【書評】「巨額年金消失。AIJ事件の深き闇」 元AIJ企画部長九条清隆
内部の人間が解明したAIJの隠ぺいスキーム
本書は、2000億円という巨額の運用資金をすべて失った「AIJ投資顧問会社」の企画部長であった九条清隆氏(仮名だが、巻末のプロフィールには本名が掲載されている)が書いた告発本である。厚生年金基金といったプロの投資家と投資一任勘定の契約を交わして、ケイマン諸島などのタックスヘイブンに設立された海外籍の私募投信で運用する。運用のプロを相手にしたAIJが、なぜ長期間に渡って年金基金をだますことができたのか。AIJ企画部長という内部の要職にいた人間が、その真実に迫った一冊である。
著者自身も警察から取調べを受け、本書の原稿をたまたまクラウドに保管しておいたために、家宅捜索時に警察に没収されなかったというエピソードが紹介されているが、相当の覚悟を持って出版したことは間違いない。悩みに悩みぬいたと書いているように詳細に事実を積み重ねて、AIJで何があったのかを解き明かそうとしている。
ただ、それでも私には納得のいかなかった部分が多かった。著者は、野村証券に入社した後、米国コーネル大学経営大学院に留学してMBAを取得したエリートだ。株式や債券の先物やオプションなどのデリバティブ(金融派生商品)を学び、留学後は10年間に渡って株式部先物・オプション課で日経平均のオプション市場で活躍した。そのトレードのプロが、伝説の営業マンではあったが運用では素人同然だった浅川和彦社長の「詐欺」を見抜けなかったのか。
「浅川はどこまでも『野村の営業マン』だった」と指摘しているように、10年間に渡ってAIJの不正が表に出なかったのは、その類まれな営業能力があったようだ。厚生年金基金の資産運用担当者を次々に口説き落として新規の資金を流入させ、事実上破綻していたAIJの実態を隠し続けてきた。年金基金の運用担当者の多くは、社会保険庁のOBなどが多いのだが、資産運用のプロが基金に在籍している例は少ない。そこで外部からコンサルタントを雇うわけだが、そのコンサルタント対策が著者のメインの仕事であった。
四半期ごとに出す運用報告書の作成も、著者が担っており、そういう意味ではプロの目をごまかすために、プロである著者が利用された図式だ。海外籍私募投信をはじめて組成した10年前から粉飾まがいの数字の操作をやっていたようだと指摘しているが、なぜ何人ものプロが間に入って見抜けなかったのか。いくら海外籍私募投信であっても信託銀行は10年もの間、不正を見抜けなかったのか。金融庁の検査でしか見抜けなかった理由は何だったのか。それも、金融庁の最初の検査だった。
「海外の銀行にも私募投信にも何ら落ち度はない」「浅川が、詐欺を意図してこうした『投資フロー』を作った、というわけではないと思う」という指摘も、確かにそうなのかもしれないが、年金基金の加入者を納得させるのは難しいだろう。そこに著者の苦悩や葛藤もあるのだが、時系列で描かれて、予期せぬトラブルに巻き込まれてしまった人間の焦燥が手に取るように分かる。現在はコンビニで時給800円で働いていると告白している姿からも、著者の覚悟は読み取れる。
2度と同じミスを繰り返さないための貴重な資料
AIJ破綻の原因は、扱っていた金融商品が「オプションの売り」というデリバティブ商品であったというのも、この事件を難解なものにしている。本書では丁寧に、そして分かりやすく説明されているが、オプションの売りはコールであろうと、プットであろうと、無限責任を負う。地道に利益を上げられるストラテジー(投資戦略)ではあるが、時としてテールリスク(想定外の相場変動によって大きな損失を出すリスク)を被る場合がある。
AIJが2000億円を溶かしてしまった原因も、おそらくこのテールリスクを何度か被ってしまったのだろう。現在のデリバティブ投資は「CTA(Commodity Trading Adviser)」といったコンピュータプログラムによる売買のストラテジーがライバルになる。運用経験のない浅川社長が勝てる相手ではない。著者もデリバティブのプロだったとはいえ、時代の変化にはついていけなかったのではないか。
オリンパスの損失隠し事件でも舞台になったタックスヘイブンのケイマン諸島も、今年の2月には日本と情報交換などを含めた「租税条約」を結んでいる。そういう意味では、AIJ事件は細部に渡ってその真実が暴かれる可能性がある。
リーマン・ショックが原因で明るみに出た被害総額6兆円の「バーナード・マドフ事件」は、25年もの間、運用せずに配当を還元するだけで詐欺を続けていた。AIJ事件が、このマドフ事件とどう違うのか。その違いは本書を読んでいただきたいが、重要なことはこうした年金基金のような公的資金を詐欺の対象に2度とさせないシステム作りだろう。同じ過ちを犯さないための貴重な資料とも言える。