポジション修正することは良くできています」と評価する。

今の一般的な中村航輔の評価は、毎試合披露するビッグセーブや、セーブ時に見せる反射神経の良さ、俊敏性の高さになる。しかし、松本GKコーチが柏のGK育成で長年意識しているのは「ビッグセーブを連発したかどうかではない」という。

そうではなく、戦術的に見た時に細かなファインプレーが多いかどうか。松本コーチの言葉を借りれば、「細かなプレーやポジショニングが、チームや勝利に貢献した」と評価されるようなGKの育成を柏は掲げている。

だからこそ、柏がアカデミーのGKセレクションで大切にしているのはGKとしてのサイズではなく、「フットボーラーとしてのセンス」なのだ。

「確かに、ハリルホジッチ監督の発言もあって、大きいGK、190センチ以上になるGKを見つけようとする流れにはなっていると思います。しかし、我々はそういうことは考えていません。

まずはサッカープレーヤーとして、フットボーラーとしてのセンスがあるかどうかを見ます。中村航輔より下の年代でトップ昇格に絡んでいるGKたちはみな、190センチ以上という現状なのですがそれは偶然です。少し前にはアカデミーにも170センチ前半のGKがいましたから。

私たちは『サッカーができればいい』と考えています。ハリル監督が何を言おうが、レイソルのGK育成はブレません。もちろん、世界と戦うA代表のGKを育てようと考えるのであれば、サイズも当然必要になってくるとは思います。それは言われる前から誰もがわかっていることで、レイソルでも『大きいに越したことはない』と思っています。

だから、ユース年代には190センチのGKが2名いますし、昨季トップに上がった滝本晴彦も190センチのGKです。でも、レイソルでは『サッカーにおける全ての局面を6年かけて育成する』と考えています。小学校を含めるともっと長い時間をかけて育成できるわけです。

アカデミーから育ったGKがトップ昇格して、私がトップにいるのであればもっと長く育成できるわけで、7、8年もあればGKに必要な要素は全て作れると考えています。レイソルのスタイルが変わらなければ、GKの足元のスキルも勝手に身につくでしょう。

そもそもそういうフットボーラーとしてのセンス、能力がなければ、いくら将来190センチ以上になるGKが来ても、トップレベルまでは到達できません。だから、我々のGKの見方としては、まずセンスがあるかどうか。だからこそ、GKとしてというより、まずはサッカー選手としてのセンスを大切にしています」

松本GKコーチは2007年から10年もの間、アカデミーとトップでGK育成に関わり、2015年にトップチームのGKコーチへ昇格した後もアカデミーの井上敬太GKコーチと二人三脚で確固たるGK育成メソッドを構築し、「柏レイソルだからこそ作れる日本人GK」の育成に邁進する。

若く、有能なGKコーチを二人も抱えているところに柏のGK育成の強みがあるとはいえ、長い時間のかかるGK育成において柏がGKコーチに全幅の信頼を置いている点も見逃せない。松本GKコーチは柏におけるGK育成プロジェクトが上手く進んでいる要因についてこう分析してくれた。

「柏のGK育成において、クラブが私たちのことを信頼してくれている点は強みだと感じます。クラブから信頼されているかどうか。こういう話になった時、柏はハリル監督の発言を受けて『うちのアカデミーでも190以上の大きいGKを育てないといけない』とはなりません。逆に、『好きなようにやってくれれば、190センチ以上のGKは育ってくる』とクラブから信頼してもらえていると思います。私は、そうした信頼関係があっての育成だと考えています」

中村航輔が偶然の産物ではないからこそ、柏レイソルからは今後もA代表の座を狙う若手日本人GKが継続的に育成されるであろうことを最後に断言しておきたい。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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