ロッテの重光昭夫会長は逮捕されるか
韓国ロッテグループのスキャンダルに絡んで横領と背任容疑でソウル中央地検から逮捕状が請求されている重光昭夫(韓国名:辛東彬)ロッテグループ会長に対して韓国の裁判所は本日、逮捕状発布の可否を決定する。
逮捕の理由
裁判所がどのような判断を下すのか、韓国のみならず日本でも注目されているが、不正で摘発された金額としてはあまりにも巨額であることから逮捕は免れないとの見方が支配的だ。韓国では経済事件に対する世論の風当たりが強いからだ。
本来ならば、6000億ウォンという巨額の脱税と背任・横領の疑いで調査を受けた創業者の重光武雄(日本名:申格浩)グループ総括会長が責任を問われ、逮捕される立場にあるが、95歳という高齢と病気治療中であることから実質的オーナである次男の昭夫会長がその身代わりとなるのではとの見方も出ている。
(参考資料:「ロッテファミリースキャンダル」で次男・辛東彬会長に忍び寄る捜査の手)
しかし、何よりも、海外で実施した合併・買収(M&A)で発生した470億ウォンの損失を別の系列会社に押し付け、勤務実体がないにもかかわらずグループ系列会社から役員報酬などの名目で毎年約100億ウォンを受け取るなど昭夫会長の背任と横領の規模が1750億ウォンと巨額であることが最大の理由となっている。
また、ロッテ建設が下請け業者に工事代金を支払い、裏でキックバックさせる手口で過去10年間に約300億ウォンの裏金を作ったことに関与し、その金で政界・官界にロビー活動をした容疑が掛けられていることも逮捕状請求の根拠となっているようだ。
さらに富を独占する財閥に対する世論の反発が強いことや朴槿恵政権が経済の民主化、健全化の一環として肥大化する財閥への規制を公言していることもあって逮捕に踏み切るとの見方もある。長期間にわたる鳴り物入りの捜査結果、「大山鳴動して鼠一匹出ず」では世論が納得しないからだ。財閥に甘く、弱いとのイメージを持たれれば、世論の反発を買い、結果として朴政権のレイムダックを加速しかねない。
それでも、逮捕されない可能性も十分あり得る。理由は4つある。
逮捕されない理由
第一に、昭夫会長が逮捕される理由、証拠が乏しいことだ。
検察の出頭要請に応じ、18時間にわたる尋問を受けても昭夫会長が容疑を否認していることから簡単には逮捕できないことだ。また、すでに出国禁止措置が取られていることから逃亡の恐れもなく、身柄を拘束しなくても、在宅起訴で十分対応できることだ。韓国では10年前から身柄を拘束せずに裁判が行われる慣習が定着している。
検察はこれまでに創業者の長女、辛英子ロッテ奨学財団理事長と200億ウォン規模の税金を不当に還付させた容疑でロッテ物産の奇浚前社長の二人を逮捕し、さらにグループNo3の黄ガク圭政策本部運営室長やNo.4の蘇鎮世政策本部対外協力団長らを召喚し、取り調べたが、一連の疑惑への昭夫会長の「関与」に関する証言は得られなかった。
逮捕状請求が却下されることがほとんどない日本と異なり、韓国では裁判所が検察の請求を棄却するケースは決して珍しくない。今回のロッテ・スキャンダルでもロッテケミカルの許壽永社長とロッテホームショッピングの姜ヒョング社長ら2人に対する逮捕請求権が「逮捕する理由と必要性を認定するのが困難」として棄却されている。
現に、業務実態がないにもかかわらず400億ウォンに上る巨額の報酬を受け取っていたとして横領容疑で検察に召還された長男の重光宏之(韓国名:辛東主)ロッテホールディングス元副会長も逮捕されずに在宅起訴となっている。
第二の理由は、財閥トップの逮捕が経済に悪影響を与える恐れがあることだ。
売上額が84兆1千億ウォン、系列会社93社、国内で12万、海外で6万人、合わせて18万人の従業員を抱えるだけにトップの逮捕、不在がロッテの経営危機に繋がるだけでなく、投資や雇用など国家経済全般に影響を及ぼす恐れがある。
任期が1年半に迫った朴槿恵政権の喫緊の課題の一つは経済の活性化にある。韓国最大手で世界第9位の海運会社である韓進海運が6兆6千億ウォンの負債を抱え、経営破綻し、サムスン電子が一部電池の欠陥による出火事故を起こし、出荷済みのほぼ全量を回収したり、韓国の現代自動車が12年ぶりに全面ストを実施したり、訪韓外国人観光客が減少し、観光収入が20カ月連続で赤字になっている状況下にあって、これ以上の「ロッテ・バッシング」は経済的損失が大きいとの判断が働く可能性があることだ。
第三の理由は、昭夫会長を逮捕し、起訴すれば、ロッテグループの経営権が日本人の手に渡ることを危惧する声が財界や世論の一部にあることだ。
創業者に長男、そして長女が起訴され、昭夫会長までが身柄を拘束されれば、番頭格であったNo.2の李仁源副会長が自殺してしまった状況下ではロッテグループの経営陣は日本人のみとなる。
日韓にまたがるロッテグループの支配構造の頂点はロッテホールディングスである。創業者の武雄総括会長と昭夫会長のほか、佃孝之社長ら日本人役員5人の総勢7人の経営陣が率いている。日本人経営陣は関係会社や役員持ち株会や従業員持ち株会など合わせてロッテホールディングスの株を50%以上確保している。昭夫会長が代表取締役を解任され、佃社長の単独代表体制になる可能性もゼロではない。
第四の理由は、米国の地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の配備予定地が慶尚北道星州郡に駐屯する星山砲兵部隊からロッテのゴルフ場「ロッテスカイヒル星州カントリークラブ」への変更が決定し、近々発表があることだ。
当初予定地だった星州郡では地元の猛烈な反発もあって、韓国政府は新たな候補地選定を余儀なくされたが、ロッテのゴルフ場は海抜680メートルで、星山砲兵部隊(同383メートル)より高く、レーダーの電磁波による健康被害の懸念も少なく、進入路など基盤施設が整っているため大規模な工事も不要なことからレーダーが向けられる方角の金泉市の一部住民の反対はあるもののゴルフ場を所有するロッテが同意すれば、韓国政府は推し進める方針である。
ロッテ側との交渉を前にそのトップを逮捕すれば、交渉に影響を及ぼすことから朴大統領への名誉棄損で起訴した産経新聞のソウル特派員を無罪にした時の様に「政治判断」を優先させ、在宅起訴処分にすることも十分に考えられる。