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センバツ第3日 魔物を眠らせた仙台育英の「グラブ遊び」

楊順行スポーツライター

「打線が点を取ってくれたので、(佐藤)世那もスイスイ放れたと思います。バッティングに関しては、やはり神宮大会を制して出場した2年前より、頼もしくはありますね」

神村学園との初戦を打っては12得点、守ってはエース・佐藤世の完封で勝ち上がった仙台育英・佐々木順一朗監督は、いつものように飄々と振り返った。 

スーパープレー? が出たのは2回裏だ。神村学園の児玉和也の打球は、ふらふらとセンター方向へ。この日の甲子園は、風が強い。押し戻されたフライが、セカンドとショート、センターの中間に上がる。セカンドの谷津航大が追いつくか? だが、後方に走りながらのむずかしいポジション……。なんとか追いつき、収まりそうになったグラブから、白球がこぼれる。カバーに入ったセンター・青木玲磨もグラブに入れかけたが、ボールは気まぐれ、さらに逃げようとする。

青木は粘る。いうことを聞かないだだっ子をなだめるように、なんとか右手でキャッチ。2人がかりの、サーカスのようなファインプレーだった。場面は序盤。育英は、その青木の三塁打をきっかけに初回、1点を先制していたが、まだ試合の流れは定まっていない。風のいたずらがヒットになり、そこから魔物が目を覚ますのは、甲子園ではよくあるケースだ。青木の機敏なプレーは、それを阻止したわけである。試合後そう指摘すると、本人はにんまりだ。

「甲子園は右から左の風が多いんですが、今日は正面からの風でむずかしかった。だからあのプレー、セカンドが落とすかも……というつもりでカバーに入っていたんです」

「スタンドはあのプレーに一番わいた」

フライに対して、近くの野手がカバーに入るのはむろんセオリー。それに忠実だったがゆえのファインプレーだが、実はもうひとつ、ふだんの準備がある。

仙台育英では日常的に、仰向けになった野手の足もとからボールをトスし、それをいったんグラブのポケット、あるいは甲でわざとはじき、もう一度キャッチするというメニューをこなしているのだ。グラブさばきを洗練するための「グラブ遊びみたいなものです」と青木はいうが、そういう蓄積があってこその、とっさの反応だったのだ。強豪校であればあるほど、意図的に風の強い日やぬかるんだ足もとでノックをするなど、非常事態への対応に怠りがないものだが、育英のこの場面も、まさに日常がモノをいったわけだ。

「野手には、そのグラブ遊びをやっとけと指示はしているんですよ。でもまさか、今日のような場面を想定しているわけじゃないですけどね。それにしても今日は、あのプレーでスタンドが一番わきましたね」

と佐々木監督は笑う。この人、グラウンドに取材に行くと、われわれの相手にかかりきりで、練習は選手たちに任せっぱなし。かえってこちらが気をもむほどなのだが、見るところはやはりちゃんと見ているのだなぁ。

秋春連覇、そして東北勢初優勝を狙う仙台育英の、次の相手は敦賀気比。こちらもエース・平沼翔太が1回戦を1安打完封勝ちしており、ううむ、2回戦で当たるのがもったいないカードである。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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