なでしこジャパンに欠けていたのは「再現性」。FC町田ゼルビアAD、菅澤大我氏が見た「世界との差」とは
東京五輪の女子サッカーで、メダルを期待されながらベスト8に終わったなでしこジャパン。
世間の声に耳を傾けると、「フィジカルで圧倒されていた」、「戦う気持ちが足りなかった」といった指摘が多く聞かれた。体を張った守備と組織的なプレーで、2011年のドイツW杯で世界一に輝いた黄金世代と比較されるのは、今後も続く代表選手たちの宿命だ。
今大会で、選手たちは全員が女子サッカー界を背負って戦うほどの責任や覚悟を言葉にして臨んでいた。そして大会中、国際経験の浅い選手も少なくない中、選手たちは力を出し切ろうと必死にもがいているように見えた。それでも「戦えていない」ように見えてしまうのは、以前のチームとは様々な点で“前提”が違うこともあるだろう。以前はMF澤穂希(2015年に引退/敬称略)、MF阪口夢穂といった、技術だけでなくフィジカルでも互角以上に戦える選手がチームを支えていた。だが、今大会の日本は、特に中盤から前は小柄な選手が多く、海外勢に対して「真っ向勝負するのではなく、予測や体の使い方を工夫してボールを奪う」ためのスキルを育成年代から教え込まれてきた選手が多い。また、以前のチームには澤やMF宮間あや(16年に引退/敬称略)という、苦しい時にプレーで牽引してくれるカリスマを備えたリーダーがいた。だが今大会の日本は、平均年齢が24.6歳の若いチームで、22人中、DF熊谷紗希、FW岩渕真奈以外の20人は五輪初出場だった。この1年間は、コロナ禍で強豪国とのマッチメイクが組めず、国内リーグは9月のWEリーグ開幕まで公式戦がなかったが、他国はシーズンが終わったばかりのリーグも多く、コンディションの良さを感じさせた。ドイツW杯やロンドン五輪などでは、アウェーでも数万人の観客のエネルギーを力に変えることができたが、今大会はパンデミックの最中で強行され、ほとんどの試合が無観客開催だった。
様々なハードルがあった。とはいえ、他国にも移動の際の感染リスクや、隔離期間を経ての練習開始など、コロナ禍ならではの難しさはあった。
現在、FC町田ゼルビアのアカデミーダイレクターを務める菅澤大我氏に、今大会のなでしこジャパンの戦いについてお話を伺った。同氏は東京ヴェルディのジュニアユースをはじめ、複数のJクラブで育成年代やトップチームを指導し、Jリーグや海外で活躍する多くの才能を送り出してきた。一方、女子サッカーでも、なでしこリーグ2部で2018年から3シーズンの指導経験がある。欧州の男子サッカーにも通じる高度な戦術をチームに植えつけ、選手の個人戦術を高めることで、代表にも複数の候補選手を送り出した。試合中に7つのシステムを使い分ける戦術的な引き出しの多い戦い方をするなど、日本の女子サッカー界に変化の種を蒔いた。今大会では日本戦の他に、アメリカやスウェーデンの試合も見たという。そうした強豪国の傾向も踏まえ、日本が今後、世界で戦っていくために何が必要かを伺った。
菅澤大我ADインタビュー
【敗因はフィジカルの差ではない】
ーー今回のなでしこジャパンの戦いについては、「フィジカルで負けた」「気持ちが足りなかった」という意見もありました。その点は、どうご覧になりましたか。
日本が対戦した国は体格が頭1つ、2つ分も違う相手で、簡単に言うと「フィジカルが違う」と、誰もがそう思ったと思います。でも、彼女たちがそういう選手に勝つためのトレーニングを受けていないわけではなく、できる範囲でのマックスに近いところまではやっていたと思います。メンタルという数値化できないものに原因を求める記事もありましたが、時代は変わって、精神論だけでは戦えない時代になっています。気持ちで片付けられてしまうと、前に進めませんよね。「小さくてうまい」というのは日本の特徴だと思います。「フィジカルで負けているから、体格の大きい選手をもっと使えばいいのに」という方向に行くのは、迷走にしかならないと思いますね。
ーー日本は今大会、戦い方によっては球際でも互角以上に戦えたと思われますか?
戦えたと思いますよ。見た目であそこまで大きい選手に1対1の回数が多くなれば当然、敵わないですけれどね。みんなはわかりやすく「1対1」と言いますが、サッカーは11対11でやるもので、最終的には1対1になるけど、自分たちが球際で勝ちやすいような戦術的守備があるんです。「こう追い込んで、この1対1ならこういう球際(の勝負)になるよね」と、こちらが優位な球際の状況に持っていければ、ボールは取りやすくなりますし、球際でも勝てると思います。
ーーコロナ禍で強豪国とのマッチメイクができない中、強度や間合いに慣れるという意味では、男子高校生との合同練習などを重ねてきました。
相手との間合いや強度に慣れる前に、まず「どういうサッカーをしたいか」ということを確立させるのに時間をかけたほうがいいと思います。もちろん、足の長さとかパワー、スピードの違いはありますが、その前に、自分たちがどういうサッカーをしたいのか、ということが作れなければ、再現性が持てないじゃないですか。再現性があるということは、立ち返るところがある、ということです。自分たちがどういうふうにボールを回したらどういうチャンスが来るのか。それを再現できることが強みになります。例えばスウェーデンのような相手とやる時には、4-4-2とか4-2-3-1だけでなく、5バックで守った方がいい時間帯もあります。ただ、そういう戦術的な積み上げが足りなかったように思います。再現性のある複数のシステムを持っておくことや、相手の状況に応じて変えられる目を持つこと、そのための準備も必要です。日本はその知力で勝っていくしかないと思いますが、そこが選手任せになっていたところはあると思います。
ーースウェーデンなどは、11人が、嫌なポジションに立って日本のパスワークを牽制しながら、ここぞという場面でその高い身体能力を発揮していた印象です。
そうですね。アメリカとスウェーデンの(グループステージ初戦の)試合を見ましたが、スウェーデンの戦い方は近代的で、逆にアメリカはパワーとスピードを押し出したクラシックなサッカーをしているな、という印象を受けました。そのアメリカが世界一であり続けてきた中で、今回は、スウェーデンやカナダがアメリカに勝った。それは、明らかに時代が変わったということです。日本はなぜ、そういうスタンダードを念頭に置きながらやっていなかったのかな、と疑問に思いました。
【戦い方の「哲学」が伝わるサッカーを】
ーー日本は攻撃に特徴のあるチームを作ってきたはずですが、結果は4試合で3ゴールと、得点力が乏しく…。要因はどこにあると思われますか?
チーム作りのベースには個があって、だからこそ、(能力の高い選手が揃う)代表は強くて楽しいわけですよね。今回、日本は「攻撃でうまさを出す」という部分が絶対的に必要だったと思いますが、それが発揮されにくい状況だったのではないかと思います。ボールをしっかり持ちたいのだったら、必ず人が外(サイドのタッチライン際)に立っているべきです。でも、日本はそういうスタイルでやっていなかった。人が真ん中に集中していて、その時々のインスピレーションでボールを回しながらゴールを狙っているように見えました。
中央から崩す狙いがあったとしても、それは外に人が立ってこそ効果的になります。そこに人がいないので、相手も広がって守る必要がないから、「中央対中央」の試合になる。真ん中で取られたら、カウンターを受ける確率は当然高くなるし、そこで足の速いスウェーデンの10番(ソフィア・ヤコブソン)に走られて状況が一変してしまう。
チームとして、長谷川唯選手を生かせなかったことは象徴的です。同点の場面で素晴らしいアシストをしましたが、プレーに関わる回数が少なすぎた。日本がテクニックを生かすのなら、それができる位置にそれぞれを立たせないといけないし、再現性のある形を作ることで、岩渕(真奈)選手や長谷川選手など、ポイントになる選手はもっと生きたのではないかと思います。
ーー立ち上がりの失点はずっと抱えてきた課題ですが、今大会でもカナダ戦やスウェーデン戦で、立ち上がりに失点してしまいました。どうすれば良かったのでしょうか。
高校生や子供たちを連れて海外に遠征に行った時も、最初に相手に圧倒される時があります。それをいかに体感させて、本番に入っていくのか、というのがポイントです。国際親善試合はそのためにありますし、相手も(国際大会のようには)本気を出してこない側面はありますが、十分に想定して準備はできたのではないかと思います。熊谷(紗希)選手も南(萌華)選手も、フィジカルは持っているはずなので、特に、2列目から一気に置き去りにされるというのは、戦術的な落とし込みが足りていなかったのではないかと思いますし、監督が決めることではありますが、選手たちも、「こうなったらこうする」という予測や戦術的な部分を、もっと自分たちから欲していってほしかったですね。
ーーそうですね。日本は技術力、持久力、組織力など、日本人の良さを生かすサッカーを追求してきましたが、欧州の強豪国は男子のビッグクラブ所属選手を中心に、個でも、チームとしても急成長を遂げています。
自分が女子チームを指導する上でいつも念頭に置いていたのは、自分たちが格上のチームや外国と対戦した時にどう戦うか、ということ。そして、相手が強くなった時にも、基本的な考え方を変えずに戦えるようにすることです。2部のチームを指導していたので、身体能力の高い1部のチームに対して、どう試合を成立させるかを考えていました。たとえば、男子のスペイン代表は縦に速いサッカーもできる。繋ごうと蹴ろうと強いんです。最終的に目指すのは、そのように相手がどこでも関係なく戦えるレベルまで持っていくことです。ただ、日本はフィジカル面で勝てない相手に対して、どのように勝つ確率をあげて試合を成立させていくのか。「あれをやっているから負けた」とか、「これをやったら勝つ」とか、そういう簡単なものではないと思います。相手の特徴を押さえた上で、どうやって自分たちが多くチャンスを作るのか、という視点で考えることが大切です。せっかくWEリーグをスタートさせるのですから、「日本はこういうふうにプレーして人を育てながら勝ちたいんだな」と思えるような哲学を示して欲しいですね。
ーー今大会の日本の戦いは、そうしたメッセージが伝わりにくかったのですね。
そうですね。スペインは、U-24もフル代表も女子代表も同じサッカーをやっています。「同じ」というのは、選手の立ち位置やシステム、基本的にここに必ず人が立っている、ということで、ポジショニングの考え方に差がないんです。そういう国は、自分たちの国としてのやり方があるので、勝敗でスタイルを変えることはほとんどない。2019年の女子W杯の解説をさせてもらったときに、オランダも男女で共通したスタイルがあるのだと知りました。日本の男子はこれまで、ブラジルのやり方を取り入れたり、スペインを取り入れたり、フランスを取り入れたりと、Jリーグを含めていろいろな国から指導者を呼んできた中で、多様な考え方が認められる国になり、サッカーも多国籍になっています。それは決して悪くないことだと思いますが、その中で何がしたいのか?という話になった時に、たとえば男女のサッカーに違いがあることは不思議だな、と思います。
ーー男女で共通したアドバイザーを置くなど、一貫性を持たせる努力が必要でしょうか。
アドバイザーもいいですし、「代表はこういうサッカーをやるんです」ということを、男女、年代問わず一貫した方針で進めていくことは一つのアイデアかもしれないですね。なでしこジャパンは負けてしまいましたが、これからどこに向かっていくかが重要だと思っています。選手たちはサッカーが好きだし、WEリーグが始まってプロの環境になったけれど、これまでも働きながら、大好きなサッカーを続けてきた。そういう選手たちが、幸せな現役時代を過ごしてくれたら、といつも願っています。
ーー貴重なお話をありがとうございました。