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「オジュウのプライドを守りたかった」障害の絶対王者だったオジュウチョウサンを復活させた陣営の涙の理由

花岡貴子ライター、脚本&漫画原作、競馬評論家
2018年中山GJ(J・GI)を大差勝ちしたオジュウチョウサン(撮影・柴谷好記)

オジュウチョウサン、自身が持つJRA史上最高記録を更新

 25日、中山大障害でオジュウチョウサンが勝った。

 この勝利は、過去2勝している中山大障害とは一味も二味も違うもので、陣営はこの勝利に安堵し、かつて勝ったときには見せなかった涙を見せた。

 そして、このレースはかつて"障害の絶対王者"と言われたオジュウチョウサンのプライドを守るための"覚悟"の一戦だった。

 オジュウチョウサンはこの日、障害重賞で14勝目をあげた。中山大障害、中山グランドジャンプと合わせたJ・G1は8勝目。これらの勝利数はいずれもJRA史上最多記録であり、自身が持つ記録を更新したものである。

■2016年中山大障害(J・GI) 優勝馬オジュウチョウサン

 中山大障害は歴史あるビッグレースだ。オジュウチョウサンはかつて2勝をあげたころは、障害競走を9連勝中で"障害の絶対王者"とされて当然の結果を残していた。特に2着に大差をつけた2018年の中山グランドジャンプ(J・GI)は圧巻で、鞍上の石神深一騎手がゴール手前で大きく後ろを振り返るほど余裕があった。

■2017年中山大障害(J・GI) 優勝馬オジュウチョウサン

■2018年中山グランドジャンプ(J・GI) 優勝馬オジュウチョウサン

"障害の絶対王者"が障害を負けてからの日々

 その後、2018年夏から平地へチャレンジが始まり、年末の有馬記念にも出走。2020年に障害に復帰後も順当に勝ち星を重ねていた。

 しかし、2020年11月の京都ジャンプS(J・GIII)でタガノエスプレッソらに敗れ3着に終わる。当時の年齢は9歳。人間でいえば壮年から中年にあたる時期であり、年齢による衰えは隠しきれない印象を与えた。

 その後、今年2021年も勝てないレースが続いた。

 当時の様子をオジュウチョウサンを担当する長沼昭利厩務員は振り返る。

「オジュウは賢いので、これ以上(力を)出すと自分が壊れるというのをわかっている。必要以上に無理をしない馬なんです。だから、今年の中山グランドジャンプ(2021年4月17日)も東京ハイジャンプ(2021年10月17日)もオジュウが持っているポテンシャルを出し切れなかったんだと思います。」

■2018年有馬記念(GI) 優勝馬ブラストワンピース(オジュウチョウサン9着)

「オジュウのプライドを守る」ための覚悟の一戦

 しかし、陣営は管理馬が一定の健康状態を保っている以上は、目標とするレースに出走させなければならない。そんな中でジレンマを抱えたままの日々が続いた。

 当然、周囲から"オジュウチョウサンは終わった"と噂されていることは陣営の耳にも入っていた。「引退させたほうがいいのでは」と言われたことも一度や二度ではなかった。さらに、いくらオジュウが年の割に若いといっても、筋肉の状態は若い頃と比べれば年齢的な衰えがないとはいえなかった。

「オジュウはしばらくのあいだ時代を築いた"王者"。オジュウがこれまで積み上げてきた実績やプライドを思うと、ここ最近の成績はやるせなかったです。なにより、オジュウ自身が歯がゆさを感じてイライラしているように感じた。だからこそ、オジュウのプライドを守るためにも、結果を出したかった。」

 そのため、今回はこれまで以上に"覚悟"を持って調整を進めた。

「これまで積み上げてきたオジュウのプライドを守りたかった。だから、"守り"ではなく"攻め"の調整をしました。」

 これについては、調教も担当する主戦騎手である石神深一騎手とも意見がわかれたという。

「それでも、最終追い切りでシン(石神深一騎手)はしっかり"攻め"て最高に仕上げてくれたんです。オジュウもそれにこたえてくれた。あとは、しっかりとケアをしてレースを迎えるだけ、という強い気持ちで中山大障害に臨みました。」

■2021年中山大障害(J・GI) 優勝馬オジュウチョウサン

「全盛期には戻れない。それでも大障害を勝つオジュウは本当に凄い」

 いざ、出陣。ゲートへついていった長沼さんは検量室へ戻るためのバスの中でレースを見守った。といっても、そのバスにモニターはないので、直接の目視とバス内に流れる実況の音声だけが頼りだった。

「バスからだとバンケットに入ると姿すら見えなくなってしまうんですよ。だから、音声で『4コーナー過ぎで先頭に立った』と聞いたときは随分早いな、でも前に行った馬がバテているんだな、と思って。そのあと、2馬身、3馬身と離していったので"勝てたんだな"と思いました。」

 そして、検量室前でオジュウチョウサンを出迎えたとき、長沼さんの目からは涙が止まらなくなった。

「この子にはこれまで数多く勝たせて貰ったけど、この勝利はこれまでにない、これまでとは違う感激を覚えたレースでしたね。だから、オジュウとシンを見たら涙が止まらなくなっちゃって。全盛期の、あのときの走りまでには戻れない。年には勝てない。でも、それでも中山大障害を勝てるんだから『オジュウは本当に凄い』と改めて思いましたよ。」

 レース後のオジュウチョウサンだが、元気ではあるが当然ながら疲労もあるとのことだ。

「食欲もあるし、元気です。ただ、あれだけのパフォーマンスをした代償はやはり体には出ますよね。」

 いつものことだが、オジュウチョウサンはいましっかりとしたアフターメンテンナンス期間に入っている。

「かつて骨折した箇所や手術した箇所などに影響が出ていないか、などもしっかり確認しています。」

 数日は厩舎でゆっくりさせたのち、放牧に出るのがいつものパターン。また、次に向けての準備が始まる。

来年も現役続行。3月の阪神スプリングジャンプが目標

 オジュウチョウサンのオーナーである長山尚義氏は「強かったね。安心してみていられた」とこの勝利に安堵。来春も現役を続行させることを明らかにした。

「まず3月の阪神(3月12日、阪神スプリングジャンプS・JGII)、4月の中山(4月16日、中山グランドジャンプ・JGI)でいきたいと考えています。」

 2022年は11歳を迎えるオジュウチョウサン。人間のライフサイクルでいえば"中年期"にあたるが、もう少しだけ競走生活を続けることになりそうだ。

 オジュウのプライドを賭けた戦いは2022年も続く。

■過去記事

有馬記念、オジュウチョウサン9着を称えるファンの声援に陣営は涙。勝者ブラストワンピースなどのその後

ライター、脚本&漫画原作、競馬評論家

競馬の主役は競走馬ですが、彼らは言葉を話せない。だからこそ、競走馬の知られぬ努力、ふと見せる優しさ、そして並外れた心身の強靭さなどの素晴らしさを伝えてたいです。ディープインパクト、ブエナビスタ、アグネスタキオン等数々の名馬に密着。栗東・美浦トレセン、海外等にいます。競艇・オートレースも含めた執筆歴:Number/夕刊フジ/週刊競馬ブック等。ライターの前職は汎用機SEだった縁で「Evernoteを使いこなす」等IT単行本を執筆。創作はドラマ脚本「史上最悪のデート(NTV)」、漫画原作「おっぱいジョッキー(PN:チャーリー☆正)」等も書くマルチライター。グッズのデザインやプロデュースもしてます。

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