全米に広がるBlack Lives Matter 怒りの根源は何か
■ Black Lives Matter
米国でBlack Lives Matterの運動が急速に広がっています。
5月25日、米ミネソタ州ミネアポリスで武器を持たない黒人男性ジョージ・フロイドさん(46)が警官から取り押さえられ、「息ができない」と訴えているのに、首を膝で約9分間圧迫され続け殺されたのです。
人種差別的な殺害はこれが初めてではありません。
最近でも、2012年に17歳の黒人少年が白人の自警団に殺され、2014年にも警官による黒人殺害が起き、Black Lives Matterの声が上がっていましたが、「またなのか?」という絶望と怒りがせきを切ったのです。
その背景に何があるのでしょうか?
米国では戦後、公民権法制定に尽力したケネディ政権のように、人種差別解消に尽力する動きがあった一方、司法の分野では、麻薬取締や治安強化を理由に、黒人を狙い撃ちする摘発のテクニックが公然と行われてきました。
人種差別的な職務質問と暴行、逮捕、訴追、収監が拡大、多くの黒人が犯罪者扱いされて警察の暴力と辱めの対象となっています。
差別的な刑事司法で犯罪の容疑をかけられ、刑事裁判でもどんなに無実を訴えても「有罪推定」を受けて有罪評決される冤罪事件も後を絶ちません。
その実態はあまりの不正義であり、私たちの想像を絶するものです。
ところが、トランプ大統領はBlack Lives Matterについて独立記念日を前にした演説で、
"This left-wing cultural revolution will never be allowed to destroy our way of life or take away our freedom"
「左翼による文化大革命によって私たちの生き方や自由を破壊されるのを許してはならない」
と攻撃していますが、全く何も理解していないといわざるを得ません。
(現在、人種差別に戦う人たちは積極的に「Black」という言葉を使っており、ここでは「黒人」という表記をします)。
■ 運が悪ければ警察に殺される
運が悪ければ警察に殺される、それが黒人が生きるリアリティです。
ニューヨークの人権団体憲法的権利センターはニューヨーク市警(NYPD)が路上で黒人を狙い撃ち的に制止して所持品検査を行う(Stop and Frisk)という差別的な活動をし、人種プロファイリングをしていたことを明らかにしました。
団体は、被害者を代理してNYPDを提訴、2013年に差別的なStop and Friskが人種差別的だとして違憲判決が出されましたが、その後も人種差別的な職務質問は続いています。
これはニューヨークだけのことではなく全米全土に広がる慣行で、警官が恣意的に黒人を制止させて、従わないと暴力をふるうのです。
黒人とみれば犯罪者と疑い、横柄で乱暴な態度で有形力を行使する、そんなことをされたらどう思うでしょう?当然怒りを感じ抵抗したり感情的になる、又はパニックに陥るでしょう。しかし、黒人にとって、感情的になったりパニックに陥ることは死の危険を意味します。
少しでも抵抗すれば、何ら悪いことをしていなくても警官からひどい暴力を振るわれたり押さえつけらえ、公務執行妨害で逮捕されます。そして、場合によってはフロイドさんのように殺害されるのです。
警官に絡まれて抵抗すれば命を奪われかねないという恐怖は黒人にとって、日常的で終わりのない恐怖なのです。
アメリカでは警官が銃を安易に使って民間人を射殺していますが、黒人は差別的にその被害にあっています。
BBCは以下のように数値を示して解説しています。
■ Black Behind the Bar
黒人が投獄されている割合も人口比に全く比例せず、大変多いのが現状です。BBCは、以下のように紹介しています。
なぜでしょうか?
日本でも公開された映画「黒い司法」
モデルとなった弁護士、ブライアン・スティーブンソン氏はニューヨーク大学の教授でもあり、私も同大学に留学していた時に多くを教えていただいた、人種的不正義に戦う第一人者です。
彼は、無実の黒人が冤罪被害にあう差別構造と文化が米国の司法を支配しているといいます。
刑事手続は最初から最後まで黒人に差別的に適用され、無実の黒人が起訴されても貧しいために質の高い弁護士を雇えず、白人が圧倒的多数を占める陪審員によって、ろくに証拠が検討されないまま、偏見によって有罪評決がされてきた、と語っています。
陪審員の選定プロセスで、検察官は、有色人種の陪審候補を忌避し、白人ばかりの陪審員となることはよくあります。
こうした人種差別的な陪審忌避は違憲だという連邦最高裁判決が出されていますが、やる気のない公設弁護人がついた場合、異議申し立てもしないで白人のみの陪審団ということも南部の州では珍しくありません。
こうして、多くの黒人が罪もないのに冤罪の犠牲となってきたことを拙著「誤判を生まない裁判員制度への課題」にも解説しました。
1990年代から、冤罪救援団体Innocent ProjectなどがDNA技術などを活用した冤罪救済活動を米国で展開した結果、黒人に差別的な刑事司法の実態が明らかになりました。
・DNA鑑定の結果無実が明らかになった全米の362人の冤罪被害者のうち黒人は222人であること。
・無実とわかり、死刑台から生還した164人のうち84人が黒人であること。
また、実際に犯罪を犯した場合でも、微罪にも厳しすぎる米国の量刑ガイドラインのために、犯した罪に比較してあまりに過酷な罰を受け、投獄される事態となっています。その多くは有色人種で、長い期間を奴隷のように酷使され、その労働で栄えるビジネスがあるのです。
■ 人種差別の歴史・日々の屈辱
こうした系統的な差別や暴力、投獄、処刑、刑務所での酷使。
根源にあるのは「黒人は劣っている」「黒人は危険で有害」という警官や白人の市民の偏見です。
米国では奴隷制の負の歴史がありましたが、それが完全に克服されているとは言えません。
第二次世界大戦後、黒人が白人と対等にふるまうことを不愉快に思う白人が黒人に集団で暴力をふるい、凄惨なリンチ殺人を繰り返して、死体を木につるすというおぞましい慣行がエスカレートしました。
ブライアン・スティーブンソン氏の団体Equal Justice Initiativeがわかりやすいビデオで説明していますが、リンチ殺人は形を変えて警察による差別的取り締まりや無実の人の処刑、微罪での長期投獄につながっていると、同団体は訴えます。
こうした歴史的、系統的な差別は、黒人の人々に日々屈辱を与え、トラウマを与えています。
スポーツ、音楽界や司法、政界でどんなに活躍し偏見をなくそうとしても、黒人であるがゆえに差別や辱めを受けて多くの人が傷ついています。
オバマ前大統領が、今回の事態を受けて多くの人たちと対話する映像を公開していますが、オバマ氏やスティーブンソン氏ら成功したと思われる人ですら長いこと差別に苦しみ、PTSDに苦しんできたこと、現実を前に精神的に打ちのめされることが多いことを告白しています。
スティーブンソン氏は率直に語っています。
一生懸命勉強し、ハーバードロースクールを卒業し弁護士になった。それでも南部に戻ると警官に犯罪者とみなされて、警官に押さえつけられる。裁判所でも自分を知らない裁判官は自分を被告人だとみなして、「法廷に入るな、弁護人が来るのを待ちなさい」と言う。今も続いている。
■ オバマ政権からトランプ政権へ 悪化した事態
こうした中、オバマ政権の誕生は、多くに人に希望を与えました。
「黒人は白人より劣っている」「黒人は危険だ」「黒人は有罪だ」という長く続いた差別と偏見を克服できるのではないかという希望でした。
オバマ政権は何をしたのでしょう?議会で多数派を失った難しい政権運営により多くのことを阻まれたのは事実でしょう。
しかし、厳しすぎる刑事事件の量刑ガイドラインを改革し、不合理に長い量刑を軽減することは実現しました。
また、スティーブンソン氏等の訴えを聞いて、刑事司法改革の提言を行い、人種差別的な司法運用をなくすためのプログラムを進めようとしました。その中には警官に対する教育など包括的な内容が含まれていました。
さらに、大統領権限を行使して、不当な刑を受けているとみられる死刑囚、受刑囚に対する恩赦をするなど、任期中にできることを進めていました。
ところが、トランプ政権になってから、事態は悪化しました。
トランプは、選挙にマーケティングの手法を取り入れ、米国で取り残されたと感じてきた保守的な人々、特に白人男性をターゲットに、「古き良きアメリカ」を復活すると訴え、彼らの心を揺さぶり強烈な支持を獲得しました。
「古き良きアメリカ」とは黒人が物言わぬ奴隷であり、女性は慎み深く、多様性のない社会です。キャンペーンでは性差別的な発言、人種差別的発言が繰り返され、それがSNSを通じて拡散されました。
人々の差別心をくすぐって票を得て大統領が登場したのです。
トランプ当選直後には、実際に黒人、ヒスパニック系住民、アジア系移民まで全米各地で憎悪に基づく暴力の対象になりました。
大統領選挙後のヘイトクライムについて、米国南部で貧困問題に取り組む団体が詳しい記録をまとめています。
そして、オバマ政権が進めようとしてきた人種差別撤廃のための刑事司法改革プログラムも直ちに撤廃されました。
もともと人種差別的な傾向を持つ警察機関に対し、こうした発言や政府の決定のもたらす影響はどういうものでしょうか?
人種差別的な日々の行動を正当化する役割を果たし、抑止効果がなくなったことは間違いありません。
■ 抵抗がヘイトを凌駕するか
こうしたなか、発生したのがフロイド氏の事件です。押さえつけてきた人々の怒りが爆発したのは当然のことでした。
「もう我慢できない」という運動は全米に広がり、人々の率直な怒りと悲しみの表明が、さらに多くの人の心をゆすぶり、若者や著名人の圧倒的な支持を受けて広がりました。
若い世代が人種的な垣根を越えて連帯し、差別と偏見を乗り越えようとしていることに希望を感じます。
トランプ大統領は、差別解消に取り組むどころか、分断をあおっています。抗議デモを「テロリスト」が背後にいるとレッテル貼りし、軍を派遣しようとしました。6月1日には、若者が多くを占めるワシントンDCの抗議デモにの催涙弾を浴びせるなどの暴力的対応を容認しました。
6月28日には「ホワイトパワー」(白人至上主義者が使う言葉)という有権者のつぶやきをリツイートし、冒頭の演説でも差別された人々の苦しみに何ら応えようとせず、さらに傷つけず発言に終始しています。
こうしたトランプ大統領の姿勢への憤りと批判が高まっています。
高まる抵抗運動が人々の心に深く根付くヘイトを凌駕するか、「古き良きアメリカ」を求めるトランプの岩盤支持層を崩すことができるのか、そしてそれが果たして司法、警察も含む問題の根底を是正し、本質的な変化につながっていくかが注目されます。
差別と排外主義を克服しようとする米国の人々の抵抗や人種的連帯がもたらす社会の変化は確実に世界に影響を与えることでしょう。