経済効果1375兆円の5G「私はなぜ中国企業を排除したのか」オーストラリア前首相が語る
「議会のシステムが“国家主体”によって攻撃された」
[ロンドン発]「先月にも、オーストラリア議会のコンピューターシステムが“国家主体”によってサイバー攻撃を受けました」
「それが、セキュリティーの要求を満たさない中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)を国家安全保障上、次世代通信規格『5G』ネットワークから排除した理由です」
2015年9月から18年8月までオーストラリアの首相を務めたマルコム・ターンブル氏が5日、英議会内で開かれたシンクタンク、ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティのイベントで講演し、中国企業の5G参入を全面禁止する重要性を強調しました。
アングロサクソンのスパイ同盟「ファイブアイズ(米国、英国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ)」の一角をなすオーストラリア政府は昨年8月、他の同盟国に先駆けてファーウェイとZTEの5G参入を全面禁止しました。
中国企業排除を決断したターンブル前首相の講演を見ておきましょう。
「他国(米国のこと)が保護主義という理由でそうするように言われたから決断したのではありません。オーストラリアの主権を守り、時代の変化に対応するため全面禁止を決めたのです」
「脅威は能力と意思の組み合わせです。能力を発展させるには時間を要しますが、意志は一瞬にして変わります」「このことについて私は米国のドナルド・トランプ大統領と何度も議論しました」
「5Gは違う」
「5Gは違います。大容量通信を可能にするだけでなく、データ転送を要求してから結果が返送されてくるまでの遅延時間が短くなります。何十億ものデバイスのプラットフォームとなり、センサーや自動運転車を動かすようになります」
「西側諸国、とりわけファイブアイズの同盟国と議論する時、私は5Gシステムのベンダーは中国勢2社ファーウェイとZTE、欧州勢2社エリクソンとノキアの計4社しかないことを取り上げてきました」
(筆者注)3G時代は欧州勢が世界の売り上げの7割前後を占めていたが、4G時代になった2017年時点で(1)ファーウェイ28%(2)エリクソン27%(3)ノキア23%(4)ZTE13%(5)サムスン3%。中国勢は40%超のシェアを占めているのに対し、日本勢は見る影もない。(Statistaより)
「ワイヤレス技術では米国、英国、ドイツ、日本、wifiではオーストラリアが先行してきましたが、5G では完全に出遅れました」
「英国はいまだに(ファーウェイやZTEへの)対応を決めかねています。しかしシギント(電子情報の収集)を担当する英政府通信本部(GCHQ)はオーストラリアと一致した強い見解を示すようになりました」
「オーストラリアが決めたように、これは英国の主権に基づいて決める問題です。英国の最終決定がどうなろうとも、サイバーをどう扱うか、政府や情報機関が、オフラインでもオンラインでも市民の安全を守ることは両国にとってとても重要です」
5Gの経済効果は
ターンブル前首相は、シギントを担当するオーストラリア通信電子局(ASD)の警告を引用しました。
「国家支援を受けた敵が狙った通信ネットワークのソフトウェアやハードウェアにアクセスしようとするなら、行動を起こす意思だけが求められている」
ファーウェイとZTEが5Gネットワークを支配したが最後、中国がその気にさえなれば、サイバースパイやサイバー攻撃だけでなく、すべてをコントロールすることが可能になります。
ファイブアイズに加盟するカナダ政府は昨年12月、ファーウェイの孟晩舟最高財務責任者(CFO)兼副会長を逮捕。米国政府は、イランとの違法な金融取引に関わったとしてファーウェイと孟氏を起訴しました。
「ファイブアイズ」の米国やオーストラリア、ニュージーランドに加え、日本もファーウェイ全面排除の方針を打ち出しました。しかし欧州連合(EU)からの離脱で海外直接投資が細るのを心配する英国は中国マネーをあてにして、ファーウェイに対して断固たる姿勢を示すことができません。
英IHSマークイットは5Gが2035年までにもたらす主な経済効果は12兆3000億ドル(約1375兆円)と予測しています。内訳は下の通りです。
製造業 3兆3640億ドル(約376兆円)
情報・コミュニケーション 1兆4210億ドル(約159兆円)
流通・小売り 1兆2950億ドル(約145兆円)
公共サービス 1兆660億ドル(約119兆円)
建設 7420億ドル(約83兆円)
金融・保険 6760億ドル(約76兆円)
運輸・倉庫 6590億ドル(約74兆円)
専門職業 6230億ドル(約70兆円)
接客業 5620億ドル(約63兆円)
不動産業 4000億ドル(約45兆円)
「中国は人類史上、最大の経済」
ターンブル前首相は中国について「人類史上、最大の経済でしたが、この2世紀に弱体化し、技術的に遅れ、他の国々に搾取され、強奪されてきました」「どの中国国民もこうしたことが2度と起こらないよう決意しています」と話しました。
「中国の台頭を冷戦というレンズを通して見る、かつてソ連がそうであったように、新しい脅威として封じ込めなければならないと見るのは正しくありません」「オーストラリアは中国の台頭を歓迎します。オーストラリア人の100万人以上が中国系です」
オーストラリアは2014年、中国と包括的な戦略的パートナーシップを結び、15年には自由貿易協定(FTA)を締結。17年にはサイバー・セキュリティー・パートナーシップを結びました。
中国は南シナ海で人工島を造成し、要塞化しています。19年の国防予算案は前年比7.5%増の1兆1898億元(約19兆8000億円)。日本の19年度当初予算案の防衛関係費(5兆2000億円)の3.8倍にあたる規模です。
ターンブル前首相は「今後20年間で世界の半分の潜水艦、少なくとも世界最新鋭の戦闘機はインド太平洋地域で運用されるでしょう」と指摘しました。
オーストラリア政府は26年までに約2000億ドル(約22兆3600億円)を国防に投資し、攻撃型潜水艦12隻、フリゲート9隻、哨戒艦艇12隻を配備する計画です。来年、国防費は国内総生産(GDP)の2%に到達するそうです。
ターンブル前首相は国防・安全保障では米国との結束を固め、中国との経済関係を良好に保つ考えを示しました。
トランプ大統領「米国に5G、6G のテクノロジーを 」
トランプ大統領は「私は今すぐにでも5G、6Gのテクノロジーが米国に誕生することを望んでいる。(略)米国企業は努力するか、取り残されるかだ。取り残された方が良い理由は何一つない」とツイートしています。
トランプ大統領はこれまで何度もアマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏をこき下ろすなどテクノロジー企業を敵視してきました。しかし5Gや人工知能(AI)など最先端の技術革新で中国に遅れを取ると、21世紀は完全に中国に支配されてしまうでしょう。
ツイートで大衆を扇動することはできても、技術革新を起こすことはできません。米国の衰退が顕著になる中、自由主義陣営はいよいよ崖っぷちに追い込まれています。
(おわり)